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2015年1月

2015年1月31日 (土)

海上保安庁への抗議・要請書文案作成

 今しがた、沖縄辺野古における海上保安官たちの乱暴・暴力・過剰警備に抗議とそれをやめさせる要請書文案を作成し、県内の知人あてにメールやファックスで送った。

 静岡市清水区清水港に海上保安部がある。そこに赴き、長官に送るよう要請行動を起こす予定。静岡から何人応援の保安官を出しているかも問いただすつもりである。

 本土のマスコミは辺野古で海上保安官たちがどんなひどいことをやっているか全く報道しないが、沖縄タイムス、琉球新報は連日大きく事実関係を伝えている。

 僕も昨年9月、カヌーに乗り、海保の暴力を目撃している。世論を高め、公務員による市民への暴力をやめさせなければならない。

 

                         2015年2月10日

 

海上保安庁長官様

 

沖縄・辺野古における過剰警備に抗議し、自然破壊・軍事基地建設の手助けをやめることを求める要請書(案)

 

 

 

 沖縄・辺野古の海に全国から集められた海上保安官たちは、常軌を逸した過剰警備、暴力行為を行っています。

 

 臨時制限区域外のカヌーの進路を妨害、拘束、サポーターの船に勝手に乗り込み船長から舵を奪って遠くまで追いやる、また作業船に近づいたカヌーのメンバーの中には海保のゴムボートに無理やり引き上げられた際、首を絞められたり、上から強い力で押さえつけられ骨折したり、救命胴衣を破られたり、全治2週間のあごの損傷を負ったものもいます。

 

 二人がかりで顔を海に沈められた被害者もたくさんいます。故意にカヌーを転覆させたり、カヌーのパドルを奪い取って投げ捨てる危険極まりない悪質な保安官もいます。

 

 私たちはこうした過剰警備、公務員である海上保安官による市民への暴力に強く抗議します。

 

 本来海上保安庁の仕事は、海の安全、海難事故防止、被災者の救助などです。現在辺野古で行われている実態は、守るべき市民に暴力をふるい、けがを負わせ、危険にさらし、恐怖感を与える異常な事態です。

 

 結果として海上保安庁がやっていることは、沖縄県民の民意である辺野古新基地建設反対の運動への弾圧であり、豊かな自然・海の破壊行為、軍事基地建設の手助けにほかなりません。

 

 翁長沖縄県知事が、前知事の埋め立て承認に瑕疵がないかを検証する第三者委員会の検証作業が終了するまでは、海上作業の中止を防衛局に求めています。

 

 沖縄県民のほとんどが、新たな軍事基地を作ることに反対しています。本土の私たちも、米軍のために何千億円もの血税を使い、ジュゴンやウミガメなど貴重な生き物が生息し、サンゴ礁のきれいな海を埋め立てて軍事基地を作ることは容認できません。

 

 海上保安庁は本来の業務に立ち返り、辺野古における過剰警備、暴力行為を直ちにやめることを要請します。

 

 

 

      袋井憲法9条の会

 

      静岡・沖縄を語る会

* 賛同団体は今後増えます!

 

2015年1月30日 (金)

文書作成ラッシュ

 1月に入ってから、文書作成に追われている。昨日ブログにあげた防衛大臣への辺野古工事中止要請書は、大臣名が間違っていた。江渡さんではなく、中谷元氏だった。

 浜岡原発を考える袋井の会の総会資料(2014年度活動報告・今年度活動計画)、UPZ市民団体交流会として県知事宛て「原発災害避難計画に関わる要望・質問書』原案、浜岡原発の再稼働を許さない静岡県ネットワークの3.11アクションとしての知事への要望書、中電への要請書原案、4月静岡県議選立候補者への再稼働の是非についてのアンケート文案、さらにはそれぞれの会議のための会議レジメなどなど、書くべきことが山ほどある。

 下記は総会資料の活動報告。振り返ると色々なことをやってきた。

 

2014年度活動報告

 

1月26日 第3回総会と渡辺敦雄先生の講演会(南公民館)

