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2015年11月

2015年11月30日 (月)

沖縄辺野古レポート 11月 最終回  翁長知事夫妻の決意

 翁長知事夫妻の決意をテント村の集会で聞いた。知事の奥さんが辺野古ゲート前で頑張っている人々を激励に来たとき、このように話されたそうだ。

 『 私たちは万策尽きたら、一緒にゲート前に座り込みましょうね、と家庭で話し合っています。 』

 沖縄の民意を無視して工事を強行しようとする国=大和政府に対して、翁長知事は持てる知事権限をフルに活用して、工事を止めようとしている。

 しかし国が知事権限を奪う裁判に勝ち、代執行に踏み切れば、埋立承認取り消しがホゴにされる。承認取り消し以外にも沖縄県の抵抗するすべがあるが、それらすべてが国により不法にも奪われ、民主主義の手続きにのっとった手段では基地建設を阻止できない状況になれば、県民と共に工事を阻止するため座り込む決意を、奥さんは話された。

 この奥さんの発言は、多くの沖縄県民の共感を生んでいる。知事がそこまで考えているなら、知事を信頼し支え、自分たちは座り込みに参加して直接民主主義で体を張って工事を止めよう、と県民の心を奮い立たせている。

 事実11月11日には500人、18日には1200人の人々がゲート前に集まった! 

 1日中完全に工事車両を止めるには、大変な労力がいる。 25日は700名が集まったにもかかわらず、朝は完全に止めたがその後人々が帰り少なくなった時点・11時ごろ(約200名が残っていたが)、残念ながら機動隊に排除され、工事車両がゲートに入るのを許している。

 今はまだ海を埋め立てる本体工事ではない。そのための準備工事の段階である。埋め立て本隊工事を止めるには、1日中、毎日、最低500名、出来れば1000人の結集が必要である。

 気が遠くなるような大変な労力を必要とする。安倍政権は、沖縄の人々にそのような苦痛・負担を押し付けている。

 本土に住む僕たちは、どうしたら良いのだろうか?  僕は4つの方法があると考えている。

① 僕たちも一緒に座り込みに参加する。自分だけでなく、家族や友人・知人にも参加を呼びかける。

② 本土の世論=新基地建設反対=埋め立て反対の世論形成に努力する。色々な方法がある。まず家族・親戚・友人・知人・近所の人に、安倍政権がやろうとしていることの理不尽さを話しかける。

 新聞や雑誌に投書する。沖縄への思いを布やダンボールに書き、手つくりプラカードを持って、街頭に立つ。スタンディニングアクション。自分一人でもできるし、親しい人や仲間とやれればもっと良い。

 街頭でちらしを配ったり、マイクで訴える。集会や学習会、懇談会を開く。

 沖縄に寄り添う報道があれば、その報道機関に電話・ファックス・メールし、ほめる・激励・感謝の気持ちを伝える。

 逆に政府の立場のみ伝える報道機関には、偏っていると抗議する。

 年賀状に沖縄への思いを書く。

③ 沖縄県庁に電話・ファックス・メールし、翁長知事を激励する。沖縄の新聞=琉球新報・沖縄タイムスに、沖縄激励の投書をする。沖縄に知人がおれば、手紙や電話・メールで、沖縄が孤立していませんよ、私たちも翁長知事を応援しています、と伝える。年賀状にそのことを書く。

④ 来年の参議院選挙で、自民・公明党の議員を落選させ、野党に勝たせるため、今から野党統一候補が出れる状況を作り出すために汗を流す。辺野古新基地建設をどう思うか、立候補予定者(自民・公明を含む)全員に聞く。

 18歳から投票できるので、若者たちに投票に行こうと呼びかける。これまで棄権してきた若い世代に、沖縄のことも含め安保法廃案=日本はこれでよいのか、と投票という権利を行使するよう粘り強く訴える。

* ①②③④、いづれもその気になれば、誰でもできると思う。要はやる気! 行動を起こすかどうかだ。

 11月の沖縄レポートは今回で最終回となるが、僕自身がどのように取り組んでいるのかを含め、辺野古の問題は継続的に書いていきたいと思っている。

2015年11月29日 (日)

沖縄辺野古レポート 11月 その9  色々

 色々報告すべきことがたくさんあるが、今回は色々取り交ぜて、これまでのレポートで落とした人や出来事について書きたい。

 人では、船長として9月から活躍しているKさん。彼は10月に行ったとき、テント前での集会で紹介されていたので、顔を知っていたが直接話したことがなかった。

 15日(日)カヌー教室に彼も参加され、終了後高江に僕が行くと話したら、まだ行ったことことがないと言うので、車で案内した。

 車内で話すと好青年。お父さんは大学教授で哲学者とのこと。お母さんも学者だそうだ。彼が辺野古のテントに住み活動していることはよく理解してくれているとのこと。

 高江に案内したカヌー隊のメンバーで15日は初心者へのインストラクターになってくれた「キンチャン」も好青年だった。彼は在日の若者。僕が静岡の朝鮮学校を支援していると話したら、「ありがとう」と応じてくれた。彼の祖父はチェジュドから日本に来ている。次回会ったら、もっと突っ込んで話したい。

 高江で頑張っている人たちとは、キャンプシュワーブゲート前で会い挨拶を交わしたが、15日午後、高江N1テントを訪れた。

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 日曜日は琉球大学のA先生がいつも当番に来ている。今回もそうだった。高江の動き(防衛局側)はストップしているので、穏やかな雰囲気。この日も大勢の訪問客があった。

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 弁護士のグループやバスで来た団体。僕も北部訓練場が見渡せる丘で、彼ら彼女らに説明役を買って出た。

