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2016年9月27日 (火)

福島スタディツアーのレポート 5 飯館村の長谷川健一さん

 18日午前は、飯館村を長谷川健一さんの案内で見学した。長谷川さんには、4年前の1月に、浜岡原発を考える袋井の会を立ち上げた際、記念講演をしていただき、さらにその年の秋、袋井の会が実施したツアーで飯館村を案内していただいた。
 2年前のツアーでも案内してもらい、これで3度目の案内となる。昨年磐田市での講演会でもお会いしている。フェイスブックでもつながっているので、なじみの人である。
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 9時、飯館村役場で。
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 地蔵の頭をなでると、村民歌が流れる仕組みになっている。皆で、歌を聞いた。一緒に歌っている人もいた。河合弘之弁護士は、この歌を今年2月袋井市での講演会で高らかに歌ってくれた。苦労して豊かで美しい村を作り上げ、その自分たちの村をたたえる歌詞を聞いていると、原発災害で全村避難している現実とのギャップが悲しい。
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 バスで村内を見学。
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 長谷川健一さんは、村内あらゆるところに積まれている除染した土や草木のフレコンバックの山を 見せてくれた。
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 この日は日曜日だったので、除染作業が行なわれていなかった。平日なら、すごい数のダンプカーが村内を行き来する。
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 5センチの表土をたんぼから剥ぎ取り、山からとった汚染されていない土をかぶせる、これが農地の除染作業だ。上の写真は土を取る山。
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 表土5センチの土を入れ替えただけで、農業ができるのか? 飯館村の村長は一部の高濃度に汚染された地区を除き、来年3月に帰還宣言を目指している。
 果たして何人戻るのか? 優良農地に積まれたフレコンバックはいつ撤去されるのか?農業用水は大丈夫なのか?山の除染は道路から20メートルだけなされただけ。政府は山の除染は不可能 と、今後も手を付けない。
 長谷川さんは、若いものは戻らないだろうと言う。彼の長男は福島市に家を建て、酪農を営んでいる。次男は伊達市に住み、村役場に通っている。
 村の前途は多難。2時間の案内で彼に尋ねたいこと・説明してほしいことがいっぱいあったが 、村が抱える問題点の一部を、長谷川さんのお話を 思い出しながらレポートしたい。
・大量のフレコンバックは今は仮置き場や仮仮置き場に置かれている。村には今年7月で180万個。今は200万個置かれている。
 大熊・双葉町に運び込まれているのは、福島市や郡山市など都会のフレコンが優先されている。学校のも。
 大熊・双葉の用地取得が難航しており、飯館村のフレコンが全て撤去される見通しは無い。このままだと10年後には250万個になるだろう。
 草木を入れた袋は軽いので、大雨が降った際、たくさん流された。土を入れた袋で草が生えているのもある。(実際僕たちは目撃した)
・放射線量。自宅は0,8マイクロシーベルト。裏山は、3,5と高い。 前田区公民館は0,43マイクロシーベルト。
・前田区は徹底した除染を求めたら、一番後回しにされた。
・東電の説明会は不誠実 。村民は疲れている。あきらめムードになっている。村は村長の言いなりになっている。
・原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に、3000人の村民で申し立てを行っているが、村長は村民の側に立たず、東電側に立っている。まだ和解案は出ていない。活動資金が底をついているので、出来れば資金面での支援をお願いしたい。
 飯館村を離れてから、参加者からカンパを集めようと声が上がり、バスの中で25,000円が集まった。 昨日(26日)、「原発被害糾弾飯館村民救済申立団 」の講座に振り込んだ。
* 今日午後から袋井市当局に広域避難計画に関わる要望及び質問書を出すので、この続きは明日。

2016年9月25日 (日)