 

2月7日  第1回袋井駅前金曜アクション

 

2月14日 中電の安全審査申請にUPZ市民交流会として、抗議声明

 

2月16日 脱(反)原発全県市民団体交流会(静岡市)

 

2月28日 市内放射線量測定

 

3月7日  第2回金曜アクション

 

3月9日  「原発ゼロ」行動、静岡市・浜松市の集会・パレードに参加

 

3月11日 3.11全県アクション(中電・県知事への要請行動)

 

3月17日 市防災課との原発災害防災計画に関しての話し合い

 

3月18日 市内放射線量測定

 

3月22日 第5回UPZ市民交流会(磐田市)

 

3月27日 吉岡副市長に、中電との安全協定締結に関する要望書提出

 

4月4日  第3回金曜アクション

 

4月14日 市企画財政課と中電との安全協定締結に関して意見交換

 

4月21日 市内放射線量測定

 

4月26日 署名実行委員会準備会(静岡市)

 

5月2日  第4回金曜アクション

 

5月18日 脱(反)原発全県市民団体交流会(静岡市)

 

5月19日 市内放射線量測定

 

5月31日 第6回UPZ市民交流会(掛川市)

 

6月6日  第5回金曜アクション

 

6月7日  署名実行委員会(静岡市)

 

6月15日 伊藤実さんを迎えて茶話会(ふらっと)

 

6月23日 市防災課との話し合い

 

6月24日 署名実行委員会(静岡市)

 

6月?日  市内放射線量測定

 

7月4日  第6回金曜アクション

 

7月19,20,21日 福島を理解するツアー

 

7月26日 署名実行委員会(静岡市)

 

8月1日  第7回金曜アクション

 

8月2日  浜岡原発の再稼働を許さない静岡県ネットワーク設立総会(静岡市)

 

8月23日 第7回UPZ市民交流会(御前崎市)

 

8月30日 福島を理解するツアー報告会(高南公民館)

 

9月2日  「再稼働を認めないで」全県一斉署名スタート行動(袋井駅前)

 

9月5日  第8回金曜アクション

 

9月26日 袋井市の原子力災害広域避難シュミレーションについて、防災課との話し合い

 

9月27日 生協袋井店前、署名活動

 

10月3日 第9回金曜アクション

 

10月19日 ふらっと祭で福島県農民連の物産販売

 

10月24日 市当局に原発災害防災計画に関する要望書提出。企画財政課との話し合い

 

10月25日 第8回UPZ市民交流会(牧之原市)

 

10月26日 生協袋井店前署名活動

 

11月7日  第10回金曜アクション

 

11月9日  浜岡原発の再稼働を許さない静岡県ネットワーク第1回全体交流会

 

11月20日 生協袋井店前署名活動

 

11月24日 渡辺敦雄先生を招いての学習会(総合センター)

 

12月5日  第11回金曜アクション

 

12月15日 出口防災監より原発災害防災計画に関する要望書への回答説明を受ける

 

12月20日 午前、生協袋井店前署名活動。午後第9回UPZ市民交流会(吉田町)

 

12月22日 忘年会

 

2015年1月9日 第12回金曜アクション

 

1月22日 署名実行委員会(静岡市)

 

1月26日 UPZ作業部会(菊川市。県への防災計画に関する要望書・質問書検討会)

 

2月7日  第10回UPZ市民団体交流会(磐田市)

 

 

 

*定例役員会 月1回開催(フラット)

 

 会報4回発行

 

 

 

*署名の集まり状況

 

 9月 313  10月 766  11月 905  12月 331 計 2315筆

 

 

 

*市内放射線量測定結果(単位はマイクロシーベルト。袋井市防災課の線量計を借りて測定。市にも結果を報告。実際よりも高めに出る)

 

 豊沢 0.1~0.3

 

 小笠沢川 0.08~0.14

 

 愛野公園 0,09~0.16

 

 山名小学校付近 0.14~0.17

 

 山名幼稚園付近 0.16~0.21

 

 浅羽南幼稚園付近 0.1~0.19

 

