2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月31日 (水)

韓国旅行 ナヌムの家を訪れて その3

 ナヌムの家の歴史観はすっかり展示が新しくなっていた。
Img_5733
Img_5729
 
Img_5731
Img_5732
Img_5738
Img_5739
Img_5740
Img_5741
Img_5742
Img_5743
Img_5744
 上2枚はハルモニが描いた絵。以前は原画が展示されていたが、色があせるのを防ぐために収蔵庫に保存され、これは写真。
Img_5745
 リアルな慰安婦の部屋。フラッシュで明るくなっているが、展示室は薄暗い。畳1畳半ぐらいで、隣とはベニアで仕切られた小部屋で彼女たちは生活し、またそこで日本軍兵士の性の奴隷にされた。
 異国の地に、騙され、あるいは強制的に連れてこられ、見たこともない知らない男に体を恥辱されたくやしさ・悲しみ・絶望を、この部屋で想像したら、本当に申し訳ない思いがした。 日本政府は10億円のお金で解決しようとしているが、安倍首相や岸田外務大臣、その他政府の高官がここにきて、彼女たちが受けた苦痛を理解し、心から申し訳なかったと謝らなければ、本当の解決にはならない。
Img_5746
Img_5747
Img_5748_2
 3人並んでいる右の方が、彼女たちが暮らす生活館でお会いしたハルモニ。通訳のヘギョンさんが名前を教えてくれたのだが、その時メモしなかったので、名前を紹介できない。後でナヌムの家にメールして教えてもらうつもり。
 彼女が僕が帰る際、玄関まで見送りに出て、「また来てくださいね」と、言ってくれた。僕は来年、必ず彼女に会うため、再訪したいと思っている。
Img_5736
 右のハルモニは、僕がペ・チュンヒさんの写真を見せた際、「なんで写真を持ってきたの?」と、日本語で尋ねた。その表情は、僕に不信感があるように感じられた。僕は、「スタッフの方たちが変わっているから、僕が11年前にここに来たことが分からないだろうと思って、持ってきました。」と答えた。
 少し納得されたようだが、短い面会だったので、とても心が通じたとは思えない。次回はこの方とも心が通じる会話ができたらなと願う。
 左の方はかなり高齢で、残念ながらあまり反応がなかった。日本の老人ホームに行くと反応がない方が多いが、これは加齢とともにやむを得ない現象である。だからこそ、お元気な時に、きちんと日本側が謝罪し、彼女たちの受けた心の傷をいやす努力をすべきだと思う。
Img_5750
 
Img_5751
 
Img_5752
 この方が韓国で最初に名乗り出た方・キムハクスンさん。彼女の勇気がなければ、日本・韓国で彼女たちの苦痛の歴史が闇に葬られていただろう。
Img_5753
Img_5754

2016年8月30日 (火)

