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2016年4月20日 (水)

辺野古座り込みレポート 2月下旬~3月上旬 11回(最終回)

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 3月8日、この日は沖縄を離れる日。朝6時半にキャンプシュワーブゲート前に行った。この日は70名ぐらい集まっていた。
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 和解を受け工事が中止なので、作業用車両の動きがないので、弾薬庫があるゲート前に座り込んだ。米軍が世界中で戦争をするための弾薬を沖縄から出させないために。
 弾薬庫前での座り込みには米軍が神経を尖らしている。 日本の警察に直ぐ連絡し、米軍車両出入りが確保できるよう、警備要請をする。警視庁・沖縄県警も、我々が通路を塞いで座り込むと排除にかかる。
 こちらも無理はせず、完全に車の出入りをストップ させる戦術は現段階ではとっていない。あくまでも何かあれば、弾薬輸送を止めるぞ、とのこちらの意思を表すために行っている。
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  上の写真は、弾薬庫ゲート近く の山の斜面。人が入れるよう草や灌木が刈り取られている部分の上部は、やがて埋め立て工事に備えて防衛局がこの山からベルトコンベアで弾薬庫側の基地(キャンプシュワーブ)へ土を運び入れる 起点になる。
 今は和解で工事が止まっているが、やがて決裂したら、このあたりが工事阻止の重要地点になる。国道をまたぐベルトコンベアを作らせない闘いの現場となる。安倍政権は、参議院選が終われば、和解をかなぐり捨て、裁判で勝てば、直ぐここでベルトコンベア設置のための工事を始めるだろう。
 上の写真の人は僕らの仲間だが、すでに工事に向けて作業員が測量などで入っているから、このように通路?ができている。
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 弾薬庫ゲートから正門ゲートに戻り、米軍・アメリカ政府と日本政府・防衛局への抗議のための座り込みを行った。
 僕は飛行機の関係で10時にここを離れなければならない。山城博治さんにその旨伝えると、すごく寂しそうな顔をする。 僕は「これから帰ります」と山城博治さんに伝える時、本当に申し訳ない思いがする。一人でも現場に多く座り込んでほしいと願っている彼の期待に応えられないのが心苦しい。
 現地で長期間滞在して頑張っている本土の人間を除き、僕たち本土の人間(沖縄からみればヤマトンチュウ)は、ほんの短期間(短時間)しか一緒に座り込み活動に参加できない。そのことが沖縄の人々に本当に申し訳ない思いがする。
 現在僕は浜岡原発の再稼働を阻止する活動と、5月3日憲法記念日袋井市民のつどい・半田滋さん講演会の準備に専念している。
 3日の集会が終わっても、再稼働を認めないで署名集めに専念するため、当分沖縄に行くことができない。申し訳ないが、工事が止まっている間は、静岡での活動に集中するつもりである。
 長々書いてきたが今回で最終回としたい。今回も色々な人との出会いがあった。印象に残る人たちとの出会いについても書きたいが、長くなるしプライバシーもあるので、省略させてもらいます。

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