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 10月のレポートでは、辺野古に基地ができるとホテルとして大影響を受ける「カヌチャーリゾート」のことを書いたが、今回地元の方からこのホテルに機動隊が宿泊しているという話を聞いた。

 個人で宿泊すれば2万円以上するだろう高級ホテルに、警視庁機動隊が泊まっているとは!  ショックだった。 多分辺野古移設費用(全部僕たちの税金)から出ているものと思われる。

 カヌチャーリゾートの社長は、昨年までは新基地建設に反対だったが、最近はそのことを言わなくなったと地元の人に聞いた。

 テント村のスタッフで長い期間頑張っている人たちがいる。静岡市から来ているIさんは、昨年から。名前を存じ上げないが、若い女性スタッフは今年3月に見かけて以来、毎回見かけるからテント村の住民となっているものと思われる。7月に高江で会った元ピースボートのスタッフ「ジュリ」さんも頑張っている。

 ゲート前で座り込んでいる人たちにも顔を知っている人たちが多い。地元の方たちが継続的に頑張っている姿を見ると、たまにしか来れないことが申し訳なく思える。

2015年11月27日 (金)

沖縄辺野古レポート その8 集う人々 続き

 辺野古に来て会うたびに心がほっとするのは、ゲート前にほぼ毎日詰めている伊波さん・小橋川さん・赤嶺さん。

 10月に来たとき姿が見えなかった小橋川さんに再会して、「先月お会いできなかったのでお体の都合かなと心配しました。」と話したところ、家の事情で孫の面倒を見なければならなかったとの答えが返ってきたので安心した。

 彼はオバマ大統領に辺野古断念のはがきを送る運動を始めた方。辺野古では替え歌や踊りで、皆を元気づけている陽気な方だ。

 伊波さん。彼とは3年前普天間基地ゲート前抗議行動に参加した時知り合った。退職した元教員で、弁舌も立ち、キャンプシュワーブゲート前でも指導的人物である。早朝の座り込みに欠かさず参加されている。下が伊波さん。

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 赤嶺さん。彼は普天間爆音訴訟のメンバーで、小橋川さんと共にオバマ大統領にはがきを送る運動を提唱された。辺野古では、「沖縄を返せ」「ここに座り込め」の歌を皆で歌う時、マイクを握る。写真がないのが残念。

 国会議員では、糸数慶子さんが熱心である。沖縄に帰っているときは決まって辺野古の早朝行動に参加されている。

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 赤嶺せいけん衆議院議員と弁護士をしている娘さんもよく来てくれる。写真はないが、赤嶺議員も一緒に座り込み、機動隊に排除された。

 修学旅行生も辺野古を訪れる。

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 東京から来た4人。辺野古のキャンプシュワーブゲート前に来て、集会であいさつもしてくれた。辺野古のテントでも、山本英夫さんの説明に熱心に耳を傾けていた。

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 とある県の私立高校の生徒たち。バス4台で辺野古研修に来てくれた。午後4時過ぎ。、常時テントに詰めているスタッフが少なかったので、僕も高校生を早く座らせるお手伝いをした。説明しているのはスタッフの田中さん。

 辺野古の浜で説明を聞く高校生たち。

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 高校生たちが辺野古の海を眺め、この海が軍事基地建設のために埋め立てられる話を聞けば、自然と上のバナー「美しい沖縄の海を守ろう」という気持になってくれるだろう。

 宿「海と風」で、同じ静岡県から来ているSさんとの出会いもうれしい。僕と同世代。昨日Sさんから、彼が書いた戯曲の本が送られてきた!

2015年11月25日 (水)

沖縄辺野古ポート その7  集う人々

 辺野古には沖縄各地から・本土から・海外から、実に様々な人々が集まる。僕が泊まった宿も含めて、会った人、言葉を交わした人、集会でお話を聞いた人を紹介したい。

 11月9日。宿でカヌー隊をサポートしている船長のIさん。彼は9月からずっと「海と風」に宿泊し頑張っている。彼は海保から2回も暴力被害にあっている。

10日。アメリカ人でありながら、沖縄の立場から反基地活動を長く続けておられるラミスさん。

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 おなじみ山城博治さん。彼とは高江以来の運動における付き合いをしている。もっとも僕は子分格であるが。闘争現場のリーダーである山城さんがゲート前に戻ってきたことが、運動を元気にさせている。

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  上の写真は10月21日に撮影したもの。11月は厳しい闘いの現場だから、このような穏やかな写真を撮る機会はなかった。


 宿「海と風」にIさんが連れてきた日系アメリカ人の上里さん。ルーツは沖縄。カリフォルニア州でITの技術者として働いていたが、仕事に疑問を感じ退職。現在は栃木県にあるアジア学院でボランティアをしているとのこと。

 同じ宿に泊まってカヌー隊に参加している茨城県のCHIさん。彼は世界の海でダイビングをしている。スペイン語留学でメキシコに滞在したこともある国際派。僕と一緒に6時からゲート前に座り込み、その後カヌー隊に参加と、フルに活動。確か今年で6回か7回辺野古に来ている。その彼が海保の暴力にあったことはすでにレポートした。

 11日。この日は議員行動日で500名が集まった日。高江からもおなじみの人々がたくさん来ていた。早朝から座り込みに参加したのは、ほとんどが地元沖縄の人々。平日だから60歳以上の方が多い。

 12日からカヌーに本格的乗るようになって、疲れてメモを取っていない。印象に残った人々のみ、明日この続きを書きたい。

2015年11月24日 (火)