 同海岸松林 0.14~0.19

 

 大野 田んぼあぜ 0.16~0.29

 

 三輪 畑 0.14~0.23

 

 キラリンタワー 0.09~0.13

 

 中新田命山予定地 0.13~0.18

 

 三沢公会堂 0.15~0.21

 

 市役所モニタリングポスト 0.14~0.21

 

 

 

2015年1月28日 (水)

辺野古新基地建設工事中止を求めるアクション

沖縄の民意を全く無視して、辺野古では海上作業が続いている。本土でもやれることを精いっぱいやろうと、下記の文章を作成し、賛同団体を集める作業をしている。2月下旬には座り込みに参加するが、今はこちらでやるべきことがたくさんあり、行くことができない。沖縄の人々に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

江渡聡徳防衛大臣殿

 

 沖縄の民意を汲み、辺野古新基地建設のための海上作業の中止を求めます

 

 

 

 普天間基地移設に伴う辺野古新基地建設に関して、沖縄では名護市長選、名護市議選、県知事選、衆議院選の全てにおいて、建設反対派が勝利し、県民の新基地建設反対の民意が明確に示されました。

 

 私たち静岡県に住む人間も、サンゴ礁に加え絶滅危惧種のジュゴンやウミガメなど貴重な生物が生息している豊かで美しい辺野古の海を埋め立て、米軍のための基地を作ることに大反対です。

 

 翁長知事は、前知事の埋め立て承認に瑕疵がなかったかを検証する外部有識者による「第三者委員会」を設置し、検証作業が終わるまで海上作業を中止するよう求めています。

 

 民主主義のルールに基づいて選ばれた知事が、同じく民主的な選挙で示された沖縄県民の民意に基づく要請をしている以上、防衛省は作業を中止すべきです。

 

 知事の要請を無視して作業を強行するのは、民主主義に反します。沖縄ではこれは軍事植民地扱いであり、沖縄差別であると、怒りが広がっています。

 

 在沖米海兵隊は時代遅れであり、沖縄に駐留し続けることが抑止力になるとは思えません。国外への移転をアメリカ政府と交渉することが解決の第一歩であり、国外移転が真の負担軽減になると考えます。

 

 以上の理由から、直ちに海上作業を中止することを求めます。

 

 

 

        袋井憲法9条の会

 

        沖縄を語る会

 

2015年1月27日 (火)

イスラム国人質事件に思う

 ブログをしばらく書けないでいた。後藤さん、湯川さん人質事件を僕なりにどうとらえたらよのか思案していたら、湯川さんが殺害され、今はヨルダンに拘束されている死刑囚との交換釈放交渉と、事件がどんどん展開し、ますますよくわからなくなったからだ。イスラム国そのものもよくわからない。

 今ぼんやり思うことがある。日本政府は自国民の命を救出する熱意もその意思もないと思う。以前小泉首相時代にも、香田さんが人質にされ、「自衛隊のイラクからの撤退』要求を政府が無視した結果、殺害された。

 今回分かってきたことは、2億ドルの要求以前に、昨年早い段階で2人がイスラム国に拘束されたことを日本政府は知っていた事実である。そして何もしなかった事実である。

 たとえ危険な地域に入ったのは自己責任であったとしても、救出に向けて何らかの外交努力をすべきだった。全く放置しておいて、マスコミが騒ぎだすと、人命救助優先という。信用できない!

 今回の悲劇の直接的な引き金は、安倍首相の「周辺諸国への2億ドル拠出」発言である。人道支援策と安倍首相は強調するが、中東ではイスラム国への空爆を実施しているアメリカへの後方支援とみられている。

 「積極的平和主義」、「切れ目のない安全保障法制」、「集団的自衛権容認閣議決定」、「武器輸出3原則緩和」、「海外での自衛隊武器使用要件緩和」などなど、一連の安倍首相の政策が、これまでの「平和国家=日本」というイメージを根本的に変えてしまった。