韓国旅行 ナヌムの家を訪れて その2

 ナノムの家へ行くのは簡単ではない。地下鉄、バス、タクシーを乗り継いでいく。問題は、バス。地下鉄「カンビョン」駅を降り、バスターミナルへ。確か11年前はバスターミナルから広州行きのバスが出ていたのを記憶している。
 しかし変わっていた! ターミナルの職員と思われる人に尋ねると、彼も別の人に聞きながら、ターミナルの外まで僕を案内してくれた。言葉は通じないが、どうもかなり離れた反対側の通りのバス停のようだ。
 バス停はいくつかある。全てハングル表示だから、どこから乗車してよいのか、さっぱりわからない。おまけに「ナヌムの家」の本に行き方を説明してあったが、そのページをコピーし忘れて、何番のバスに乗車すべきかもわからない。
 バス停のある歩道に露店があった。そのお兄さんに尋ねた。ここで威力を発揮したのは、前日、ソウル大学院生のト・ヒョンさんに書いてもらったハングルのメモ。(彼女との出会いや、22日夜一緒に食事をした様子は後日報告したい。)
 すると彼は身振りでぶりで、ここからバスが出る、ここで待てと、教えてくれた。しかしそこはバス停の標識が無い。標識は5メートルぐらい離れたところにある。不安になったが、教えられたとおりやるほかない。
 10分ぐらい待っただろうか。露店のお兄さんが、メモに1113-1,1113-2、と書いたものを見せて、このバスに乗れて親切に教えてくれた。
 そこで安心してバスを待っていると、ほどなく1113-1のバスが来た。運転手にメモを見せながら、いくらですかと尋ねると答えが理解できない。
 1000ウオン札を3枚手にしていたのだが、彼はその2枚を取って機械に入れると、おつりが出てきた。正確に覚えていないが、400ウオンのおつりだったと思うから、運賃が1600ウオン。韓国ではバス代が安い。40分ぐらい乗って、日本円で160円!
 広州(クアンジュ)に近づいて、運転手に「ナノムの家に行きたいのですが」とハングルで書いたメモを見せると、タムシー乗り場で降ろしてくれた。
 もう一安心。運転手もメモで行先が理解でき、出発。ペ・チュンヒさんのお墓にいける花を買いたいと思い、窓から店を見るが花屋は見当たらない。英語と日本語と身振りで「花屋に寄ってほしい」と告げるが、さっぱり通じづ、運転手は車をどんどん走らせる。
 花は諦めて、お昼の弁当をどこかの店で買いこみたいと目を見張ると、運よくミニストップと書いたコンビニが見つかった。コンビニは本当に便利!だ。 サンドイッチやおにぎりは無かったので、パンを買う。
 ナノムの家に着くと、スタッフのチェ・ヘギョンさんが出迎えてくれた。2週間前に訪問する旨メールしてあったが、ちゃんと先方では覚えていてくれていたのだった。
 所長の安シンコンさんが応対してくれたのにもびっくり! チェ・ヘギョンさんの通訳のおかげで、僕の訪問の意図や昨年12月の日韓合意に関する僕なりの考えなどを伝えることができた。
 所長の安さんは、軍慰安婦に関する博士論文を本にしていた。その2冊を僕は金両基先生と韓国民団静岡県本部に届けることになった。
 静岡県で僕がどのような活動をしているのか話した所、是非渡してほしいとのこと。300ページの本2冊は、重い土産になったが、明日31日、静岡市に行く用事があるので、届けてきたいと思う。
 所長さんはペ・チュンヒさんが残した作品の写真をたくさん見せてくれた。石に描いた作品だが、今は保存のためその石の作品は倉庫に保管されている。
Img_5716
Img_5718
Img_5719
Img_5720
Img_5721
Img_5722
Img_5723
Img_5724
 見事な作品だと思う。色彩が鮮やか。着物を着た少女が可愛い。彼女はどのような思いで、この絵を描いたのだろうか?
 前にペ・チュンヒさんの写真を掲載したが、もう一度掲載する。彼女の色彩感覚が着ている服に反映されている。
Img_5714

2016年8月28日 (日)

韓国旅行 ナヌムの家を訪れて その1

 昨日韓国旅行から戻った。やるべきことがいっぱいたまっているので、本格的なレポートは後だが、写真でナヌムの家を訪れた時の様子を報告します。
Img_5725
 ペ・チュンヒさんのお墓。きれいなお墓だった。手を合わせ、「また来ましたが、お会いできなくて残念です。天国で安らかに眠ってください。」と、お祈りをした。
Img_5736
 所長さんの計らいで、ハルモニたちに会うことができた。中央のハルモニは、僕がお別れして外に出る際、見送りをしてくれ、「また来てくださいね」と、日本語で言ってくれた。この言葉で、また行きたいと思う気持ちが強まった。
Img_5733
 歴史館の内部はすっかりリニューアルされていた。
Img_5730
 真ん中が亡くなったペチュンヒさんの説明。
Img_5749
 彼女が元気なころ、水曜集会に参加した写真。
Img_5717
 彼女が石に描いた絵。所長さんが僕に「まだ非公開ですが」といって、見せてくれた。従ってこれは歴史館には展示されていない。
Img_5725_2
 ペチュンヒさんの真新しいお墓。これは最初に紹介した。
Img_5726
 中央が全ての犠牲者のお墓。左右が、ナヌムの家で亡くなった方のお墓。確か8つあった。

2016年8月22日 (月)