沖縄辺野古レポート 11月 その5 カヌー隊の今後の展望

 カヌー隊の今後の展望について、全く個人的考えを述べたい。その前にこれまで、そして今後も果たす役割について。

1)海上において、埋め立ての不当性を抗議する。ジュゴン・サンゴの海を壊すな!とのアピール活動。

 これは人々に訴える効果がある。心ある人々(世界中の人々を含む)のハートをつかむことができる。

2)作業をすこしでも送らせる。昨年8月からボーリング調査が始まったが、カヌー隊(及び抗議=支援船)の存在が、工事を送らせ、いまだ完了させていない事実を評価すべきである。

 何もやらなかったら、すでに完了しているはずである。

今後の展望

 ボーリング調査の後、防衛局は辺野古崎に仮桟橋を作る予定である。11月12日、その地点にカヌーのメンバー3人で行った。午後2時ごろになると潮が引き、辺野古崎の浜に上陸できるようになる。

 満潮の時は海だが、潮が引くと岩場が表れ、仮桟橋を作る地点まで歩いていけるようになる。もっとも岩場はつるつる。つべりやすく、極めて危険である。岩が丸くなくとがっているから、転ぶとケガする心配がある。

 おそるおそる、慎重に上陸してわかったこと。ここへは海保のゴムボートは近づけない。カヌーのほうが上陸しやすい!

 海保は岩場から離れたところで、海に降りて歩いて浜に来ざるを得ない。陸地(米軍基地)から来ることもできるが、我々が陸地でなく岩場に座り込めば、排除が容易でない。海から陸地から彼ら(機動隊を含む)が我々を排除することになるが、足場が極めて悪く、彼らにとっても我々にとっても極めて危険な状態だから、大勢が岩場に座り込めば、排除に時間がかかる。

 仮に仮桟橋が完成したとしても、同じ方法で海中に土砂・石を投棄する作業に対抗できる。

 カヌーには最大3人が乗れる。カヌーを漕げない人を乗せて、我々がピストン輸送すれば、相当な人数を運ぶことができる。

 ボーリング調査は現在大浦湾側で行われており、そこまでカヌーで行くには多少の熟練を要する。しかし辺野古崎は辺野古の浜から近く、そんなに熟練していなくても漕いで行くことができる。波も静かである。

 しかもこの地点周辺は、名護市役所文化財課の調査で縄文時代の遺跡や琉球王朝時代の道やいかり石が発見されている。

沖縄県の申請が文化庁に認められれば、遺跡を破壊する工事や埋め立てができない場所となる。

 それでも国・防衛局が工事を強行するなら(安倍政権は憲法無視、法律無視だからやりかねない)、我々がその不当性を現場で抗議し、広く人々に訴えることができる。

 カヌー隊がやれることはいっぱいある!

*日曜日午前9時半から12時まで毎週カヌー教室が開かれている。受講料無料。僕も15日に参加した。この日は指導者が4人。丁寧に教えてくれる。是非、志ある方は参加してほしい。

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2015年11月22日 (日)

沖縄・辺野古レポート 11月 その5 カヌー隊と海保の攻防

 現在の辺野古の海は、翁長知事の埋め立て承認取り消しによって、昨年8月以前の状態、つまり米軍提供水域は海岸から50メートルになっていなければならない。フロートを撤去し、ボーリング調査も中止しなければならない。

 にも関わらず、国・防衛局は工事を続行し、それに抗議するカヌー隊及び支援船に対する妨害・暴力・弾圧を続けている。

 海上保安官の本来業務は海の安全にあるが、辺野古においては米軍・防衛局の傭兵=警備員になり下がっている。彼らがやっていること・海保の実態を詳しく報告する。

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 海保は基地に提供した浜に仮設桟橋を作り、そこから出撃してくる。写真は昨年9月に撮影(以下同じ)。ゴムボートには全国から集められた屈強な若い保安官が5人乗っている。このゴムボートはエンジンが2機もついており、極めてスピードが出る。制作に1,000万円要したと言われている。常時、10数台辺野古に配備され、カヌー隊と支援船に弾圧を繰り返している。

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 海保のゴムボートとカヌーでは、写真で見れば分かるように力の差は歴然としている。支援船とは大きさが同じぐらいか、それより少し小さいが、相手は圧倒的に数と機動力に勝っている。

 こちらがボーリング調査をやめさせようとフロートを越えると、ゴムボートが襲いかかる。昨年その暴力はひどいものだった。今年に入って対応が少し柔らかくなったと言われていたが、僕が11月実際に目撃した実態は何ら変わっていなかった!

 同じ宿に宿泊している船長Iさんと、カヌー隊のCさんは、13日午後、全治1週間、2週間の暴行を受けた。

 カヌー隊のCさんの事例。Cさんは海保の職員により首を締められ、ゴムボートに拘束された。そのやり口は柔道の絞め技だった。海保がライフジャケットの片側をもち(ちょうど柔道着のように)、それでもってぐっとCさんの首を強く締めあげた。

 やられた直後よりも後になって影響が出てきた。拘束から解放されたあと、気分が悪くなってきたのですぐCさんは宿にもどった。

 僕が5時過ぎに戻ると、吐き気と頭痛がする、食欲が全くないと言う。病院に僕の車で行こうと強く促したが、大げさになるしとにかく休みたいと訴える。何も食べずに彼は同じ部屋で寝た。

 翌日様子を聞くと、相変わらず頭痛がし、体がふらつくという。今日はカヌーを休むが皆が心配しているので、朝のミーティングには出たいというので、一緒に辺野古テント2に行った。

