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2015年10月

2015年10月31日 (土)

沖縄辺野古工事再開に抗議のため、新聞投書 掲載された

 28日朝の新聞報道で、29日から本体工事着手との記事が出ていたので、朝日新聞向けの投書と琉球新報向けの投書を急いで作成し、メールとファックスで投稿した。

 29日の朝日に掲載されていなかったのであきらめていたところ、朝日新聞東京本社の記者より電話があり、31日に掲載したいとの連絡があった。

 今日31日の「声 オピニオン&フォーラム」欄のトップに、「辺野古 地方自治が破壊される」の見出しで掲載された。

 僕が書いた原文は以下の通り。

 

沖縄の民意・民主主義を踏みにじる政府

 

 

 

 辺野古新基地建設を推し進めようとする政府のやり方は、異常である。民主主義国家・法治国家に相いれない手法で、沖縄の民意を無視、県民を分断し、強権で米軍のための軍事基地を作ろうとしていることを認めることはできない。

 

 翁長知事の埋め立て承認取り消しを国土交通大臣が執行停止したが、これは国の機関である防衛局の訴えを同じ国の組織が認める構図であり、行政不服審査法の趣旨に反する。

 

 辺野古3区に直接振興費を交付するのは、名護市民を金で分断する卑怯な手法であり、到底許されるものではない。こんなことがまかり通れば、地方自治が破壊され、私たちの税金の使われ方も検証できない。

 

 政府は代執行手続きに入ることも決めた。裁判で認められれば、『沖縄の海・空・陸の使用は、自分たちで決める=自己決定権』『沖縄の誇り』を、国家権力が強権で踏みつぶすことになる。

 

 これで果たして民主主義国家と言えるだろうか。本土に住む私たちも、国と沖縄県の対立としてのみとらえるのでなく、自分たちの国の在り方・民主主義の問題として、真剣に考えるべきだと思います。

 

 

 掲載されたものは若干修正されているが、基本的に同じである。投稿では表現を抑えてあるが、安倍政権の工事再開は沖縄差別そのものであり、植民地扱いである。沖縄県が民主主義のルールに基づき承認取り消し決定をしても、代執行で知事の権限そのものを奪おうとしている。

 琉球新報に送った投書は下記のとおり。

 

これは沖縄県と国の対立ではない

 

 

 

 辺野古・高江の座り込みに時々参加している者です。翁長知事の埋め立て承認取り消し・政府の執行停止・代執行手続きの閣議決定を、本土のマスコミは国と沖縄県の全面対決と報じていますが、これは日本の国の在り方・民衆主義の問題だと思います。

 

 国土交通大臣の執行停止決定は、国の機関である防衛局の訴えを同じ国の組織が認める構図であり、行政不服審査法の趣旨に反し、法治国家に反します。

 

 辺野古3区に直接振興費を交付するのは、名護市民を金で分断する卑怯な手法であり、到底許されるものではない。こんなことがまかり通れば、地方自治が破壊され、私たちの税金の使われ方も検証できない。

 

 政府は代執行手続きに入ることも決めた。裁判で認められれば、地方自治体の決定・意思を国家権力が強権で踏みつぶすことになる。

 

 これで果たして民主主義国家と言えるだろうか。本土に住む私たちも、国と沖縄県の対立としてとらえるのでなく、自分たちの国の在り方・民主主義の問題として、真剣に考えるべきだと思います。

 

 

 

 字数が400字となっているので、言いたいことが十分に言えていないもどかしさがある。掲載されたかどうかはわからない。

 僕はここまで強権で軍事基地建設を進めようとする安倍政権に対しては、現地で工事を阻止する=体を張って工事車両を基地内に入れさせない、海では埋め立て土さを海中に投下するのを船を出して阻止する、もちろん非暴力だが直接民主主義に基づく抵抗闘争で闘うほかないと考えている。

2015年10月29日 (木)

沖縄・高江・辺野古2015年10月レポート その3

 辺野古の報告を書く前に、安倍政権の翁長知事埋立承認取り消しの効力を停止する決定、さらには代執行の手続きに入る閣議決定、そして埋立本体工事に29日から着手するとの中谷防衛大臣の発表に対して、抗議と怒りを表明したい。

