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2014年8月20日 (水)

福島を理解するツアーレポート 8 双葉町から避難されている方のお話

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 7月21日、吉野さんのお話の後、双葉町から福島市に避難されている後藤さんのお話を伺った。吉野さんがインタビューする形式で。以下、後藤さんのお話で記憶に残っている内容を箇条書きする。

・ 自宅は原発から4キロメートル。海沿い。津波は自宅の200メートル手前まで来た。

・ 3月12日朝、家族9人着の身着のまま川俣方面へ避難。凄い渋滞で着いたのは午後3時。原発事故が起きるとは全く思っていなかった。原発事故災害の避難訓練はなかった。

・ 自宅は、線量が高く(3マイクロシーベルト)、今はねずみの巣。台所はこぼれた醤油がそのまま。とても戻ることは考えられない。

・ 私の個人的な意見だが、双葉町は放射性廃棄物の捨て場になっても仕方がないと思う。十分な補償と住民の合意が前提だが。

・ 息子に障害があり、今は息子がシャロームにお世話になっている。

・ 最近知人のだんなが仮設住宅で死亡した。

・友人は病院通い。元気がない。

・ 知人がいわき市で土地を買った。元は10万の単価が20万円(坪)。建設ラッシュで工事が遅れている。家を建てている地区の人から、「あなたたちとは付き合いをしない」と言われたそうだ。

・ 9人いた家族は今、ばらばらに住んでいる。

・ 補償の関係で、住民票を移すことはできない。

・ 以前仕事で第一原発の中に入ったことがあるが、その時東電社員に「ここは津波が来ても大丈夫か?」と質問したら、「大丈夫。安全です」との答えだった。

・ 避難生活中、自殺しようかと思ったことがあった。

・避難のとき、ヨウ素剤の配布はなかった(質問に答えて)。

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 9時から11時20分まで、内容の濃いお話を聞くことができた。最後にNPO法人シャローム代表の方からの挨拶があった。シャロームは、地域作り・障害者福祉を目的に設立され、障害者の手つくりパン販売や被災者支援など多様な活動を行っている。障害者コミュニティーサロン「まちなか夢工房」がその拠点となっている。

 帰り際、参加者の多くが「夢工房」の店内で色々な買い物をした。お昼用にパンを買った人が多かった。僕もその一人だが、とてもおいしかった!

 浪江町訪問のところで、希望の牧場を訪れたことをうっかり報告し忘れてしまった! 次回(最終回)、レポートしたい。

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コメント

「「あなたたちとは付き合いをしない」と言われた」こりゃどう云う意味だ?坪単価が上がって税金が高くなっての恨みか?でも売りたい人にとっては良い話し。それとも身体から放射線を振り撒くとでも思ってるのかね。
判らないのがヨウ素剤。普段から海草のヨードを十分摂取している日本人に、ヨードが全く不足している大陸の民と同じ効果があるのかね?日本人にも必要な理由を読んだ事がないの。元先生は知らない?

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