韓国旅行 ナヌムの家

 今日から27日まで、韓国へ。台風の接近で、飛行機が飛ぶのか心配だ。予定では、今晩7時にソウル大学院生のト・ヒョンさんに再会して、彼女が勧めるチェジュド風の食堂で、美味しい韓国料理を味わいながら、色々な会話を楽しむ。
 23日は、ナヌムの家へ。
Img_5714
 上の女性は、ペ・チュンヒさん。10年前にナヌムの家を再訪して、彼女が暮らす生活館(居住施設)に招かれ、昼食をごちそうになった後、記念写真をとったもの。
 彼女は1923年生まれだから、生きておられたら今年93歳になる。三度目の再会を楽しみに、今年春に韓国旅行を思い立ち、ナヌムの家へ訪問のメールを送ったところ、昨年他界されたとのこと。
 日本軍の性の奴隷にされたいわゆる軍慰安婦の方たちは、高齢化でどんどんなくなっている。韓国政府に登録された元慰安婦の方は、238人。生存者は、46人。平均年齢は、89,2歳。(昨年12月の時点で)
 生きておられるときに、日本政府がきちんと謝罪をし、ご苦労を掛けた償いとして賠償金(このお金の名称は、心がこもっておれば、生活支援金、死亡者にはお見舞い金 としても良いと思う)を払うべきだと考えている。
 今年は戦後71年。慰安婦問題に一定の終止符を打つべきだ。昨年、日韓政府が元慰安婦を支援する財団の設立・日本政府が10億円の基金を拠出で合意した。
 両政府の頭越しの合意に反発されておられる元慰安婦の方がおられる。謝罪なき金銭解決に怒っておられる。
 15歳から20歳ぐらいまでの青春時代に、日本軍兵士の性の奴隷にさせられ、心と体に傷を負い、解放後も苦難の人生を歩まざるを得なかった彼女たちの心情を想像すると、日韓合意に納得がいかないのは当然だ。
 ナヌムの家に住むハルモニたちも、納得されていないと聞いている。出来たら彼女たちに会い、彼女たちのお話を聞きたい。
 ペ・チュンヒさんは、日本語が堪能で言葉の壁がなかった。僕は韓国語がまるっきりダメだから、通訳が必要。さらに会ってくださるかどうかも分からない。
 どうなるか分からないが、ペチュンヒさんの墓参りはできる。
 24日は 水曜日。日本大使館前で主要集会が開かれる日だ。12時から開かれるので、早めに行き、主催者に挨拶をする予定。通訳をしてくれる方がいてもし可能なら、参加者に挨拶をしたいと考えている。
Img_2468
Img_2470
Img_2475
 昨年3月31日撮影。21世紀の朝鮮通信使・友情ウオーク出発の前日、ソウルの日本大使館前にて。
 昨年は時間的余裕が無かったが、今回は余裕がある。午前中、日本大使館を訪れて、館内の見学と、慰安婦像撤去問題について、大使館の職員と意見交換をしたいと思っている。僕は撤去する必要がないと伝えるつもり。
 25日は、鉄道に乗り、韓国中部の金堤市に住む友人・ノキョントウさんに再会する。昨日彼からメールが届き、駅で待っていてくれるそうだ。この日は彼の家に泊めてもらう。
 沖縄・高江に何度も座り込み参加で来てくれている方だ。小学校の先生をされている。教育問題や、韓国の政治社会問題などを、話し合いと思っている。
 26日は、全州市見学。この日が唯一の観光。ユ・ヨンジンさんと会いたいが、今回は時間の制約で無理。またの機会としたい。
 妻から高麗人参茶を買ってきてくれと頼まれた。昨年は25日間も韓国に滞在したが、ウオーキング参加だったので、その後日本国内のウオーキングもあり、荷物になるのを避け、何も土産を買わなかった。
 ショッピングもちょっぴり楽しみたい。
 ブログは28日、再開します。
 

2016年8月21日 (日)

広島・長崎、核廃絶、核兵器禁止条約、日本政府の二枚舌外交ト

 8月6日、9日の広島・長崎での原爆でなくった人たちの慰霊祭には、安倍首相を始め政府の要人や国会議員、各国からの外交官、遺族、一般参加者が例年になく大勢参列した。
 報道機関もサミットでオバマ大統領が広島を訪問した後であり、大きく原爆関連の番組を取り上げた。
 核兵器廃絶は全ての人の願いであり、安倍首相やオバマ大統領もそれは口にする。恐らく、核保有国も含め、世界中の政治指導者も核廃絶に反対はしない。
 しかし政治家や軍部、官僚の本音は違う。それは核兵器禁止条約に対する彼らの対応を見れば良く分かる。
 今国連では、この問題をめぐり、さまざまな駆け引きが行われている。19日、国連核軍縮作業部会が、核兵器禁止条約の締結交渉を来年中に始めるよう国連総会に勧告する報告書を賛成多数で採択した。
 日本政府はどうしたか?  棄権した。唯一の被ばく国として核廃絶の先頭に立つ日本が、核兵器は人道に反する兵器であり、使用を禁止する条約を国連で決議することに、一貫して反対している。
 つい最近では、オバマ大統領がアメリカは核兵器で攻撃されない限り、自らは核兵器を先に使わない、つまり先制核攻撃をしないことを、国の方針として決めようと決断したと報道されるや、外務省がアメリカ政府に、「それは困る。核抑止力が低下する。」と、申し入れた。
 その理由に、北朝鮮や中国の核の脅威をあげている。中国も北朝鮮も自らは先に核兵器を使用しないと言明している。しかし、それらの国を先に核攻撃しないと決めることは、相手を利する、特に北朝鮮の核開発を止められなくなる、と考えている。
 うがった見方をすれば、中国や北朝鮮にはいざというとき核攻撃してくれ、それが日本の安全保障につながる、日米安保はそのためにある、と考えているのだ。
 