 僕が沖縄を離れたのは23日。まだその時点では安倍政権の決定が出ていない段階だったが、国土交通大臣の効力停止決定が22日にも出るかもしれないとの情報が流れていたので、辺野古キャンプシュワーブゲート前では、22日から早朝行動(6時から8時)の体制が組まれていた。

 以下の写真は21日撮影。

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 21日真っ先に行ったのは、辺野古の浜に設置されているヘリ基地反対協のテント村。入口の看板に「座り込み 4203日」と出ている。10年以上前から粘り強い闘いが継続されている。

 朝8時半過ぎという時間と、工事が完全にストップしている状態なので、のんびりした状態だった。11月5日袋井市で講演をしてくれる山本英夫さんが受付におられたので、色々話をした。

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 辺野古の浜のフェンスには、全国から来た団体のそれぞれの思いが込められたバナーが張られていた。

 基地の砂浜では海兵隊が何かの訓練を行っていた。

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 10時半ごろキャンプシュワーブゲートへ。

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 ここでの座り込みのリーダーで象徴が山城博治さん。癌で入院されていたが、幸いにも退院され、お元気な姿を見せられていた。

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 まだ療養生活だが、午前中はゲート前に毎日来られている。マイクを握ったら、いつもの山城節は変わりなかった! この日は京都からの歌姫・川口まゆみさんが来られていたので、ミニコンサートもあった。

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 沖縄の運動はしなやか。厳しく長い闘いであるがゆえに、歌あり、楽器演奏あり、踊りあり。いつもピーンと張り詰めた運動をしていると、体と心が持たないからだ。工事業者や海保の車が来ないときは、参加者の挨拶(トーク)や歌などがあり、テントでの座り込みは楽しく勉強にもなる。

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 抗議・闘う意思を示すデモも毎日行われている。この日は200名ぐらい参加。

  今日29日から工事が再開される。現地では上の写真のような状況でなくなるだろう。

2015年10月27日 (火)

沖縄・高江・辺野古2015年10月レポート その2

 高江の工事は地元の皆さんや全国から座り込みに参加する人たちのおかげで、完全にストップしている。

 N1地区にあらたに2つオスプレイ対応のヘリパッドを作る計画は何も進んでいない。住民の会のテントや車を排除するために、県道の路側帯を米軍提供区域にしたいとの防衛局の策も動きはストップしている。

 ただ米軍の動きは頻繁にある。基地の中で何をしているのか良く分からないが、米兵や軍属がN4地区に煩雑に来ている。装甲車やトラックなどの軍用車両もメインゲートを出たり入ったりしている。オスプレイや他の機種のヘリコプターの訓練も日常的に行われている。

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 20日、N4地区で米軍の監視活動をした。下の写真のゲート奥に、残念ながらすでに作られたヘリパッドが2つある。

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 午後1時ごろ、訓練を終えた米兵たちが出てきた。全部で16名。

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 銃はもっていない。どのような訓練をしていたのかは全く不明である。彼らは全員メインゲート方向に戻っていった。北部訓練場内の宿泊施設に寝泊りしているのだろう。

 ある人から、N4内の様子が分かる写真を提供してもらった。その人の説明によると、

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        野営用テント

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    ヘリパッド

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    オスプレイの廃棄熱で焦げた芝生

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    2つめのヘリパッド

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   ヘリパッドの周辺の排水用溝

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 上の写真はゲート前。

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 上2つは米軍(防衛局)が立てた看板。

 今回は3日間しか高江にいることができなかった。21,22,23日は辺野古。次回は辺野古の様子をレポートしたい。

2015年10月24日 (土)

沖縄・高江・辺野古2015年10月レポート その1

 10月18日から23日まで、高江・辺野古の座り込みに参加した。高江に着いたのは18日の夜10時ごろ。N1テント前の泊まり込み監視活動に参加した。

 この日は僕を含めて3名。11時過ぎまでテント内でおしゃべりをして、車の中で寝た。疲れていたので、すぐ寝入ったが、朝3時ごろ目が覚めた。外に出ると、満天の星。星が大きく、星空がすごく近くに感じられる。