 ミーティングで彼が昨日受けた暴行と症状を話したところ、ヘリ基地反対協共同代表の安次富浩さんが病院に行くことを強く進め、病院で診てもらったところ、首に絞められたあざがうっすらとあり、全治2週間と診断。安静にしていなさいと医者に告げられ、彼は翌日茨城県に戻った。

 実は昨日(21日)、電話でその後容態はどうでしょうかと尋ねたところ、少しずつよくなっているものの、まだ本来の健康状態に戻っていないとのこと。彼は73歳だが、ダイビングを愛し、世界の海に潜っている。体を鍛えるためにジョギングもやっている。しかし、今はとてもそんなことができる状態ではないとのこと。医者の言う通り、あと1週間は安静を保つ必要がありと話していた。茨城でも医者に通っているとのこと。

 船長のIさんは、フロート内に入っていないにもかかわらず、暴行を受けた。海保の職員が支援船に乗り込んできて、船をハイジャックしようとするので、船長としてそれに抵抗したところ、腕を強くつかまれ、指を痛めた。翌日医者に診断してもらったところ、全治1週間。実際彼の腕をみせてもらったが、あざが残っており、指が痛いと訴える。

 Cさんは気丈な人なので、僕が先週辺野古を離れた後も船に乗り、20日には船に乗り込んできた海保職員数人に抑え込まれて、過呼吸による意識不明状態となった。それでも海保はすぐ浜に彼を戻さなかった。30分後やっと浜に戻され、救急車で病院に運ばれた。幸いこの日は、医師でもある小池国会議員が船に乗っていたので、小池さんが救急車に同乗し、介保してくれたので、大事に至らずに済んだ。

 海保は18日、ゲート前に1000人以上が集まって工事車両を完全に止めた日にも、カヌー隊に暴力行為は働いている。カヌーを故意に転覆させ、乗っていた人を海に沈めて、海水を飲まさせている。首を締められた人もいる。

 海の上では目撃者が少ない(全くいないときもある)ので、海保はやりたい放題。海賊・暴力集団になり下がっている。

 彼らはフロートを越えたカヌー隊や支援船の乗組員を拘束するが、やがて開放する。逮捕者は一人も出ていない! 法的根拠がないからだ。 カヌー隊はこの点安心して、フロート越えを繰り返している。1日に2回も拘束される日もある。完全に工事を阻止するまで、 今後もこの攻防は繰り返される。

 次回はカヌー隊の今後の展望について書く。

2015年11月21日 (土)

沖縄辺野古レポート 11月 その4 カヌー隊の活動

 辺野古の海上で活躍するカヌー隊の活動の実態は、世間の人たちはほとんど知らないと思う。沖縄のマスコミも含めて、海保に拘束されたことや海上で抗議活動をしていることは、短く報道されるが、詳しくは報道されていない。本土のマスコミはなおさらである。そこで、実際にどのような活動をしているのか、今後その活動にどのような展望があるのか、僕なりのレポートをしたい。

 僕は昨年6月、初めて辺野古でカヌーに乗った。まだ正式なカヌー隊ができておらず、この時は辺野古のテントで行われる集会に、カヌーに乗って参加するいわばデモンストレーションだった。

 キャンプシュワーブのフェンスがある浜から突堤をまわり、ヘリ基地反対協のテントがある浜までカヌーを漕いだが、途中腰が痛くなり、休み休み何とかたどり着いた。

 昨年9月に行ったときには正式なカヌー隊ができており、5日間参加した。カヌー隊を支援する船にも載せてもらった。

 そして今回1年2か月ぶりの参加。カヌーは25艇に増え、カヌーを運ぶ軽トラも2台に増えていた。シャワー室も完備し、カヌーに乗れる人も増えていた。

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 カヌー隊のメンバーは朝7時半にカヌーを置いてあるテント2に集合する。そこでカヌーを支援する船の船長さんたちと合同のミーティングを開く。

 昨日の報告・今日の予定・ヘリ基地反対協の安次富さんの挨拶などがあり、その後、カヌー隊と支援の船長さんたちに分かれて個別のミーティング。

 新しく入ったメンバーがあればその自己紹介があり、その後今日のカヌー隊の予定がリーダーから告げられる。昼食の注文の確認、班編成と続く。

 班編成は集まった数にもよるが、大体4人から5人ぐらいが1チーム。経験豊富な人がチームリーダーとなる。

 さらに一つの班の中で、バディと呼ばれる組み合わせを作る。2人から3人の小単位。これは、海難事故への備え。常に一緒に行動し、離れないようにする。何かあれば助けられる体制を作るため。班全体もまとまって行動する。厳しく言われたのは、絶対に勝手な行動をしない!  事故防止と海保対応のためである。

 互いの名前の確認や万が一逮捕されたときの対応も重要である。呼んでほしい弁護士の名前と電話番号を覚える。

 写真にもあるがライフジャケットを身に着け、カヌーを軽トラに乗せ、浜に向かう。この時、水を忘れないようにする。水分補給が大切。その水が入ったペットボトルが海に落ちないように網の袋かビニールひもも用意。

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 カヌーを漕いで行く海域は、浜から遠い。ボーリング調査が行われるスパッド台船のすぐ近くまで漕いで行くのだが、距離は1キロぐらいあるだろうか。大浦湾側に回り込むときはもっとある。波も荒くなる。

 実は1年2か月ぶりの初日、僕は台船までもう少しのところで腰が痛くなり、船に乗るはめとなった。僕のせいで班のチームの速度が落ちたのだ。

 正直情けなかった! ウエットスーツを着込み張り切って海に出たのに。。。。。。。。。

しかし2日目からは目的地点まで行けるようになった。スパッド台船の近くには海上保安庁のゴムボートが待機しており、僕らが赤いフロートに近づくと、盛んにマイクで離れるよう警告してくる。