 後藤さんの解放を心から祈るが、今後中東で活躍するNGO職員やジャーナリスト、日本企業社員、高遠菜穂子さんのように個人でボランティア活動をしている人たちは、危険性が高まることが予想される。

 国際紛争を解決手段として武力を使わないことを明言した憲法9条を骨抜きにすればするほど、日本は中東に軍事介入している欧米諸国と同じ国とみなされ、日本人の命が危険にさらされる度合いが増えることを恐れる。

 

2015年1月19日 (月)

表現の自由をめぐって

表現の自由がどこまで許されるのかは、重要かつ、微妙で、難しい問題である。圧倒的な力(マスコミを操縦する力、規制をかけるためなら法律をねじまでてもやる力、さらには警察、軍隊という暴力装置を持つ)権力に対しては完全に自由であるべきだと思うが、今回のフランスの新聞社のような宗教に関わる風刺画掲載は、微妙な問題である。

 フランスでも掲載に反対する人が42%もいると、報じられている。差別やテロを公然と支持・助長する内容は、規制することに異論がないが、宗教がからむと難しい。

 イスラム教徒の多くが不快に思う、侮辱されたと思う、今回の風刺画掲載については、僕は批判的な考えを持っている。イスラム国などの過激派を風刺するのは、何ら問題はない。しかし、預言者は一連のテロとは無関係である。狂信的な一部のイスラム教徒が残虐な事件を引き起こしているに過ぎない。

 例えば、仏教徒、キリスト教徒、ヒンズー教徒の一部がある凶悪な犯罪を犯したとする。その犯罪者をいくら風刺しようが非難しようが、それは表現の自由である。

 だからといって、その宗派の祖やその宗教を信じる人たちが大切に思っていることを、落とし込める内容を自由に表現してよいだろうか?

 一定の影響力がある報道機関にあっては、当然自制が求められる。例が宗教とは異なるが、例えば海外の報道機関が、日本の現天皇を揶揄する・からかう・侮辱するような内容の記事や写真・風刺画を掲載したとしよう。

 天皇制を信奉する人たちは激怒するだろう。敬愛する人たち・親しみを感じている人たちは、不快を感じるだろう。天皇制に批判的な人も、決して愉快ではないだろう。

 このことが日本ですぐテロ事件に結びつくとは思わないが、その報道機関がある国に対しては、政治的・経済的・文化的に良好な関係を持つのは、様々な障害が出るかもしれない。互いに傷つくだけで、表現の自由を守ったと、胸を張れるだろうか?

 個人がやるのと、公器でもある報道機関がやるのとでは、影響力が異なる。マスコミは一定の品格と節度が求められると思う。

2015年1月17日 (土)

対テロ戦争という言葉に違和感

 フランスでは今回の悲劇に対し、370万人の抗議と哀悼のデモ行進が行われた。同時にバルス首相が「テロとの戦争」を呼びかけたと報じられている。

 また襲撃を受けた新聞社「シャルリー・エブド」が、預言者ムハマンドの風刺画を掲載した特別号を発行した。

 言論の自由を守る・テロを根絶することには、なんら違和感はない。賛成だ。しかし、対テロ戦争という言葉で、社会がその大義名分で一つにあり、違った価値観・宗教を信じる人たちを異端視・排除・敵視・差別・迫害する空気に包まれることを恐れる。

 9.11テロの後、アメリカでも対テロ戦争が叫ばれ、実際にテロ根絶・自由な社会・世界を作るという言う名目で、イラク・アフガニスタンへの戦争・攻撃が行われた。

 圧倒的な軍事力で国=政権を破壊したが、テロは根絶されただろうか? 事態は悪化しただけである。今日のイスラム国という過激派を生み出したのも、元をたどればアメリカを中心とするイギリス・フランス・ドイツ・イタリアなどNATO諸国の中東への派兵=戦争が、原因である。

 人類は”戦争”では何も解決しないことを、冷静に学ぶべきだと思う。

2015年1月12日 (月)