 19日の朝8時からミーティング。11名参加。顔見知りの人たちが多い。常連の人たちのおかげで、監視活動が継続できていることに、頭が下がる。感謝、感謝。

 一人どこかで見かけた若い女性がいる。話しかけると、3年前に乗船したピースボートで一緒だった! 高江に来るのは3回目とのこと。うれしい出会いだ。

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 屋久島から4名の方が訪問。一人はアメリカ人。もう1人は日系ブラジル人。自然を大切にしたいと考えておられる方たちだった。

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 伊江島からわびあいの里・反戦平和資料館館長の謝花悦子さんが大学生の若者一人を伴って、来てくれた。2年ぶりの再会。最近の伊江島の様子を約1時間話してもらった。

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 彼女の話で気になったのは、安倍政権の教育政策の締め付けで、平和学習として反戦平和資料館を訪れる学校がめっきり少なくなったとの報告だ。修学旅行が体験学習となり、教師の関心が平和学習に向いていないとのこと。下見に来る教師がほとんどいないという話にショックを受けた。

 防衛局や工事業者の動きは全くなし! 東京や福岡からの来訪者があり、にぎやかな1日だった。

2015年10月18日 (日)

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小出裕章先生の写真がビンボケになってしまったが、昨日17日の講演会は大盛況だった。

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 参加者500名。僕たち「浜岡原発の再稼働を許さない静岡県ネットワーク」と「311福島を忘れないin静岡」の共催で実施したが、多くの人の協力で大成功に終えることができた。

 これから沖縄に行くので、講演内容をレポートする余裕はないが、小出先生のお話を通して、いかに原発が罪深いものかがよく理解できた。

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 著書のサイン会も大勢の人の列ができた。

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 上の写真は終了後の小出先生を囲む会の様子。全てが無事終了してほっとしている。

 ブログは23日までお休みさせてもらいます。

2015年10月16日 (金)

袋井憲法9条の会 駅前アピール活動のちらし原案

26日、袋井憲法9条の会として、駅前でアピールするちらし原案を作成した。

 

日本は法治国家か? 沖縄県知事の辺野古埋め立て承認取り消しを無効にすることは許されない!

 

 

 

 沖縄県翁長知事が前知事の下した辺野古埋め立て承認を取り消した。選挙でも示された県民の総意=ちゅら海を埋め立て米軍のために新基地を作ることを認めないを、具体化するためである。公有水面埋め立ての権限は知事にある。これで政府が進める辺野古埋め立てに関連する工事は法的根拠を失った。

 

 ところが防衛省はその決定を不服だとして、国土交通相に行政不服審査法に基づく不服審査請求と取り消しの効力をいったん止める執行停止を申し立てた。政府の機関が同じ政府の機関に不服を訴えることは漫画であり、許されない。

 

 

 

行政手続法に詳しい元東京高裁判事・浜秀和さんの見解「法治国家と言えぬ」

 

 行政不服審査法は、行政庁によって権利などを脅かされた国民が不服を申し立てる手段としてある。国民の権利利益の救済が目的である。

 

 防衛省は行政庁であり、国民や私人ではない。同じ安倍政権の防衛省が国土交通相に執行停止を申し立てるのは、立法趣旨に反する。法治国家としてあるがまじき行為である。

 

 このようなことが許されるなら、政府は何でもできる。県知事や市長の決定が国の方針と違えば、それを国の機関がひっくりかえす。県民や市民の多数が反対していても、政府の方針を押し付ける。これは地方自治破壊であり、独裁政治である。憲法や法律に基づく政治ではない。

 

 

 

憲法無視、法律無視の安倍政権を退陣させるのは、民衆=国民の意思と力

 

 憲法が禁じる武力行使=戦争を可能にする安保法制を、数の力で強引に可決させた安倍政権を退陣に追い込むのは、民衆=国民の意思と力です。辺野古新基地建設をストップさせるのも、民衆の意思と力です。

 

 民主主義は一人一人の市民が政治に関心を持ち、選挙で選ばれた側が間違った政治をするなら、それはおかしいと声をあげる=意思表示をする。次の選挙でその政権を退陣させる。自分たちの意思を反映する政権を生み出すのが、民主主義だと思います。

 

 

 

私たちは諦めません! 憲法は国民の不断の努力によって生きてきます!

