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2016年4月11日 (月)

辺野古座り込みレポート 2月下旬~3月上旬 その7 権力の弾圧

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 3月4日は沖縄三線の日。ゲート前には早朝から(6時半撮影。まだ暗い。)、沖縄各地の三線奏者が集まってきた。
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 三線に合わせて、琉球舞踊の踊り子も登場! この踊り は祝いの時などに披露されるそうだ。
 6時45分に演奏が始まり、6時50分に踊りがスタート。ところが7時になったら、突如、機動隊が200名ぐらい出てきた。
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  青いジャケットを着ているのは、この企画責任者の伊波さん。機動隊が出てきても、踊り・演奏を続けた。
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 しかし、機動隊は座り込んでいる僕たちだけでなく、演奏者や踊っている人たちまでに襲いかかり、排除(ごぼう抜き)を始めた!
 上の写真で赤い衣装の女性は、踊りの師匠さん。沖縄では有名な方だそうだ。小柄な彼女までも機動隊が無理やり踊りをやめさせ排除する光景に僕の胸は締め付けられ、なんとも言えない悲しみに襲われた。
 『 沖縄では米軍支配が終わっても本土政府がこのようなむき出しの弾圧を続けている。全く非暴力で三線を演奏している人々や伝統の踊りを踊っている女性たちさえ、このような権力による弾圧を受けている。沖縄の文化さえ、大和政府は無視し、新基地建設を強行し用としている。
 
 沖縄の人々はこの弾圧に、どんなに悔しく悲しい思いでいるだろうか。米軍支配の時は、おそらくもっと厳しい弾圧があっただろう。しかしそれに耐え、米軍基地拡張反対闘争を島ぐるみで闘ってきた歴史を持っている。
 本土に復帰して直接の米軍支配から脱したが、大和の政府は沖縄の人々を無視して、強権による支配を貫こうとしている。今、僕が目にしている光景はまさにそうだ!』
 僕自身も機動隊にごぼう抜きにされ、「オリ」の中に入れられ一時的に自由を奪われたが、機動隊に抱えられ同じ「オリ」に入れられ ようとしている踊りの先生を見ながら、上記のような思いを抱いたことを、今でもありありと覚えている。
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 この後、機動隊に守られ、工事用トラックやダンプカーがゲートの中に入ってきた。
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 工事用車両が入った後の抗議集会で発言する金城実さん。
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 色々な方の発言が続いた。
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 この日12時から、読谷村で三線の日のラジオ中継があるので、それに合わせて再度昼前から37名の演奏者と10数名の踊り子が集まり、演奏と踊りが始まった。
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 僕はこれを見ながら、『 沖縄の不屈  』を感じた。どんなに弾圧されても負けない。しなやかに粘り強く闘う。 表面上は、山城さんのように強い闘志を見せないが、心の底に秘めた『不屈の精神 』を見た。
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 演奏と踊りが終わった12時45分ごろ、照屋かんとく衆議院議員が挨拶の中で、国が和解に応じ、工事を中止するとの、驚くべき報告があった。
 このことは以前早い時期にこのブログで書いている。午前の弾圧があっただけに、参加者一同、とにかく一時的であれ工事がストップするニュースに、歓喜した。
 僕はあれからひと月以上も経ってからこの時の様子をブログに書いているが、こうして静岡で浜岡原発再稼働を阻止するための活動に専念しながらブログが書けるのも、工事がストップしているおかげである。(もちろん、現地では毎日座り込みの闘いが続いているが。)

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