 われわれの目的は、埋め立てのためのボーリング調査をやめさせること。可能な限りスパッド台船に近づいて、作業員に中止を訴えることである。そのためにはフロートを越える必要がある。フロート越えと台船まで接近するのは、海保の妨害で大変である。

 海保との攻防や将来の展望は次回レポートしたい。

 

2015年11月19日 (木)

沖縄辺野古レポート 11月 その3 人の力

 人の力は偉大である。一人一人の力は弱いが、たくさん集まると大きな力となる。11月11日、ゲート前で、多数の人間の力がその威力を発揮した。

 水曜日は議員行動日。県議会議員や市町村議員が忙しい中をやりくりして、ゲート前に駆けつける。平和運動センター、平和市民連絡会、統一連、各地の島ぐるみ会議など、ゲート前行動の主だった団体が、翁長知事の埋め立て承認取り消しに力を得て、11日は大勢の人間が集まろうと呼びかけたところ、早朝にも関わらず約500名が集まった。

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 これだけ集まると、機動隊よりも数が多い。そこで、我々は2手に分かれて作業車を阻止する戦術をとった。

 約100名が100メーター以上離れた道路で、作業車をストップさせ、残りがゲート前を固める。機動隊は人員を割かねばならず、排除に時間がかかる。

 この作戦は功を奏した! 僕はゲート前に座り込んだが、7時ごろ排除が始まった時には排除されなかった。

 左前方からごぼう抜きが始まった。我々側はカメラとビデオ班を作り、権力の暴力がないか、証拠をとる。マスコミやフリーのカメラマンも多数来ている。機動隊も手荒な真似ができない。

 平常だと持っていかれた人はオリに入れられ再び座り込むことができないが、この日はオリを作るスペースに装甲車を駐車できず、道路上でごぼう抜きした人間を解放。解放された人が再度座り込むので、われわれの人員は減らず、7時半ごろついに機動隊を押し返すことができた。

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 最終的には1時間半後に排除され、作業車のゲート入りを許したが、人が多数集まれば阻止できるという展望が開けたのは意義深い。

 運動のリーダーである山城博治さんが、来週の水曜日には1000名結集して、完全にゲート前を封鎖しようと呼びかけた。

 実は昨日18日、それが実現した。沖縄の新聞やフェイスブックからの情報によると、1000名以上が集まり、機動隊も出てこれない、作業車も入れない状況が終日続いた。完全勝利!

 国が翁長知事を訴えた裁判の結果がどうなるか分からないが、裁判の結果にかかわらず工事を止められる展望が開けた。毎日、1000人の人間が早朝から辺野古に集まるのは簡単ではないが、沖縄を差別する安倍政権への怒りは強い。本土のマスコミからは沖縄の熱気が伝わってこないが、現地に立てば、人々の「絶対に新基地は作らせない!」強い意志が良く分かる。

2015年11月18日 (水)

沖縄辺野古レポート 11月 その2  機動隊の弾圧

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 間違って同じ写真をアップしてしまったが、赤い服の女性は糸数慶子参議院議員。

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 11月16日、早朝にも関わらず糸数さんは座り込みに参加。時間は6時半過ぎ。彼女は可能な限り、ゲート前行動に参加してくれている!

 機動隊は国会議員であっても実力で排除する。14日は、赤嶺せいけん衆議院議員も排除された。

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 下から2枚目の黒い帽子の女性は島袋文子さん。地元辺野古で一貫して基地建設に反対されている。83歳。しかし機動隊は彼女に対しても実力で排除。

 沖縄県警だけでなく、警視庁機動隊も約100名、基地建設強行に手を貸している。彼らは時に暴力を振るう。

 僕はカヌー隊に志願したが、通常カヌー隊の集合は7時半なので、早朝6時からのゲート前行動には毎日参加した。11日には二人の人が救急車で運ばれたのを目撃している。

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 機動隊は3人ないし4人がかりで僕らを強制排除したら、装甲車で囲ったオリに僕らを閉じ込め、外に出してくれない。そうして再び座り込むのを阻止する。法律的には違法である。市民の令状なき身体拘束は許されないはずである。

 ゲート前行動の参加者は通常50名から80名ぐらい。残念ながら10分から15分ぐらいで排除され、作業員と作業車のゲート入りを許すことになるが、座り込みの数が多いと事情が異なる。次回は約500名が参加して、1時間半ゲートを封鎖した水曜日の行動をレポートしたい。

2015年11月17日 (火)

沖縄・辺野古カヌー隊に志願して その1 11月レポート

 11月9日から16日まで、沖縄・辺野古に行ってきた。宿泊したのは、辺野古から車で10数分足らずの瀬高にある「民宿・海と風」

 今回は1年2か月ぶりにカヌー隊に志願した。キャンプシュワーブゲート前での座り込みも含め、色々な体験をした。

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 ウエットスーツを着用するのは初めて。着るのが大変。いやそれ以上に脱ぐのが一苦労!体にぴったりでないと水が入ってくるから、ごそごそではダメ。ピッタリなのはよいのだが、脱ぐときは3分ぐらいかかる。