平和な社会・地球を作ることの困難さと、理想を追求することの大切さについて

 フランスでのテロ事件に衝撃を受けている。ドイツでも風刺画を掲載した新聞社が襲撃を受ける事件が発生している。

 フランスでは17人が犠牲になり、犯人3人は射殺された。「反テロ」の大規模行進が、現地時間の11日に行われたが、僕は報復の連鎖を恐れる。

 今回の事件を契機に、世界各地で同様な事件が起きるかもしれない。そして、テロを根絶するという名目で、シリア、イラク、アフガニスタン、パキスタン、イエメンなどの過激派の根拠地への空爆や地上部隊・特殊部隊の攻撃があるかもしれない。

またその攻撃に加わった国において、報復の自爆テロを含む凶悪な事件が発生するかもしれない。

 暴力の悪循環。力には力で。殺されたらやり返す。力の論理では、警察力や軍事力をいくら強化しても、根本的な解決には決してならない。

 幸い現在までのところ、日本ではこの種の事件=悲劇は起きていないが、安倍政権が自衛隊を海外にどんどん出し、米軍や多国籍軍の支援や戦闘に参加すれば、悲劇が起きる可能性がある。

 「うらみを買わない」 「軍事力を行使しない」 「平和ボケといわれようが、海外の紛争や戦争に介入しない」 憲法9条を盾に、「我が国は武力行使には一切、協力しない』姿勢を貫くことが、僕たちの平和な生活・社会を守る最善の道だと思う。

2015年1月 9日 (金)

平和ってなんだろう ③ 平和を守るモノ

 『平和を守るモノ』

 

 今年は西暦で2015年。それ以前の人類の社会誕生からだと数千年を経ても、人間社会(人類の世界)は平和な環境=平和な世界を作ることに成功していない。

 個人にとっても、家庭生活においても、地域社会においても、学校や職場での社会生活においても、まして国と国との関係においても、平和な状態を維持し、守るのはますます困難になっている。

 「平和を守るモノ」というタイトルを付けたが、正直そう簡単に解決できる課題ではない。科学が進歩し、高度な文明社会を築き上げてきた人類(人間)の英知=知恵=頭脳をもってしても、平和構築に関しては試行錯誤、難儀している。

 高度に発展した故に、複雑になり、解決を困難にさせている。ある意味、人類が生存するために助け合った大昔よりも退化しているかもしれない。

 人間そのものは本質においてそんなに変わっていない(進歩していない)。その個々の人間が集まって、家庭を、地域社会を、国を、世界を構成している。

 だったら、人間を野放しにせずにタガをはめる、人間が作る組織=集団=社会に、平和を破壊しないようワクをはめる。規制をかける。国家権力を行使する政治家を憲法で縛りをかける。日本国憲法9条のように、国家が戦争することを禁じる。こうするより道がないように思える。

 平和を守るモノの「モノ」とは『タガ・規制』である。具体的に法律、憲法のことである。ヘイトスピーチなどの極端な差別には差別禁止法。一般の人間が銃器を持つことができなくする銃器所持禁止法。(現代の刀狩り。アメリカも憲法を改正して是非銃器犯罪を減らしてほしい)

 差別やいじめを克服するには、家庭や学校・企業・社会での教育力が必要だからそう簡単ではないが、教育力がモノにあたる。

 貧困を克服することはもっと難しい。解決するモノは、一口では表現できない。一つの地域、国においては、税制を改革して、豊かな者から税金をたくさん集め、社会保障制度を充実させることだろう。従ってここではモノは税制・社会保障制度といえる。

 世界は貧富の格差が増大している。飢餓線上のあるいは生きていくのがやっとの国(地域)の人々が、明日の食料の心配をしなくて済む世の中にするには、どうしたらよいのだろう。

 基本的には援助でなく、自立である。しかし生活が自立できるようにするには、豊かな国からの援助=手助けが必要である。最低限、餓死しない=生きていけるようにするモノは、食糧援助だろう。国連が本来の役割を果たせば、少なくとも飢餓は防げると思う。