福島スタディツアーレポート 4 浪江町の人々その4

 浪江町本間副町長と復興推進課長山本さんへの質疑内容。
・「国は20ミリ以内なら安全・帰還できるというが、本当に安全なのか? 役場の線量はどのくらいか?」
 本間氏ーー 役場の線量は0,08マイクロシーベルト。私は福島市に住んでいるが、福島市よりはるかに低い。
 (20ミリは安全かの問いには、明確な答えは返ってこなかった。メモをしっかり取れなかったが、確か年20ミリは、1時間3,8マイクロシーベルトの線量になると言っていた。竹野注ー住民が避難している区域には、1時間3,8マイクロの地点はたくさんある。本来国の安全基準は、年1ミリ。1時間、0,23マイクロシーベルト以下となっている。)
・「20ミリは高すぎる。国に対し、基準を下げろと要望していないのか?」
 本間氏ーー 国は20ミリは見直すことはない。放射線管理区域は5ミリ。確かに20ミリは高いので、なるべく下げろとは言っている。長期的には0,23マイクロシーベルトを目指す。
・「住民票を移した人はどれぐらいいるのか?」
 本間氏ーー 2,000人である。帰還困難区域の住民を受け入れた市町には、原発災害特例法により一人当たり年42,000円が交付金として入ることになっている。
・「浪江町の財政について。仮に1万人が戻ったとして、町は財政的にやっていけるのか?」
 本間氏ーー 現在は国の助成があるから、職員の給与も払える。しかし、平成32年に国の支援が打ち切られる。公務員は解雇できない。財政的には厳しい。浪江町には原発が無いので、交付金は入らない。双葉町や大熊町と違う。現状は皆が避難しているので、税金が入らない。
 来年3月に役場周辺(海側)が解除されるが、当面戻る住民は2~3000人と見込んでいる。町はコンパクトシティを想定している。役場周辺を中心に少しづつ復興させる。
・「廃炉の過程で、放射能が外部に漏れ、また避難しなければならない事態を起きうるのでは?」
 本間氏ーー 原発は十分冷やされており、再臨界の心配はない。安全神話は今回の事故で信用していないが、爆発でヨウ素も出てしまったので、今後ヨウ素は出ないだろう。他の原発よりも安全だと認識している。
・「甲状腺がんについての質問」
 本間氏ーー 原発事故の因果関係はない。甲状腺がんは100万人に1人と言われるが、福島県は30万を検査して、135人でた。検査で、もともとあったものを発見した。
 竹野注ー135人は手術してガンと認定された数。癌疑いも含めると、174人。福島県当局・福島県立医大・小児科医師会及び国は、事故との因果関係を否定。検査の縮小を検討している。
・「浪江町当局が中心となり、東電に補償を求めている裁判の現状は?」
 本間氏ーー 裁判でなく、15,000人の町民がADRに損害賠償の調定を求めている。和解勧告が出た。東電が75歳以上に月3万円を支給しろとの内容だ。しかし、東電はこの和解案を拒否している。
・「福島の教訓から、静岡県民へのアドバイスをお願いしたい。」
 本間氏ーー 電力事情から原発をやめさせることだと思う。福島では、再生可能エネルギーに力を入れている。風力発電や遊休農地を利用した太陽光発電。山林は除染できないので、山の木を切ってバイオマス発電。水素の活用も。
*その他のやりとりから
 山本課長ーー 娘は千葉県に避難している。浪江町の子どもは避難したところでのつながりができている。町として、無理に帰還しろと言わない。戻れる人から戻るようにするほかない。
*感想ーーー 県から来ている本間氏は国・県立医大・県当局の代弁者と感じた。田端勉さんが、副町長も来てくれると喜んでいたが(僕も最初、僕たちのためにわざわざ副町長が挨拶来てくれるのはありがたいと思った。)、町の職員に答えさすと、県の方針に反する場合もありうるので、本間氏が出てきたものと思われる。
 住民が数千人戻っても、果たして税金は払えるのだろうか? 平成32年、国からの支援を打ち切られたら、財政的に浪江町は破たんする。職員の給与も払えなくなる。
 地元の山本さんはとても真面目な方で、信頼できる方だ。町の将来を考えると、東電の罪深さを痛感した。

2016年9月24日 (土)

福島スタディツアーレポート 3 浪江町の人々その3

 17日5時過ぎに福島県男女共生センターに到着。浪江町役場の方は、まだ来ていなかったが、我々は研修室に待機し、到着をまった。
 電話があり、先方は浪江町仮役場で待っているという。副町長も来てくれることになっているのに、先方を待たせて申し訳ない。しかし、こちらから役場に行くのも大変なので、役場の人に共生センターまで来てもらうことにした。この手違いは、浪江町との折衝は全て田端さんに任せたことによる。
 ともあれ17:30過ぎから、本間副町長の挨拶が始まった。
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 驚くほど若い。県庁から派遣されている。住まいは福島市。馬場有町長が何故県庁に副町長の出向を依頼したのか分からないが、想像するに県の財政面での支援を期待してと思われる。
 この後、山本邦一復興推進課長が、プロジェクターを使って、浪江町の現状・復興計画について、分かりやすい説明をしてくれた。
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 山本さんのお話と配布された資料「なみえ復興レポート」 を基に、現状と復興計画の概略について説明する。
・浪江の人口は、震災前は、21,434人。
・現在町民は全員避難生活。70%約14,500人は福島県内に、30%約6,400人は県外で生活。このなかに同行していただいた石井さんや富士市に避難されている堀川さん(彼に当初同行を依頼したが、法事と重なり実現できなかった。)が入る。
・福島県内 の仮設30か所に、約2,900人、借り上げ住宅に約4,100人が暮らしている。
・県外に避難した人は、全国44都府県約600市区町村に、分散避難生活を送っている。
・震災前は、小学校6つ、中学校3つ、生徒約1,700人がいた。現在それぞれ避難した先の全国380の小学校 と、220の中学校で学んでいる。
・浪江小・浪江中 ・津島小の3校が、二本松市で再開しているが、在学数は3校あわせて26人。
・平成29年4月に、小・中一貫校とこども園を、元の役場周辺に 再開する予定。
・震災後、役場機能は1年半で4回移動。現在は、元の庁舎で70%の職員が働いている。他は二本松市の仮役場で。
・町の大半は帰還困難区域。そこは山林が多く、人口は少ない。町役場周辺と請戸地区の海側は避難指示解除準備区域に指定されているが、来年3月解除の予定。居住制限区域もある。
・上下水道は、役場周辺は使用可能となっている。今年10月、役場敷地内に仮設店舗(10)オープンを目指している。
・来年3月には、役場隣に「浪江診療所」が開所予定。
・コメ作りや花卉栽培も始まった。
・町作りは役場周辺を中心にはじめ、住民の帰還に合わせ周辺に広げていく。コンパクトシティを目指している。
・全国に散っている町民の心をつなぐ「浪江のこころ通信」を発行している。
・避難指示解除後の帰還の意向調査。戻りたい17,8%。戻らない48,0%。判断がつかない31,5%。無回答2,7%。
・町としては無理に帰還を勧めるのでなく、それぞれの判断を尊重したい。
 以上の説明の後、質疑応答。その内容と、僕個人の感想は、次回。

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