 しかしこのウエットスーツのおかげで、海水に入ってもそんなに寒くなく、威力を発揮した。一応格好だけは一人前。

 もっともカヌーに乗った初日10日は、腰が痛くなり、1時間ぐらいでカヌーから船に乗るはめに。

 恰好をつけたが、実力は初心者。船長やカヌーの先輩から「ここは闘いの現場だ。無謀だ。」と怒られた。

 カヌーに乗るときはカメラを持ち込めない(防水機能がないので)。海上の様子を写真で報告できないのは残念だ。

 ボーリング調査をするスパッド台船は大浦湾に来ていたが、この日は準備作業のみで実際の海底掘削作業は行われていなかった。

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 上の写真は瀬高から撮影。煙突のようなものがスパッド台船。だいだい色の海上に浮かんでいるのが、僕たちの侵入を阻むフロート。防衛局が米軍に提供水域を勝手に拡大し(彼らは臨時制限区域と称している)、大浦湾のかなりの部分をフロートで囲い込んでいる。

 カヌー隊や船はスパッド台船のかなり近くまで行けるのだが、海上保安庁が僕たちが入るのを阻止する。

 *これから県庁に署名を届けなければならないので、この続きは明日。

2015年11月 9日 (月)

辺野古新基地建設を阻止するために

 今日から沖縄に旅立つ。辺野古新基地建設を阻止するために。ANAのシニア割引を利用すると、片道12300円。問題は空席がなければ乗れない。

 実は1週間前にANA静岡支店に電話して9日の便について問い合わせをしたところ、修学旅行の団体客があり、1席しかあいていないとのこと。9時になったら、再度問い合わせをするが、満席なら羽田に行くほかない。ここがシニア割引利用の辛い点。一種のかけだ。

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 今回はカヌー隊に志願するので、ウエットスーツを持っていく。写真上。実はこれは中古。先月末、静岡市のマリーンスポーツ店に行ったところ、ウエットスーツは体にぴったりしていないとダメと言われた。

 その店はサーフィン専門店だが、オーダーメイドでウエットスーツを販売している。値段を聞いたら7万円位。おまけに作るのに時間がかかり、9日には間にあわない。

 困っていたらオーナーが自分の古でよかったら譲ってあげようと言ってくれた。試着してみると、ピッタリ。

 恐る恐るいくらで譲ってもらえるか聞いたところ、1万円でよいと言ってくれた! オーナーはサーフィンをやるようなので、ものはよさそう。ありがたい!

 人の善意に感謝して、これから沖縄に行く。さきほど電話したら、静岡便は満席。仕方がないので羽田から乗るほかない。

 そんなわけで、ブログは16日までお休みさせてもらいます。

2015年11月 8日 (日)

男の料理教室

 退職してから地域の人々との交流・付き合いを深めるために、町内の「男の料理教室」に加わった。月1回、公民館の調理室で色々な料理を作っているが、年1回開かれる地域の公民館祭りに、カレーや卵焼き・そばを作って原価で販売する活動も行っている。

 昨日(7日)は、そのための準備に汗を流した。

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 カレーは大なべ4つに作り、一晩寝かせて、今日(8日)温ためて一杯100円で販売する。

 メンバー13人で分担して作るのだが、この日は卵焼き用の調味料(砂糖・塩・市販の調味料を混ぜ合わせたもの)180袋を作るチーム、カレーを作るチーム、15日に奥さん方を招いての食事会用のケーキを作るチームに分かれて、朝8時半から作業を始めた。

 11時ぐらいから卵焼きの練習と、そば打ちと実際にそばを作り、試食した。別の女性グループも来ていたので、調律室は大賑わい。試食した結果、味は上々。

 今日(8日)はこれから7時に集合。ご飯を炊き、卵焼き180個を作り、そば打ちをやる。

2015年11月 7日 (土)

秋の収穫  道楽山がちょっぴり我が家に貢献

 掛川市に所有している道楽山が、我が家に秋の味覚をもたらしてくれた。

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 昨日6日に、山仕事を兼ね、道楽山へ弁当を持って出かけた。今年はみかんとゆずがたくさん実をつけ、少し早いが一部を収穫した。

 左がみかん。実際にはもっとたくさん収穫したが、これは写真撮影のため容器に入れた一部。右がゆず。昨年までゆずは全く収穫できなかったが、植えて6年目にして初めて実をつけてくれた。

 1週間前、山仕事に行ったついでに撮影したみかんとゆずの木の状態。

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 みかんは夏に摘果する必要があるが、それを怠ったので小ぶり。しかし昨夜妻と一緒に食べてみたら、案外おいしい! しばらく置いておいたほうが甘さが増すので、これから楽しみだ。

 ゆずは鍋料理に欠かせない。今日は白菜鍋だから、試しに使ってみたい。

 秋の収穫は息子・娘に送る喜びももたらしてくれる。甘味が増したら送ってあげる予定だ。

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 道楽山のもみじといちょうがちょっぴり紅葉。11月末から12月初めが見ごろになると思われる。

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 山は楽しみを与えてくれるが、管理が大変。昨日は斜面の下草刈りをした。機械ではできないので、鎌での手作業。斜面の勾配が結構きついところもあるので、足を踏ん張るだけでも一苦労!