 大気汚染や原発災害をなくして安心して住めるようにするには、やはり規制がモノとなる。公害の発生源となる企業を法律で縛るほかない。日本は大気汚染などの公害の克服には、かなり成功したほうである。原発は違うが。。。。。。。。。。

 原発災害をなくすモノは、住民の力だと思う。再稼働を許さない力=運動だ。

 最後に戦争をなくすモノは、人々の戦争を憎み、平和を愛する心だ。その心を形にした法律=憲法だ。日本国憲法9条は、「平和を守るモノ」の最大のモノである。9条の世界化=輸出が重要だと思う。

 人類を破滅の恐怖に陥れる核兵器廃絶も大切である。そのためにまず「核兵器使用禁止法」がそのためのモノとなる。

 核以外の非人道的兵器の使用・開発・保持を禁止する国際法も有力なモノとなる。軍縮を進め、軍拡をしないことも大切なモノであるが、これは各国の政策にかかわり、しかも相手の政策が関係することゆえ、そう簡単ではない。しかしそれぞれの国の人々による「武器よりもパンを、仕事を、充実した社会保障制度を!」求める世論の力がモノとなりうる。

 解雇を完全になくすことは、経済状況もあり難しいが、不当な解雇や雇い止めは企業を縛る法律で、ある程度防ぐことができる。ここでは法律がモノといえるが、法律があっても現実には不当なことが起きている。職場でのパワハラやいじめ、長時間労働、不当解雇などをなくすには、法律というモノと同時に、不当なことには負けない=泣き寝入りをしないという闘う気持ち=意思力がモノとなる。

2015年1月 7日 (水)

平和ってなんだろう ② 平和を破壊するモノ

 イ) 個々人の安心・安全=平和な生活を破壊するモノの際たるものは、貧困だと思う。その人が暮らす地域・国の平均的な収入があれば、餓えることもないし、強盗や泥棒などする必要もない。贅沢をしなければ、そこそこに安定した家庭生活を送ることができる。

 ただ経済的には平均であっても、家庭内暴力=主として男性・父親による暴力は、平和な家庭生活を破壊する。妻や子どもは、暴力におびえる生活を余儀なくさせられる。

 エイズやエボラ熱など病気も人々を不安と恐怖にさせる。誰のせいでもないが、ガンなど完治が難しい病気も、個々人の平和な人生を脅かす。

 ロ) 地域社会の平和を破壊する際たるモノは、殺人・強盗・婦女暴行・放火などを行う犯罪者だ。最近では無差別テロ犯罪が最も凶悪である。

 世の中色々な人がいるから、犯罪者をゼロにすることは難しいが、犯罪被害を拡大する原因となるモノは、一般の人にまで行き渡る銃である。

 国が破壊され、爆弾や機関銃などの武器が拡散する状態も、地域の治安を極度に悪化させる。

 すぐ死亡することはないが、平和な市民生活を脅かすのは、原発事故による放射性物質の拡散である。

 大気汚染などの公害も、平和な地域社会を破壊する。かつて日本では水銀が水俣病を生み出した。

 日本ではあまり心配ないが、水不足=水資源の枯渇も地域の安定を破壊する。

 ハ) 国・地域の平和を破壊する際たるモノは、戦争である。これは説明の余地がないが、最近では地域紛争や内戦、正式な国と国との戦いでない戦争が、平和を脅かしている。

 ニ) 平和な社会生活を脅かすモノは、差別やいじめ、解雇や雇い止めである。学校や職場で、差別・いじめにあい、自ら死を選ぶ人たちが少なからずいる。うつ病になったり、職場や学校に通えない状態になる人々の数は、数万人をはるかに超えるといわれている。

 極端な過労や、いつ解雇・雇い止めされるか分からない状態も、平和で安心できる社会生活を送ることを困難にしている。

2015年1月 6日 (火)

平和って何だろう ① 平和の定義

① 平和の定義

 

  3回に分けて平和について考える。1回目は平和の定義。2回目は平和を破壊するモノは何か。3回目は平和を守るモノ。

 イ)個々人にとっての平和な状態とは、安心して暮らせる=生きることができる状態だと思う。その最低限度の条件は食・住・衣が満たされているかどうか。今日食べるものがない。明日の食料がない状態ほど人間を極限状態におくものはない。