 オバマ大統領はノーベル平和賞をもらったこともあり、また自らの功績を歴史に残したいとの思いもあり、アメリカが先制核使用をしないことを国の方針にしたいと考えている。、今年秋で任期が切れるオバマ大統領は本気でそれを願っていると僕は想像する。もしそれが実現すれば、世界中に大きな影響を与える。
 
 アメリカは、朝鮮戦争やベトナム戦争、中東の戦争で、小規模の核兵器使用を検討した経過がある。世界に対する影響の大きさ・米国への世界中からの非難を考慮し、実際には使用されなかったが、いつでも使う体制と決意は変わらず持っている。
 オバマ大統領が広島を訪問した際、核のボタンを入れたスーツケースを持参していたことでも、それは明らかである。
 したがってアメリカが自らは先に核兵器を使用しないと決めることは、世界中に良い意味での衝撃が走ることになる。核兵器禁止への流れを作ることにもつながる。
 そして国連で核兵器は悪魔の兵器であり、それを使用することは人道に反する、国際法違反であると決議されれば、核保有国は核を使えなくなる。
 被爆者や広島・長崎の市民、日本中の多くの人々は、核兵器を禁止することを願っている。それが世界中から核兵器を廃絶する重要なステップだと認識している。今国連で核兵器禁止条約を決議することに熱心に取り組んでいる国々の人々も、同じ願いの下に頑張っている。
 人々の暑い願いに水を差す日本政府は歴史の流れに反する過ちを犯している。僕たちは日本政府の方針を変えさせるため、ねばり強く働きかけよう。

2016年8月20日 (土)

原発災害広域避難計画の問題点を明らかにする小冊子

 浜岡原発の再稼働を許さないため、UPZ市民団体交流会では9月4日発行を目標にタイトルの小冊子の内容を検討している。
 これまで7月8月2回作業部会を開き、今月末の作業部会で最終的な検討会を開き、下記の原案を必要があれば修正・加筆して、完成の運びとなる。
 この夏、僕はその原案作りに汗をかいた。中日新聞の記者からは、取材の問い合わせが来ている。せっかく苦労して作成するのだから、静岡新聞や朝日新聞、毎日新聞にも紹介してもらいたいと思っている。

『浜岡原発災害広域避難計画の問題点』 - 実効性ある避難計画は策定できない・

一番の安心安全対策は、再稼働させないこと

 

         作成 UPZ市民団体交流会

 

はじめに

 浜岡原発から31キロ圏内15の市民団体で構成する私たち「UPZ市民団体交流会」は、2014年から2016年まで計5回にわたり、県当局へ広域避難計画に関わる要望及び質問書やスピーディ活用の要望書を出し、その回答を受ける際、危機管理部原子力安全対策課と意見交換を重ねてきました。

 また各市町の防災担当課にもこの問題で要望を出したり、話し合いを行ってきました。今後も引き続き県や市町の担当者・責任者に要望や質問書を出し、話し合いを継続しますが、このたび中間報告として、これまでの取組で見えてきた問題点を整理し、小冊子にまとめました。

 私たちのこれまでの取組で、実効性ある避難計画策定は不可能であり、一番の安心・安全対策は再稼働させないことが明確になりました。

 県民の命と健康、安全を守るために、浜岡原発の再稼働はありえないことを理解していただくための資料です。

 原発から31キロ圏内の住民・議員・市長・町長・行政職員、また県民全体が原発災害広域避難計画の問題点や再稼働の是非を考える際、参考にしていただければ幸いです。

1. いまだに決まらない避難先市町

  県当局が避難先の確保に当たっていますが、その作業を始めて2年近くなっても具体的な避難先は決まっていません。

 県の担当者はその理由を、「受け入れ先避難所の駐車場確保の困難性」と説明しています。県の避難計画では、3000台ごとの車で段階的避難、避難所には自治会単位(場合によっては連合自治会単位)で受け入れてもらうことになっています。

