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2014年8月 8日 (金)

福島を理解するツアーレポート 3 飯館村

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 7月20日、郡山市のホテルアルファーワンから飯館村までバスは一般道で向かった。あいにくの雨模様の天気だったが、飯館村についたら雨があがってきた。時間はどんぴしゃり。約束の9時40分少し前に飯館村役場についたら、浪江町の菅野千代子さんがすでに来られて待っていてくれた。長谷川健一さんも、我々がついてほどなく来てくれた。

 長谷川健一さんは2012年1月、浜岡原発を考える袋井の会結成総会に記念講演してしてもらってからのお付き合いである。その年秋11月に袋井の会として飯館村を訪れた際にも案内をしてもらった。また昨年9月、市役所ギャラリーで長谷川さんが撮った飯館村写真展を開催した。

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 飯館村は今も全村避難して、無人。しかし夏1か月は一時的に帰村が許可され、何人かの村人が家の掃除や、庭の草取り、窓を開けて空気入れなどを行っていた。だが線量は今もって高い。前田区公民館前の国が設置した線量計は、0,8マイクロシーベルト。しかしその下の草むらは、11マイクロシーベルト!

 除染はあちこちで行われていた。汚染土を入れた袋(フレコ)は増えるばかり。

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 仮仮置場と表示されているが、どこに持っていくのか? 仮置き場も決まらず、まして最終処分場のメドは全く立っていない!

 袋(フレコ)は3年以上経てば破れる恐れ大。クレーンで釣り上げる際、中の汚染された土や落ち葉・草が破れ出る可能性がある。

 ビニールシートで覆われているが、線量計を近づけると、数値が上がる。除染した土・落ち葉・草の置き場の問題は、飯館村に限らず福島県全体の深刻な問題である。農村はまだ土地空間があるが、都市部だと家の庭に置くことを条件に除染が進められている。

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 田んぼの除染も少しづつ進められている。表土5センチを剥ぎ取り、山の土を入れる方法がとられている。しかし飯館村は山に囲まれている。

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 山は道路や家から20メートルの部分しか除染されない。広大や山全てを除染するのは厖大な金と時間、労力がかかるから、政府は20メートルしか除染してくれない。

 その結果、何が起きているか? 結局雨や風で山の放射性物質が舞い戻り、線量は高くなる。また農業用水は山の水だから汚染されている。安全なコメを作れる状況では全くない。

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 からっぽの長谷川さん宅の牛舎。

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 長谷川さんの息子さんが飼っていた牛のその後を黒板に丁寧に記録していた。もらわれていった牛、と殺処分された牛が一目でわかる。

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 一台1000万近くもする農機具もある。息子さんが酪農を継ぐため事故が起きる1年前に購入した新品。全く使わないと機械はダメになるので、草刈に使っているとのこと。

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 日本一美しい村と言われた飯館村の農地も、ほっておけば草ぼうぼうになる。村人たちは、作れないと分かっているが、農地を荒らすのは心が痛むので、8月3日に皆が仮設住宅から出てきて、一斉に草刈りをするとのこと。

 長谷川さんの家族は事故が起きる前8人が一緒に暮らしていた。しかし今は、息子さん夫婦とお孫さんは山形県に、次男はアパート暮らし、ご両親は伊達市の同じ仮設住宅地だが、別の仮設に。従って長谷川さんは奥さんとの2人暮らし。お母さんが最近認知症となり、徘徊するようになったとのこと。

 実はこの日の午後、長谷川さんは河合弘之弁護士と共に、福島市で記者会見をやることになっていた。

 スピーディでは汚染されていることが分かっていたのに、政府がその情報を隠したので、約1カ月も村民は放射能に汚染されたところで生活し、被ばくさせられた。今も村に帰ることができず、農業は全くできない。農民は土地を汚染されたら、仕事ができない。先行きが全く見えない。狭く不便な仮設暮らしで、心と体が疲れ、怒りが爆発寸前状態である。

 長谷川さんは村のリーダーとして、東電を相手に訴訟を起こすことに決めた。「原発事故糾弾 飯館村民救済申し立て」訴訟である。1人あたり月10万円の精神的損害賠償を35万円に増額すること、避難指示が出る前の初期被ばくの慰謝料として1人300万円の支払いを求める。1661人が集団で、10月に申し立てをする予定である。翌日出た新聞報道によると、最終的には村民の4割に当たる約2500人が参加することになる。

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コメント

ご自分が何を書いているのか理解できているのかな。その草むらに裸で24時間365日寝っ転がっていれば確かに100mmSVの被曝となるが、そのたった1mちょっと上、それだけ離れれば1/10以下になるってこと。草むらから離れても下がるっしょ?家の中ならもっと下がるぞ。除去土壌に近付ければ上がるとは書いてあるが、線量を書いて無い所を見ると11μSvより低いのでしょ?
「農業用水は山の水だから汚染されている。安全なコメを作れる状況では全くない」やっぱりだ。昨日のコメントを読んでね^^

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