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« オバマ大統領の広島訪問を契機に、核兵器を本当になくすにはどうした良いのかを考える | トップページ | 子どもの事故・死亡は、他人ごとでなくなった! »

2016年5月15日 (日)

核兵器の問題 続き

 フェイスブックで、今まで一度も聞いたことがない歴史を知った。
【 1944年9月18日、アメリカ大統領ルーズベルトとイギリス首相チャーチルが、「原爆は日本人にだけ使用する」との密約「ハイドパーク覚書」を交わしていた。 】
 今、時間的余裕がないので、それが歴史の真実かどうか検証するゆとりがない。フェイスブックにその内容を投稿した人は信頼できる人なので、恐らくウソではないだろう。
 これまでも原爆投下は白人でなく、黄色い肌の日本人に対して行われたのは、人種差別であるとの見解が幅広く取りざたされてきた。
 敵性国民として、日本人だけが強制収容所に入れられ、ドイツ人・イタリア人に対してそのような措置が取られなかったのは、人種差別であると、今ではアメリカでも認める様になっている。
 そして当時の政策が誤っていたと、アメリカ政府は公式に日系人に謝罪している。もし、原爆投下においても、人種的偏見・差別からなされた事実が、アメリカ本国のみならず世界中に知られることになれば、アメリカ政府は大変なことになる。
 従来の「原爆投下がアメリカ兵の命を救った。戦争終結を早め、そのことが結果として日本人のこれ以上の死者を出さずに済んだ」との歴史認識が、土台から崩れる。
 時間が取れれば、図書館で「ハイドパーク覚書」を調べてみたい。

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コメント

>敵性国民として、日本人だけが強制収容所に入れられ、ドイツ人・イタリア人に対してそのような措置が取られなかった

それは全くの間違いです。
当時の欧米にアジア人に対する差別があったのは事実ですが、適性国民として収容されたのはイタリア人もドイツ人も同じで、日系人と同じ規模の各国それぞれ1万人近くが強制的に収容されました。

日系人の強制収容が始まったのは1941年の大統領命令からですが、その命令は日系人だけでなく枢軸国からの移民全てに適用されました。
特にナチスはアメリカの地域社会に根差していたので、収容所の数は日系人より多いです。

1943年にはイタリアが降伏し、1944年にはノルマンディー上陸作戦でドイツ人のアメリカ本国への脅威もなくなったので釈放されているのに対し、日本軍は1945年の降伏直前まで潜水艦でアメリカ西海岸に被害を与えるなど脅威があったので、日系人の収容が一番長かっただけです。

ハイドパーク秘密協定は1944年の出来事です。すでにノルマンディーにアメリカ軍が上陸し東部戦線ではソ連がドイツに侵攻し陥落も時間の問題であるこの時期に、ドイツへの原爆投下が議題に上ることはありえません。
ノルマンディー上陸作戦は1941年には立案が始まり、兵士の訓練を開始しています。
時期的にも矛盾しています。

1944年は日本本土の絶対防衛戦死守のため日本軍が最後の抵抗を行った時期で、アメリカ軍もマリアナ沖海戦やレイテ沖海戦でかなりの犠牲を強いられた時期です。
原爆投下の日本への言及は、あくまで戦略的目標が日本しかいなかっただけです。

ぜひ図書館で正しい歴史を勉強され、嘘の記事を2度と書かれないよう希望します。

コメント、ありがとうございます。しっかり勉強したいと思います。

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