 この地球上には今なお餓えに苦しむ人々、貧困から明日の食べ物を心配しなければならない人々がたくさんいる。

 住む家がない状態もつらい。この寒さの中で、(今日は雨が降っているが、)雨・露・風を防ぐものがない状態を想像すればそのつらさはよく理解できる。

 家庭内で暴力や虐待がない状態も大切だ。

 ロ)地域社会の治安が安定している状態。路上で突然、殺人・強盗・レイプなどに会わない。テロにもあわない。家が放火されたり、強盗・泥棒が押し入らない。他者がポケットに手を入れても、銃を心配する必要がない。

 犯罪の心配がないだけでなく、原発事故がいつ起きるか分からない、外出すれば放射能や大気汚染を心配しなければならない状態も、平和な地域環境とは言えない。

 ハ)戦争がない状態。一般に平和の定義は、紛争や戦争がない状態を指す。

 ニ)平和な社会生活を送れる状態。学校でいじめにあわない。会社・職場でいつ解雇・雇い止めにあうか分からないのもつらい。もちろん、職場でのいじめやパワハラ、体調をくずすほどの過労を強いられる状態も、平和な社会生活とは言えない。

2015年1月 4日 (日)

新年の抱負(決意)

 1月2日にメール登録をしてある人たちに、下記のごあいさつ文を送った。年賀状に書いた文を手直ししたもの。

 

 迎春

 

 明けましておめでとうございます。今年も健康で元気に新しい年が迎えられる喜びをかみしめています。

 

 

 

 昨年は沖縄と原発関連の活動で大忙しでした。好きな旅行も封印。妻とさだまさしコンサートに行く(3回)のが唯一の息抜き。年末のカウントダウンコンサートも東京まで出かけ楽しんできました。

 

 

 

 さて今年の一大イベント(僕にとっての)は、4月1日から5月22日までのソウルー東京、21世紀の朝鮮通信使友情ウオーク参加です。体力には自信があるのですが、脚(足のうら)がもつかどうかいささか心配です。これまで3回参加していますが、全コースを歩くのは初めてです。

 

 

 

 もう一つの大きな課題は、静岡県知事に浜岡原発の再稼働を認めないことを要請する署名をたくさん集めること。個人の目標は地域で5000です。全県では100万。3年前に「浜岡原発を考える袋井の会」を立ち上げ、さらに浜岡から31キロ圏内の人々と協力して2年前「UPZ市民団体交流会」の立ち上げ、さらには昨年、全県の脱・反原発を目指す人々と大同団結して「浜岡原発の再稼働を認めない静岡県ネットワーク」を立ち上げました。

 

 

 

 昨年「福島を理解するツアー」を企画し、UPZ圏内のメンバーと共に現地の人々の生の声を聞き、また飯館村・南相馬市小高区・希望の牧場・浪江町を視察しましたが、福島原発事故は収束どころかますます深刻な影響を及ぼしていることを学んでいきました。

 

 

 

 安倍政権の原発再稼働・原発推進政策が露骨になってきましたが、静岡の地からそれにストップをかける運動を地域に根差して頑張っていく所存です。

 

 

 

 今年は戦後70年。安倍政権の集団的自衛権容認閣議決定で、日本がそれなりに歩んできた平和国家としての道が、大きな岐路に立たされています。また日韓条約締結から50周年。隣国との政治レベルでの関係は冷え切っていますが、朝鮮通信使友情ウオークを通して、民間レベルで隣人との友好関係を深めていきたいと願っています。集団的自衛権法制化阻止の運動は、今年が正念場。憲法9条を守り、日本が戦争できる国とならないよう、本気で頑張りたいと思っています。

 

 

 

 沖縄知事選の勝利は大きな喜びですが、政府は新基地建設反対の沖縄の民意を無視して、辺野古・高江の工事をこの1月から再開しようとしています。この問題では朝日新聞の声欄に「日本の民主主義が問われる」と題した僕の投書が掲載されましたが、工事強行を座視するのは民主主義破壊=沖縄を軍事植民地化することを黙認につながると考えます。

