2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 浜岡原発永久停止署名と請願書を袋井市に提出 | トップページ | 川勝静岡県知事も住民投票に賛成 »

2012年8月28日 (火)

あの日の記憶~被爆地長崎から~

8,26「あの日の記憶~被爆地長崎から~」を終えて

 004


005


015


001


 ピースボート75回クルーズで出会った増川雅一さん(4歳時、長崎で被爆。NBC長崎放送ディレクター時代、数々の原爆・戦争関連の優れた番組制作。退職後、さだまさし提唱「ナガサキピースミュージアム」専務理事として、核兵器廃絶の運動をされている)を袋井市にお招きして、「あの日の記憶~被爆地長崎から~」を主催した。

 開始前に、世界のこどもたちの笑顔をスクリーンに映し出しながら、さだまさしの歌を4曲流した。「いのちの理由」という曲を聞きながら、こどもたちの笑顔を見ていると、「ああ、この子どもたちが戦争や飢餓に怯える必要のない地球を作るのは、僕たち大人の責任だ」との思いを強くした。

 司会の挨拶のあと、原田袋井市長のメッセージが読み上げられた。次回紹介したいが、結構いいメッセージ内容である。

 増川さんが中心となり製作されたNBC長崎放送の被爆50周年記念番組「あの日の記憶」は良い映像だった。僕が印象に残ったのは、捕虜収容所で被爆したオランダ人被爆者やその遺族が、国際墓地を訪れた場面と、今軍艦島となっている島で石炭を掘り出す仕事を強制された朝鮮人被爆者(入市被爆)の証言場面だ。

 増川さんのお話は、パワーポイント(映像)をうまく活用してのお話でとてもわかりやすかった。原爆を投下したB-29爆撃機が第一目標の小倉(現北九州市)上空を40分以上も飛び、燃料が切れるのを恐れて第二目標の長崎に投下した状況を、機長の証言記録をもとに話された内容は、北九州市に4年間住んでいた僕にとり、印象深かった。

 ピースボートおりづるプロジェクトで乗船された10人の被爆者の証言活動も報告された。事前に聞いていなかったので、ちらしで宣伝できなかったのが悔やまれる。

 お話の後、さだまさしの「風に立つライオン」をスーダンで医療援助活動をしている川原医師の映像をバックに聞いた。

 内容・進行すべてよかったが、参加者が少ないのは残念であった。わずか50名。 遠く長崎から来ていただいた増川さんや、岐阜・愛知県から来てくれた人達には本当に申し訳ない思いだ。

 

« 浜岡原発永久停止署名と請願書を袋井市に提出 | トップページ | 川勝静岡県知事も住民投票に賛成 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: あの日の記憶~被爆地長崎から~:

« 浜岡原発永久停止署名と請願書を袋井市に提出 | トップページ | 川勝静岡県知事も住民投票に賛成 »