 退職して2年目に、たぶ・かし・しいの木を植林したが、少し大きくなってきた。まだ植える場所があるので、12月にさらに植林したいと思っている。

2015年11月 2日 (月)

浜岡原発の再稼働を絶対に許さないためのアクション報告

 10月30日、川勝静岡県知事あてに、2つの要望及び質問書をUPZ市民団体交流会として提出した。

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 場所は知事公室。対応してくれたのは、秘書課総務班長・高松氏。文書は下記のとおり。

 

                                2015年10月30日

 

静岡県知事 川勝平太様 

 

 UPZ市民団体交流会

 

 浜岡原発再稼働の是非に関する「地元同意」についての要望及び質問書

 

 

 

 私たちは浜岡原発から31キロ圏内で活動する市民団体で構成する「UPZ市民団体交流会」です。福島第一原発震災の教訓を踏まえ、UPZ圏内ほとんどの自治体に脱原発市民団体が誕生し、浜岡原発の再稼働を許さぬようまとまって活動していこうと、3年前に結成しました。各地域持ち回りの交流会をすでに13回開いています。これまで5市2町と中電との安全協定締結や原発災害広域避難計画に関わる要望及び質問書を県当局に提出しています。

 

 今回は「地元同意」に関する要望及び質問書を提出する次第です。

 

 UPZ圏内4市に加えて、5市2町当局も中電との安全協定締結に向けて話し合いを進めていますが、行政も私たち住民も最大の関心事は、再稼働に際し「地元同意(事前了解)」の地元とはどこまで入るのかです。

 

 九州電力川内原発においては、地元は薩摩川内市のみとされ、残念ながら鹿児島県と薩摩川内市の同意で再稼働されてしまいました。報道では、UPZ圏内自治体の避難計画は実効性に欠けること、老人ホーム入居者や入院患者・災害弱者の受け入れ先が決まっていないこと、火山災害の影響が考慮されていないことなど、憲法で保障された基本的人権・財産権を無視した見切り発車の再稼働であると批判が高まっています。

 

 静岡県では掛川・島田両市長が、「実効性ある避難計画が策定できなければ、再稼働は認められない」と議会で言明されています。

 

 知事は昨年11月及び今年6月の定例記者会見で、浜岡原発再稼働にはUPZ圏内11市町の同意が必要になるとの考えを示されています。この点、鹿児島県とは大いに異なると私たち市民団体は知事の姿勢を評価していますが、県議会では同様な発言をされてはいません。

 

 そこで、万が一浜岡原発苛酷事故が起きた場合広域避難を強いられる当事者である私たちは、下記の点について要望と質問をします。なお関連する資料(1,2)を添付します。

 

 

 

1.  知事は浜岡原発の再稼働にはUPZ圏内4市に加えて5市2町の同意が必要になるとの認識を記者会見で表明されていますが、この点に関し、改めて公的な場(県議会や県民だよりなど)で明確に知事のお考えを示してください。

 

 

 

2.  地元(UPZ圏内11市町)の同意だけでなく、県内他地域の自治体の意向や県民の意見も大切だと考えますが、この点知事はどのようにお考えでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

以上の要望並びに質問に対し、直接私たち市民団体の代表との懇談の場を設定され、お答えください。

 

公務などで直接会ってのお答えが困難な場合は、文書でお答えください。

 

 

 

 

 

UPZ市民団体交流会参加団体

 

 

 

さよなら浜岡原発・焼津市民の会

 

なくそう浜岡原発・命とふるさとを守る藤枝市民の会

 

浜岡原発はいらない島田の会

 

安心して暮らせる島田をつくる市民の会

 

浜岡原発なくそう・吉田町民の会

 

浜岡原発を考える牧之原市民の会

 

浜岡原発はいらない・命を守る菊川市民の会

 

浜岡原発の危険から住民を守る会(御前崎市)

 

浜岡原発を考える会(御前崎市)

 

原発いらない掛川の主婦たち

 

金曜アクションIN掛川

 

掛川署名実行委員会

 

浜岡原発を考える袋井の会

 

浜岡原発はいらない磐田の会

 

明るい未来を!磐田

 

 

 

要望及び質問書に関する連絡先  437-0035 袋井市砂本町2-10  

 

                         竹野 昇 

 

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 知事宛てだが、原発災害避難計画に関わる要望及び質問書は、危機管理部原子力安全対策課に提出。 ここでは多くの人に文書を読んでもらい、さらに説明をしてもらった。4時から初めて終わったのは4時45分。

 

         2015年10月30日  

 

静岡県知事 川勝平太様 

 

 UPZ市民団体交流会

 

 

 

 

 

浜岡原発災害広域避難計画に関わる要望及び質問書(その3) 

 

 

 

 私たちが本年2月18日に提出した要望及び質問書に対し、3月27日に文書回答と質疑の時間をいただき、ありがとうございました。この回答並びに本年7月21日に公表された「浜岡地域原子力災害広域避難計画の策定状況」を検討した結果、再度の要望及び質問書を提出します。なお、これに関連する3つの資料を添付します。

 

 12月25日までに、文書回答及び口頭補足説明も含む懇談の場を設定されるようお願いします。

 

 

 

1.  実効性ある避難計画(避難を強いられる住民や病院・福祉施設などが納得できるもの)が策定できなければ、再稼働は認められないと私たちは考えますが(島田・掛川市長は議会で、同様な見解を述べています)、知事はどのようにお考えでしょうか。

 

 

 

2.  広域避難シミュレーションを新しい状況に基づいて実施することを要望します

 

「浜岡地域原子力災害広域避難計画の策定状況」によると、原子力単独災害時の避難先は、牧之原市・吉田町・島田市・藤枝市・焼津市の5市町は川根本町、静岡市及びそれ以東の地域に避難することになっています。

 

 また御前崎市・菊川市・掛川市・袋井市・磐田市の5市は、浜松市・湖西市及びそれ以西の地域に避難することになっています。

 

 昨年4月に公表されたシミュレーションは、避難方向に関係なく31キロ圏外に自家用車で避難する場合の所要時間でした。新たに避難先の方向が明示されたのですから、新たな状況を踏まえたシミュレーションの実施を要望します。私たちは複合災害時のシミュレーションが大切だと考えています。

 