 

 

 

 今年も何回か高江・辺野古の座り込みやカヌー隊に参加し、沖縄の人々とともに直接民主主義の行動を実践したいと考えています。

 

 

 

 ブログ「僕の平和へ思い」へのアクセスは26万1000を越えました。自分が関わっている運動を中心に、世界・日本の動きに対する自分なりの考えを発信し続けていきます。

 

 

 

 世の中が悪くなるのを吹き飛ばすためにも、まず個々人の健康・元気が第一番。互いに健康に留意しながら、後に悔いを残さないよう最善と思われる道を進んでいきましょう。

 

 

 

                        2015年1月2日  竹野昇

 

 

 

メール takecbf21369@nifty.com

コピーをすると間隔があいてしまった。僕のパソコンの技術はおそまつ。正月に息子が帰ってきたので、ツィッターとフェイスブックで情報発信する方法を教わった。今年も、活動の報告を中心に、色々な思い(考え)・情報発信を、現代のツールを駆使して?発信していきますので、よろしくお願いします。

今朝、ウオーキングしながら「平和ってなんだろう?」というテーマで書きたくなった。午後時間があれば、まとめてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年1月 3日 (土)

2015年 年の初めに

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 2015年1月1日、我が家の家族全員が集合した。今年も皆が元気に新しい年を迎えられたことを感謝したい。

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 新年明けましておめでとうございます! さだまさしカウントダウンコンサートが昨年12月31日、東京フォーラムであり、妻と一緒にコンサートを楽しんできました。会場では写真撮影禁止なので、この写真は受付で配られたものです。

 8時半から始まったコンサートが終わったのは1日の零時10分ごろ。引き続いて同じ会場で、NHKの「年の初めはさだまさし」の生中継番組の収録があり、全てが終了したのは午前2時45分。5000人のお客さんほとんどが帰らずに見ていたのには驚いた。

 最初のヒット曲のオンパレードで始まったコンサートは、いつものトークありで楽しかったが、ことばをオブラートに包んではいたが安倍首相が進める戦争への道をやんわりと懸念する彼の思いが伝わる場面もあった。「戦場のメリークリスマス」を選曲したのは、さだまさしの平和への思いからだと思われる。

 「年の初めはさだまさし」で読み上げられたはがきのなかに、名古屋の全盲の方のものがあり、その方は会場に来ていた。僕の席から6列ぐらい前に、目が不自由と思われる夫婦とその方たちをエスコートする若い女性が座るのを、僕ははがきが読まれる前から注目していた。

 はがきによるとその若い女性は娘さんだった。全盲のふたりが結婚し、授かったのがその娘さんとのこと。はがきの文面は生きていることの喜びと感謝にあふれていたが、それを聞いた会場は暖かい雰囲気に包まれた。

 「努力は報われますか?」というはがきも読まれた。多分若者からのものと思われる。それまで例の軽い調子ではがきへのコメントをしていたまさしの表情が厳しくなった。彼の受け答えは以下の内容だった。

 『 努力は必ず報われるものではありません。いくら努力しても、得られない場合もあります。しかし、努力しなければ、何も得られません。思いや願望だけでは、それを実現できません。人生、失敗するときもあります。僕自身もバイオリン奏者をめざし、高校・大学は音楽関係を受験しましたが、2度失敗しています。

 

 しかしその挫折があるから、今の僕があります。正しく努力すれば、結果がどうであれ、その努力が何らかの形で報われるものです。』

 「その通り!」 的を得た答えだと思う。何事も思っているだけでは始まらない。まず思いを実現するために努力することから始まる。その努力の過程で、自分が鍛えられ、高められる。失敗してもそれに負けない強い自分に成長しているはずだ。

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 ホテルに戻ったのは午前3時15分。4時間ぐらい寝て、午前中上野公園を散策。東照宮の寒ぼたんがきれいだった!

 

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