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2014年6月 7日 (土)

原発が国豊の喪失につながると判断した福井地裁判決を高く評価する

長くなるが、福井地裁判決の要旨を引用する。僕たち庶民が日ごろ感じていること・考えていることを、裁判官が率直に述べている。

『 被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コスト低減につながると主張するが、当裁判所は、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等を並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的に許されないと考える。

 このコスト問題に関連して国富の流失や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止で多額の貿易赤字が出るとしても、国富の流失や喪失というべきでなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻せなくなることが国富の喪失だと当裁判所は考える。 』

 東京電力福島第一発電所の事故で、豊な故郷を追われた人々は、この判決を心底から共感し喜んでおられると想像する。

 僕は飯館村を2年前に訪問した。今年7月にも行く。江戸時代から昭和40年以前までは、冷害に泣く、貧しい村だった。

 しかし農業で自立できるよう村を挙げて努力した結果、「日本一美しい村」と言われるほど豊かな村となった。

 酪農や花栽培、わらびなど、農業で生活できる、若者も農業に夢を見出せるほどになった。若い世帯や子供も増え、その喜び・村の誇りが村歌に歌われている。教育にも力を入れ、立派な小・中学校が立っていた。

 村を取り囲むなだらかな山は、秋に訪れたときには紅葉がきれいだった。

 しかしその美しい村に人は住めなくなった。土壌改良して豊かな大地とした畑や田んぼは、放射能に汚染され、耕作できなくなり、その豊かな大地から農産物を生産し、暮らしを維持する、収益を上げることができなくなった。自分の家にも住むことができない。

 まさに国富の流失・喪失である。飯館村だけでなく、今も人が住めないほど、さらには大地が汚染され農業ができなくなった地域すべてに、当てはまる。

 本当の豊かさ・幸せ=国富とは、判決が指摘する通り、豊な国土とそこに国民が根を下ろして生活していること、だとつくづく思う。

 判決はこうも言っている。 『 大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利(注:人々がその地に住み、生活する権利=生存権)が極めて広く奪われる事態を招く可能性があるのは、原発の事故のほか想定しがたい。 』

 自然災害は誰も恨むことができない。しかし、戦争や原発事故は人間の英知で防ぐことができる。

 福井地裁判決は、実に人間的な温かみのある判決だと思う。

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コメント

「多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等を並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的に許されないと考える。」ここの「電気代」を「輸送費」に替えれば毎年5千人も殺している車はあっちゃいけませんよね。当然「僕たち庶民」は乗っても使ってもいないと信じますが。

「豊な故郷を追われた」「人は住めなくなった」「耕作できなくなり」「自分の家にも住むことができない」全部、菅元首相が低過ぎる放射線被曝量を決めた事が原因ですな。あんなレベルは何もトラブルが無い時のモノ。でも世界には年中もっと高い所もあって、そこの人々も特に特別な病気にもならないし、ガンも多くない。それ知ってます?

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