福島へ行こう 福島ツアーレポートその10 会津白虎隊


すごい人気の白虎隊十九士の墓と寂しい他の地で戦死した隊員の墓
上は他の地域で戦死した白虎隊員の墓。注目する人はほとんどいない。下は自決した隊員の墓。中高生と思われる一行がガイドさんの熱心な説明を聞いた後、神妙な表情で祈りをささげていた。
この人気の秘密は? どうしてこんなに知られるようになったのだろうか?

映画やテレビで何度も取り上げられ、白虎隊の悲劇については多くの人が知っている。僕も政府軍と闘い、自決した少年達というレベルの知識しか、持っていなかった。
しかし自分で足を運び、ボランティアガイドさんの説明を聞き、認識が少し深まった。上の写真は、白虎隊をドイツ・ヨーロッパに紹介したドイツ人の墓の案内標識。
明治時代に政府に雇われ、日本の大学で教えていたハイゼ氏が白虎隊の話を聞き、興味を持って、現地を訪れたり調べたりして本にまとめ、ヨーロッパに日本の武士道の鏡として白虎隊を紹介した。
時代が下り太平洋戦争の時、日本はドイツ、イタリヤと三国同盟を結んだ。イタリヤ・ローマ市民はは日本との友好のあかしとして、自決した少年たちを顕彰する記念碑を送った。遺跡で出てきた大理石で作った立派な記念碑だ。

(写真を立てにすべきだが、元を直していなかったので。見ずらくてすみません。)
お国のために命をささげる。君(最高責任者)のため自決することもいとわない。軍国主義の時代、青少年を戦場に駆り出し、勇敢に闘わせる、このために白虎隊十九士は大いに利用されたと思われる。
ドイツでもイタリアでも有名になった! 軍国主義の指導者たちは、政府軍に刃向かった賊軍としてでなく英雄として白虎隊を讃え、広く国民にその名を知らしめたのだろう。
僕は歴史学者でないから正確なことは知らない。明治時代、白虎隊は一般の国民にどのように知られていたのだろうか? 恐らく、会津の人々を除いて、そんなに知られていなかったのではないだろうか。
「八重の桜」をきっかけに、今また白虎隊が注目されている。たくさんの観光客が飯盛山を訪れるのはいいことだ。しかし、「郷土を守るため、愛する家族を守るため自決した立派な若者」としてのみ受けとめられるなら、怖いと思う。
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