 今後、複合災害時の各市町住民の避難先が確定した段階では、静岡県が実施した第4次大規模地震災害被害想定に用いた各メッシュごとの災害危険度情報等を踏まえ、道路の損壊、橋梁の滑落や損壊、崖崩れや建物倒壊・火災・津波浸水・津波による道路陥没・地盤の液状化等による車両通行阻害等を考慮した、より現実的なシミュレーションを実施し、その結果を公表してください。

 

 

 

3.  日本気象学会は、モニタリング実測値とスピーディによる放射能拡散予測を組み合わせ、住民の被ばくを最小限に抑える避難指示が出せるようにすべきだと提言しています。県もスピーディの活用をすべきとの立場ですが、具体的に国とこの件での話し合い状況を説明してください。私たちも被ばくすることなく事前避難するには、スピーディの活用が不可欠だと考えています。

 

 またこの件では他県と共同で国に働きかけることが効果的だと思われます。この点、いかがお考えでしょうか。

 

 

 

4.  UPZの避難基準、毎時500マイクロシーベルトは高濃度被ばくを前提にしています。被ばくしない段階での避難計画策定を要望します

 

 

 

 福島第一原発震災のような重大事故が発生したら、整然とした段階的避難が可能でしょうか? 被ばくを恐れる若い世代の家庭は毎時500マイクロシーベルトまでじっと屋内待機するとは想定できません。

 

 赤ちゃん・妊婦・幼児・高校生以下の子どもがいる家庭は被ばくせずに優先的避難できる計画にしてください。

 

 そのあと、一般住民も被ばくせずに避難できるよう、国の定める原子力災害対策指針に規定されている運用上の介入レベル(OIL)を下げるよう、国に働きかけてください。

 

 

 

5.  子どもたちに安定ヨウ素剤を緊急に服用させる必要がある場合に対応できるよう、保育園・幼稚園・学校に安定ヨウ素剤を備蓄し、養護教諭などの職員が服用指導できる研修体制の整備を要望します

 

 

 

6.  愛犬・愛猫など、ペットは家族同然です。ペットや豚・牛などの家畜の避難はどのように考えておられますか。

 

 

 

7.  主な避難経路が7月21日に示されました。スクリーニングポイントの数、場所、施設名の確定時期はいつ頃ですか。現在候補に挙がっている場所・施設名があれば教えてください。各スクリーニングポイントを通過する予想車両台数・人数と、放射能測定及び除染に要する総時間予測を示してください。

 

 

 

8.  福島がそうであるように原発震災では、一時的な避難ではなく長期避難(移住)となります。長期避難に関する避難先との調整は県が行うのでしょうか。それとも避難自治体が行うのでしょうか。県は長期避難、戻れないこともありうると想定していますか。

 

 

 

9.  避難は原則自家用車となっていますが、渋滞や遠距離への避難も予想され、燃料不足で避難できなくなる、またガス欠車両が道をふさぐことも考えられ、燃料の確保が重要です。燃料の確保や供給体制について、県はどのようにお考えでしょうか。

 

 

 

10. 原発事故の複合災害では、家族が学校まで子どもを迎えに行くことができなくなることも予想されます。その際の対策(子どもをどこで家族に引き渡すのか、輸送手段など)を考慮されていますか。

 

    私たちは子ども達が被ばくせず安全かつ混乱なく迅速に避難するには、行政が用意したバス等であらかじめ決められた避難先に避難する、そして保護者に引き渡す(アメリカではそのように決められている)方法を要望します。

 

 

 

11. 県の原子力災害広域避難計画の策定状況をホームページや広報などで見ることができるようにしてください。

 

 

 提出に先立って、午後2時から県政記者室で記者会見を行った。

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 出席してくれたマスコミは、中日・東京新聞、静岡新聞、毎日新聞、読売新聞、静岡第一テレビの5社。 翌日報道してくれたのは、中日、静岡、毎日。第一テレビは知事公室にも取材に来てくれ、インタビューも受けたが、報道されたかどうかは確認していない。

 今回のアクションはUPZ市民団体交流会から16名が参加。年内の回答を求めているので、回答の内容は12月末に報告できると思う。

沖縄・高江・辺野古2015年10月レポート その4(最終回)

 工事再開が始まっている状況で、レポートするのは気が引けるが、今後につながる沖縄の状況を多くの人に理解してもらいたい思いで、最終回の報告にします。

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 3枚の写真は、キャンプシュワーブゲート前のテント村に掲示されています。大城さんが、1971年・72年に撮影したものですが、国頭村の闘いもキセンバルの闘いも住民の粘り強い、そして体を張った強い闘いにより、米軍は砲撃訓練中止に追い込まれています。

 テント内で行われる集会に僕は昨年から何回も参加していますが、沖縄の人々から出る言葉は、こうした闘いの歴史を踏まえたものです。

 あきらめない・粘り強く闘う・地域ぐるみ住民ぐるみで闘う・体を張って現地で阻止行動を毅然とやる・権力の弾圧を招かないようあくまで非暴力不服従抵抗闘争に徹する。

 沖縄戦から70年が経っても、沖縄が置かれている状況は基本的には変わっていない。本土政府は、沖縄を差別し、選挙で繰り返し示された民意を全く無視している。軍事植民地扱いをしている。

 これを跳ね返すには島ぐるみの闘いでなければならない。沖縄のことは沖縄が決める。沖縄の誇りにかけて頑張ろう!

 僕は繰り返し出てくるこれらの言葉に共鳴しています。阿波根さんが伊江島から提唱した「島ぐるみ闘争」が本格化すると確信しています。

 また投書でも書いたように、辺野古新基地建設阻止の闘いは、民主主義を守る日本全体の闘いです。

 たくさん写真を撮ってきたので、これまで掲載しなかったものをアップして、レポート最終回とします。

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