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2013年8月 8日 (木)

福島へ行こう 福島ツアーレポートその7 観光

歴史・文化・食べ物・温泉・自然豊かな福島県

 福島県は観光客には魅力的な県だと思う。僕は原発事故が起きるずーーと前から、会津に行きたいと念願していたが、今回のツアーで悲願を果たすことができた。

 「八重の桜」の舞台、会津若松

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 7月24日、鶴ケ城と藩主松平家墓所を訪れた。お城は八重の桜ブームですごい人出。内部の展示は見るべきものが多い。お堀を含んで城全体が軍事要塞として作られている。政府軍に包囲されても1カ月籠城できた理由がよく理解できた。

 夕方5時ごろ松平家の墓所へ。あいにくの雨と時間が遅かったので、見物人は僕一人。うっそうとした森の中の墓所は歴史を感じさせられる。

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 カメの上に石碑があるのは興味深かった。韓国に多い石碑がなぜここにあるのか、機会があれば調べてみたい。

 会津藩の悲劇の原因は、前日藩校日新館を見学して納得できた。

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 藩校の中心に孔子を祭った大成殿があった! 「え! ここは中国なの?」と驚いた。徳川の血を引く松平家は「徳川に忠誠を尽くす」ことを最大の美徳と考え、そのため儒学を重んじた。「君に忠」 この思想を徹底的にたたき込み、いざとなった時役立てるよう、平和な時代にあっても軍事訓練を忘れなかった。

 「君に忠」 この美学が政府軍に徹底抗戦させた原動力になった。孔子の教えは「君に忠」だけでなく、人間として生きていく上で指針とすべき点が多いが、当時の時代状況の中で、為政者に都合よく利用されたと思う。

 藩校では切腹の作法も教えられていた。白虎隊の悲劇は藩校の教育にあった。次回、飯盛山をレポートしたい。

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