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2016年6月29日 (水)

福島原発事故で自主避難された長谷川克己さんのお話を聞く会(茶話会)レポート

 6月26日午後1時半から、「浜岡原発を考える袋井の会」主催の茶話会を開いた。この茶話会は講演会と違い、会員相互の親睦ややや気楽な雰囲気で原発のことを学び考え語り合えるよう4年前から実施している。
 4回目の今年は、富士宮市に自主避難されておられる長谷川克己さんをお招きして、お話を聞いた。
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 長谷川さんは生まれは御殿場だが、仕事の関係で平成15年から郡山市へ。福祉施設の仕事をされていて、職場で現在の奥さんとなる方と知り合い、結婚。長男が順調に成長し、さらに奥さんが妊娠。奥さんの実家がすぐ近くにあり、このまま郡山市に永住するつもりでいたが、平成22年3・11東日本大震災にあう。
 震災時のお話をかなり詳しく話されたが、このレポートでは原発関連のみに絞ることにする。
 3月12日以降、福島第一原子力発電所が次々に爆発。彼は郡山・いわき・福島市にある3つの施設の管理に責任を負う立場(取締役)なので、3月15日雨が降る中、いわき市の施設入居者を福島市に移送する作業に従事。
 1か月後スピーディの放射能拡散データをマスコミ報道で知る。15日は放射能プルームが福島市方面に流れていたことを知り、自分もその時被曝したと自覚。
 住んでいる郡山市もかなり線量が高い。当時5歳の長男、お腹の中の赤ちゃんのことを考え、奥さんと相談して福島県を離れることを決意。
 奥さんのお父さんは娘や孫が郡山を離れることに強く反対。かなり葛藤があったようだ。しかし、日本政府や福島県の対応(安全キャンペーン。放射能汚染隠し)に不信感を持ち、「この子は自分たちで守る」と覚悟を決め、事故が起きたその年の8月に福島を離れ静岡県に。
 4月23日静岡市で全国避難者の会のリレートークで話された内容を手直ししたスーピーチ朗読や、富士宮での生活の様子や東京で政府と交渉、集会での発言などを記録したDVDの映像上映もあったが、その内容はスピードに追い付けずメモを取れなかったので、ここではカット。
 その後質疑のやり取りが午後4時ごろまであったが、記憶に残っている内容を箇条書きにする。
・子どもを福島に帰したことはない。新幹線で青森に家族で行ったとき、生まれ育った郡山を車窓から眺める長男に、申し訳ない気持ちになった。
・妻のお母さんがガンに、父が認知症になり、現在は皆静岡県で暮らしている。
・チェルノブイリ原発事故での住民避難と福島原発事故での住民避難とでは、大きな差がある。日本は住民の被曝を軽視している。
・除染した汚染土を8000ベクレル以下なら安全と、公共事業で使おうとしている。
・福島県民で県外に避難する人とそうでない人の違いの差は、「覚悟と放射能の知識の差」。
・ある弁護士の発言---[ 今の福島は戒厳令下にある。〕
・福島市のお母さんの34%は、今でもできるなら避難したいと考えている。
・静岡県に避難してきて、「何故避難してきたの?」と理解してくれないのがつらい。
・昨年3月11日に子どもが学校でパニックを起こし、暴れる出来事があった。学校から電話があり、引き取りに行った。
 その原因は今日は3・11東日本大震災が起きた日であることを、他の子ども達や先生も誰一人覚えていなかったことや、「原発がないと日本はやっていけない。お前はおかしなことをいうな」と、無理解なことを言われたことが、原因であった。
・福島県民は被曝者。背負ってしまったものから目をそらしてはいけない。
・(質疑応答でなく、8分のスピーチで述べられた内容) 政府も福島県当局も、原発事故をなかったことにしようとしている。さらには自分たち大人・父・母も、事故がなかったと思いたがっている。                                                ( 竹野補足説明ーーーー福島県に住み続ける、生き続けるには、放射能被曝のことを考えると心配やつらさで、やりきれない。子どもを被ばくさせた、被ばくさせていると考えると、罪悪感に襲われる。安全だと自分に言い聞かせることで、心の平安・均衡を保とうとしている。)
 以下は僕の考え。
*政府は年間20ミリシーベルトなら安全と、帰還政策を進めている。避難解除指示がどんどん出され、住民をもとの居住地に戻そうとしている。その先にあるのは、補償の打ち切り。
 自主避難者への住宅補償は来年3月で打ち切られようとしている。本来安全かどうかの最低基準は年1ミリシーベルト(日本政府もその立場だった)だ。
 小出裕章さんは、郡山市や福島市は放射線管理区域(特別な資格がある人以外は立ち入り禁止。一般の人はレントゲン検査の時のみ中に入る。)と同じ線量のところがある。子ども達の健康を考えると、避難したほうが良い、と述べられている。
 避難するかどうか、それぞれの家庭事情もあり難しい問題だが、少なくとも避難する権利があり、自主避難した家族に対し政府・東京電力はきちんとした補償をすべきだと思う。
 

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