 

 憲法第12条にこう書かれています。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」

 

 安倍政権が解釈改憲で憲法を捻じ曲げようとしても、私たちの努力で立憲主義、平和主義、国民主権の政治を取り戻すことは可能です! 権力者は国民が諦める=無力感を持つことを望んでいます。辺野古新基地建設反対の沖縄県に対しても、いくら反対しても政府は強権で工事を続行すると、諦めさせることを狙っています。

 

 しかし諦めずに主張し続けること、行動し続けることが大切だと私たちは考えています。

 

              袋井憲法9条の会

 

2015年10月14日 (水)

辺野古埋め立て取り消し決定と政府の対応、僕たち本土に住む住民の対応

 2015年10月14日、翁長沖縄県知事は前知事が承認した辺野古埋め立てを取り消した。僕はこの日は日本の歴史に残る重要な日として、記憶にとどめたいと思う。

 同時にこの決定にどう対応するかが、さらに重要だ。沖縄の歴史、日本の歴史、日本の民主主義を書き換える節目だと考えている。

 沖縄の民意は新基地建設反対で確立している。そもそも前知事の公有水面埋め立て承認は、沖縄の民意を裏切った知事の独断決定であり、県知事選でその前知事を大差で破った翁長さんの決定は、沖縄県にとって極めて自然で当然の決断である。

 問題は政府の対応である。行政不服審査法に基づき取り消し効力の執行停止を求める不服審査請求をすると、菅官房長官や中谷防衛大臣は記者会見で述べている。

 政府の機関である沖縄防衛局が同じ政府の機関である国土交通省に行政不服を申し立てることは、漫画であり、本来「行政不服審査法」はそのような事態を想定していない。住民が行政の決定が不当であると訴えることを想定している。この問題は裁判でも争点になると思われるので、もう少し勉強して改めてブログで取り上げたいと思っている。

 僕は今一番重要なのは、本土に住む我々「やまとんちゅう」の対応だと考えている。本土のマスコミは政府の対応を大きく取り上げているが、本土に住む人間が翁長知事の決定・沖縄の民意をどう思うかについては、ほとんど取り上げていない。

 昨夜「フェイスブック(FB)9条の会」に、この翁長知事の決定に関し僕なりの短いコメントを書いたが、10時半の時点でこの問題を取り上げたのは僕一人だった。

 安保法制反対運動のような大きなうねりを起こせるかどうか、本土に住む住民の対応が問われている。

 政府の対応は地方自治無視・民主主義破壊・沖縄差別であると、自らの課題として真剣に向き合えるかどうかが問われている。

 僕は17日から沖縄に行く。安保法制の具体化の一つが辺野古新基地建設強行であり、それに反対し座り込みに参加するのは、僕にとり自然な流れである。

 おそらく戦争法案に反対し、街頭に立った多くの人々は、翁長知事の決定を支持し、政府の対応に反対だと思う。

 問題はどのようにその意思を行動に移すかである。何もしなければ、安倍政権の対応を黙認することに通じる。来年の参議院選まで待つことはできない。

 政府は執行停止が認められれば工事を再開する。法廷闘争の間も工事が強行される。きれいな辺野古の海が埋め立てられるのを座視することは、結果として安倍政権の憲法破壊・民主主義破壊を容認することにつながる。

 沖縄を孤立させてはならない。これは日本全体の問題ととらえ、自分自身の大切な課題と認識して、先ず自分にやれることから実行することから始めよう。

 一番良いのは沖縄の現場に立つことである。安保法制反対運動でも中高年の退職者が大きな力を発揮したが、時間に余裕がある60代、70代の元気な人たちが、大挙して辺野古の現場に押しかけてほしいと願っている。

