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2014年3月18日 (火)

沖縄[高江・伊江島・普天間)レポート 2014年春 その7

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  伊江島の35%は米軍基地に盗られている.沖縄戦が終了する前、本土攻撃のための滑走路を整備(日本軍が使っていた滑走路を修理)し、全ての住民2100人は、慶良間諸島に強制移住させられた。

 1947年にやっと島に戻ることが許されたが、1954年から55年にかけて文字通り銃剣とブルドーザーで、家を破壊され、農地を奪われ、島の63%が軍用地にされてしまった。民主主義国?のアメリカが伊江島でやったことは、まさに犯罪行為であった。人権などあったものではない。殺され損。やられ損。生きる手段を奪われて、餓死者さえ出ている!

 あまりの非道に、阿波根さんたちが立ちあがったのが島ぐるみ土地闘争である。阿波根さんの反戦平和資料館に行けば、その当時の様子がよくわかる。

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 米軍は米ソ冷戦・中国共産党政権誕生・朝鮮戦争・ベトナム戦争と、世界情勢をにらみ、沖縄全体を好きに使える軍事拠点とした。伊江島もその大きな歴史に翻弄され、苦難を強いられた。

 しかし、米ソ冷戦が無くなり、米中平和共存、米軍の戦略が朝鮮半島や中国に近い沖縄からグアムやオーストラリア、ハワイあるいはアメリカ本土に拠点を移す戦略に移行しつつある現在、伊江島に広大な米軍基地は不要である。

 現に島の面積の35%の軍用地の内、基地として使われているのは、金網に囲まれたほんの一部だけである。大半は誰でも入れる普通の土地であり、農民は農地として使っている。

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向こうが、 全く使われていない補助飛行場。舗装工事をしていたので、滑走路ですかと工事作業員に訪ねたところ、「道路工事」(?)との返事が返ってきた。

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 ここも米軍用地内。何のための工事なのか、説明板がないのでよくわからない。

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 金網の外の緑地も軍用地。

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 金網近くの軍用地に取り囲まれている牛舎の牛。

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 ここの牛かどうかは確認できなかったが、オスプレイの騒音で死産被害が出ている。

 住民の安全のため、本来県と村当局は使われていない土地の返還を求めるべきだが、やっていない! おそらく土地所有者が黙っていても金が入る現状を変えたくないからだろう。

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 伊江島郷土資料館の前に立っている「非核 平和宣言の村」の碑が泣いている。村の在り方は住民が決めるのは当然であるが、沖縄戦の体験・米軍占領下の苦難を経験されている伊江島の方々は、本心では平和な島作りをきっと望んでおられることと思う。

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コメント

「伊江島の35%は米軍基地に盗られている」現在の事?
「全ての住民2100人は、慶良間諸島に強制移住」お気の毒に。人種差別もあるかね。
「1947年にやっと島に戻ることが許された」のに、
「1954年から55年にかけて文字通り銃剣とブルドーザーで、家を破壊され、農地を奪われ」銃剣は使わんと思う。反対派だったんだろね。
「島の63%が軍用地」になったと。
「アメリカが伊江島でやったことは、まさに犯罪行為」建国以来そうだよ。そんな国が作った憲法を有り難がっているのは何方?戦争も連中の思惑で始まったことだしって知ってる?
「35%の軍用地の内、基地として使われているのは、金網に囲まれたほんの一部」28%は帰って来たと。
「大半は誰でも入れる普通の土地であり、農民は農地として使っている」更に金網外は自由に使えると。
「土地所有者が黙っていても金が入る現状を変えたくないからだろう」メリットも大きそうね。
「本心では平和な島作りをきっと望んでおられることと思う」基地の有る平和な島かもよ。想像せずに聞けば良いのに。思った返事が聞けなかったの?

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