 街頭でプラカードを持ち意思表示する、駅前で翁長知事支持・辺野古埋め立て反対・新基地建設反対を訴える活動もある。創意工夫すれば、現地に行けなくてもやれることはいっぱいある。

2015年10月12日 (月)

日本の政治が劣化していく  ユネスコ拠出金を削減しろとの声

 中国が申請していた南京事件がユネスコ世界記憶遺産登録が認められたことに対し、日本政府と自民党が恥ずかしい反応を示している。

  「申請資料は中国の一方的な主張に基づいており、ユネスコの選考基準である完全性や真正性を満たしていない。」 「犠牲者数については政府として認定することは困難」 

  「ユネスコは事実に基づかない申請を認めたことに対し、我が国として抗議の意思表示を示すために、ユネスコへの拠出金を削減すべきだ。」 「日本はアメリカについで世界で2番目の国連分担金拠出国だが、日本の国益を損なう場合には、拠出金の見直しをすべし。」

 上記は外務省や二階自民党総務会長などがユネスコ批判を繰り広げている論調である。今回、日本が申請したシベリア抑留・引き揚げなどに関する記録も、世界記憶遺産登録が認められた。

 日本人の被害体験は世界記憶遺産として後世に残すべき価値があるが、中国人の被害体験は世界記憶遺産にすべきでないとの立場は、あまりにも自国中心主義であり、世界では通用しない。まして都合の悪い決定をしたユネスコを財政面で締め付け発想は、傲慢そのもの。かつてアメリカも同様な反応を示したことがあった。

 政治の劣化。安保法制強行成立の過程でもそれは顕著に表れた。 僕は、『 日本が落とし込められている 』と感じている。

2015年10月11日 (日)

戦争犯罪 アメリカ軍の病院空爆で死亡者22名

 シリアで国境無き医師団が運営する病院が米軍に攻撃され、医療スタッフや患者22名(うち3人は子ども)が殺される痛ましい事件が先日起きた。

 米軍は誤爆と主張。当初は責任回避の姿勢だったが、世界中の批判が沸き上がり、オバマ大統領が犠牲者に哀悼の気持ちを表すと謝罪した。

 しかし誤れば済む問題ではない。例えば僕たち普通の市民が交通事故などで誤って人を殺した場合、遺族に謝罪をするだけですむだろうか?

 補償の問題がある。殺された人が生きていたら得られるだろう賃金、残された家族への慰謝料など、十分な補償をして初めて償いをしたことになる。それでも殺された人は戻ってこない。

 アメリカは訴訟社会。もしアメリカ国内で同じような事件が起きたら、途方もない損害賠償をしなければならないだろう。

 今回殺された22名、負傷した人たち、破壊された病院への損害賠償はどうなっているのだろうか? マスコミは一切補償問題を伝えない。マスコミは、戦争だからとこの問題に何の関心もないのだろうか?

 軍と軍同士が殺し合う戦争では、補償はないだろう。しかし、今回のように全く無関係の市民が軍事攻撃で殺傷された場合、損害賠償請求をするのが当然だし、加害者である軍とその政府は被害者に補償すべきだ。

 これまでイラク・アフガニスタン・シリアなどで、どれだけの市民が誤爆により殺されたのだろうか? 負傷し、障害を抱えて生きていかざるを得ない人々がどれだけいるだろうか? 心の傷を負っている人たちがどれだけいるだろうか?

 家や仕事場、車、畑など、貧しい人たちのかけがえない財産を破壊された損害に対して、補償されたことはあるのだろうか?

 おそらくほとんどないだろう! 被害者は泣き寝入り。殺され損。やられ損。 この不条理・不正義が、ISなどテロリストを生み出す土壌の一つになっている。

 米軍などの戦争犯罪の責任と損害賠償を追及することが、今回のような痛ましい事件を防止することにつながり、ひいてはテロを防止するこになると思う。 

 

2015年10月 8日 (木)

畑仕事・山仕事と原発災害 福島の農民を思う

 10月に入って毎日、畑仕事と山仕事に精を出している。その結果、畑は草ぼうぼうの状態から、見違えるほどきれいになった。種をまいた大根・かぶも芽が出てきた。

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 白菜・ブロッコリー・キャベツ・長ねぎ・さやえんどう・パセリは、苗を買ってきて植えたが、それらも元気よく育っている。一部の白菜は友人から苗をもらった。

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 一昨日はニンジンとほうれん草の種をまいた。これまでほうれん草の作り方が下手で、おふくろが作っていたように大きくならなかった。知人の種やさんに聞いたところ、くと石灰や乾燥牛糞などの肥料をやらないほうが良いとのこと。

 ほうれん草はアルカリ性の土壌を嫌うということを初めて知った。ニンジンも最初は肥料をやらずに、成長してからやればよいとアドバイスを受けた。その種やさんお勧めの土を柔らかくする腐葉土を2袋購入して、畑を耕し、畝を作った。

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 にらも苗を植えた。とても小さい苗なので、無事大きく育ってくれるか心配である。

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 上の写真で真ん中から左側2つの畝にニラを植えてある。右側は11月に玉ねぎを植える予定。

 今週は天気がよい。雨がないぶん、水やりが必要だ。2日ごとに、たっぷり水かけをしている。「さあ、大きくなれよ」と念じながら。

 その作業をしながら福島の農民を思う。先月長谷川健一さんの講演を聞き、また豊田直巳監督の映画「遺言~原発さえなければ」を観たが、放射能で土を汚染された農民はこれまでやってきた農業を奪われている。

 農業は決して楽ではないが、土地を耕し、種をまき、苗を植え、収穫する喜びがある。酪農家の場合は、牛を育て、乳を搾る楽しみがある。

 僕は道楽でやっているが、農民は生業としてやっている。その生業を奪われたくやしさ・怒り・悲しみは、いかばかりであろうか。

 政府は南相馬市や浪江町・飯館村・楢葉町などの線量が下がってきたと、帰還政策を進めている。しかし農業をやれるのか? 安心して食べれるのか? 消費者は買ってくれるのか?

 農業は土と水が命。その両方が放射能で汚染されている。政府・財界・官僚などの原発依存・再稼働推進を主張する連中は、農業をやったことがない。農民の苦労や喜びを体験したことがない。

 この連中は福島の農民の心を全く理解していない。いや全国の農民の心を理解していない。営々と土作りをやり、その畑を原発事故で台無しにされる恐れを抱く農民の心を。

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 山仕事(草刈)のほうも順調に進んでいる。原野の部分はほぼ終わり、山の斜面や土手の部分が残っている。あと2日で完了予定。

2015年10月 5日 (月)

久し振りのヨット

 学生時代にヨット部に所属し、ヨットを楽しんだ。卒業してからもしばらく浜名湖で、ヨットに乗ったが、昨日(10月4日)、本当に久し振りにヨット帆走を楽しんだ。

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 北九州大同窓会のつながりで、ヨットを清水港で所有している方のクルーザーに乗せてもらった。大学時代のヨット部の後輩Iさんや同窓会静岡県支部長Sさん、Hさん、それに僕が、オーナーと彼の友人と共に、伊豆半島の戸田までクルージングを楽しんだ。

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 戸田に上陸して、昼食。アジのたたき定食は美味しかった。

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 この日は快晴。午前は風が弱かったが、午後は程度な風吹き、快適なクルージングだった。富士山がきれいに見えなかったは残念だったが。

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 後輩のI君は、ヤマハでヨットを販売の仕事をやっていただけに、ヨットに詳しい。オーナーから、レースの即戦力だからまた同乗してほしいと頼まれていた。

2015年10月 4日 (日)

金曜アクションin袋井

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  浜岡原発を考える袋井の会として、毎月第一金曜日に袋井駅前で金曜アクションを行っている。10月2日は9名が参加。昨年2月から始めた。

 マイクで浜岡原発再稼働反対・脱原発のアピール活動をしながら、いわゆる金曜アクションコールをしている。皆で、「子どもを守ろう」「命を守ろう」「原発いらない」「電気はたりてる」「原発なくそう」「再稼働反対」などと唱和している。

 実施時間は夕方5時半から6時まで。再稼働を認めないで署名も合わせてやるようにしているが、この日は僕が署名用紙を持っていくのを忘れた。

 継続は力なり。浜岡原発を永久停止・廃炉に追い込むまで頑張りたいと思っている。

2015年10月 2日 (金)

映画「遺言~原発さえなければ」を観て

 9月27日、島田市川根文化センターで上映された「遺言~原発さえなければ」を観た。3時間45分のドキュメンタリー映画であるが、長さを感じなかった。

 原発事故直後から翌年までの飯館村の人々を中心に撮影されている。映画に出てくる長谷川健一さんは、袋井でも講演してもらい、また飯館村を2回も案内してもらった関係で、映画に登場する彼の奥さんや子どもさん、お孫さんに親近感を持った。

 

 飯館村以外に浪江町や南相馬の被災者も出てくるが、映画に出てくる人物の表情や本音の意見が見事に映画に反映されている。

 おそらくこれは、被災者に寄り添う豊田直巳さんと被撮影者との人間的信頼があってこそだと思われる。

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 映画は、一章「汚染」、ニ章「決断」、三章「避難」、四章「故郷」、五章「遺言」のパートに分かれている。ニ章「決断」では、飯館村の酪農家たちが売れない乳を搾乳して捨てる場面、とさつ処分を決意して牛をトラックに乗せる場面、可愛がってきた牛との別れの場面は、胸がじーんとくる。ここでは酪農ができないと決断させた原因は全て原発事故だ。

 五章の「遺言」では3人の自死が取り上げられているが、改めて原発を推進してきた電力会社と政府・財界への怒りがわいてきた。

 川根町は監督・豊田直巳さんの出身地。それだけに地元の方がたくさん来られていた。僕もインターネットで宣伝に協力したが、知っている人たちが大勢来てくれていた。正確な数ではないが、300名ぐらい参加していたと思う。

 原発事故が何を住民にもたらすのか、浜岡原発が爆発したら自分の故郷がどうなるのか、具体的にリアルに理解できる映画なので、是非県内各地で上映会を開いてほしい。

 上映会後、豊田さんとの懇談会があったが、参加者が70名もいたので、懇談会ではなく、豊田直巳さんの講演会のようになった。

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 全て無農薬、有機農業で地元で作られた食材で作られた食べ物はおいしかった!

2015年10月 1日 (木)

秋の収穫と山仕事

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 9月29日、掛川市の道楽山へ、草刈と栗の収穫に行ってきた。うれしいことに今年はたくさん大きな栗が収穫できた。昨日娘に家まで来てもらっておすそ分け。今日は東京の息子に畑で採れたさつまいもやオクラなど、さらに妻が色々詰めた食品を、宅急便で送った。

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 柿はまだ青く、食べごろまでもう少し待つ必要がある。残念ながら6個しか実をつけていない。

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 ミカンはたくさん実っているが、摘果を怠ったので、小粒。青島みかんだから、収穫は12月になってから。

 8年前、退職を記念して植樹した果樹がこうして秋の味覚を提供してくれるのは、本当にうれしい! 子ども達に分けてやる楽しみもある。

 しかし問題は草刈。6月に苦労して刈り取った草が、7~9月の間にぼうぼう。

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 9月上旬に刈り取ればこんなに伸びないのだが、安保法制廃案の活動で忙しく放置した結果、久し振りに行った山はひどいことになっていた。

 草刈機で作業するのだが、この日あいにくエンジンがかからなかった。もう一台の古い草刈機を取り出し、やっとの思いでエンジンをかけることに成功したが、歯がボロボロで草をうまく刈り取ることができない。

 自分では歯の交換ができないので、車に機械を積み込み、カインズホームで新しい歯を取りかえてもらった。

 この日の作業はほんの少ししかできず、大半はこれから。おそらく4日位かかるだろう。斜面が多いので、作業は大変。道楽で果樹だけでなく、色々な木を植樹したが、山の管理は楽ではない。

 僕が元気なうちはよいが、80歳を超えて山の管理ができなくなったら、誰にまかせるのか難しい問題がある。しかし将来のことを心配してもしょうがないので、今は山仕事は楽しみながらやりたいと考えている。

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