 『原子力災害が単独で発生した場合』   御前崎市は浜松市へ、牧之原市の5キロ圏内は山梨県へ、焼津・藤枝市は三島・裾野・御殿場・熱海・伊東市や小山町へ、島田市は静岡・富士・沼津・下田・伊豆・伊豆の国市や長泉・清水・函南・松崎・東伊豆・河津・西伊豆・南伊豆町へ、吉田町は静岡・富士宮市へ、菊川市は浜松・湖西市(一部は愛知県)へ避難することになっています。また牧之原市の5キロ圏外は山梨県へ、掛川市は愛知県へ、袋井市は三重県へ、磐田市は岐阜県へ避難することになっていますが、具体的な受け入れ市町は決まっていません。

 『地震・津波・原発事故の複合災害の場合』   森町を除いて焼津市から磐田市までの10市町は、全て県外へ避難となっています。

 焼津・藤枝市は埼玉県、島田市は東京都、牧之原市・吉田町は群馬県、菊川・掛川市は富山県、袋井市は福井県、磐田市は石川県へ避難すると決められています。

 しかし具体的な避難先(受け入れ先市町)は全く決まっていません!

 

 東海地震・南海トラフ巨大地震は今後30年以内に70%以上の確率で起きると専門家が指摘(政府も認めています)してから数年経過しています。浜岡原発事故は地震・津波との複合災害になる可能性が高いです。

 『避難対象は31キロ圏内にとどまらない』   地震・津波だけなら県外まで避難する必要はありません。しかし福島原発事故で分かったように放射能汚染は広範囲に及び、風向き次第で全県の住民も県外に避難せざるを得ない状況が生まれます。

 あらかじめ安全な避難先が決まっていなければ、福島の避難者のように避難所を転々と移動する流浪の民になる恐れがあります。

 

2.決まらない具体的な受け入れ施設(体育館・公民館・学校・病院・福祉施設など)

  原発単独災害で県内に避難する市町の具体的な受け入れ先施設は、まだ何も確定していません。県内でもこうですから県外の具体的な避難先確保は極めて困難です。特に大変なのは災害弱者(入院患者・老人ホーム入居者・障がい者・赤ちゃんを抱える家族など)の避難先確保です。

 福島県双葉町病院の入院患者は受け入れ先がなかなか決まらず、避難及び避難先50名が死亡しています!

 

3.決まらないスクリーニング(避難退域時放射能測定検査・除染)の場所

  私たちは毎回県当局にスクリーニングの場所や機材・検査する人材がそろっているのかを問いただしてきました。県は浜松市と静岡市それぞれ8か所、計16か所でスクリーニングを実施するとしています。

 しかしその場所は決まっていません。担当者の説明では、「周辺住民の理解が得られていない」とのことです。放射能の除染をすれば、周辺に放射能がまき散らされる、除染できない衣服や物、車はどこに保管するのか、除染に使用した水はどこに流されるのかといった問題が生じます。住民は自分たちの地域もスクリーニングに伴い汚染されることを恐れているものだと想像します。

 これ以外にもう一つ大きな問題があると私たちは考えています。何千台もの車を待機させる場所がない問題です。

 県の避難計画は一家族車一台で避難するとなっています。浜岡原発から31キロ圏内の94万人が車で避難すれば、一つのスクリーニングか所に何千台もの車が押し寄せます。

 県は東名高速IC周辺やサービスエリア・パーキングエリア、国道1号沿道、国道150号沿道などで実施を検討していますが、何千台もの車がスクリーニングの順番待ちで待機すれば、大渋滞になります。

 大災害時には救急車・救援車両がスムーズに通れるようにしなければなりません。避難する車で身動きが取れない状態になれば、助かる命も助からないことになります。

 大渋滞で長時間放射性物質が降り注ぐ地域から脱出できなければ、それだけ放射能に汚染されることにつながります。

 今年6月17日の県の回答では、スクリーニングの機材や人員も94万人に対応できない状況が判明しました。車両用ゲートモニターは2台しかありません。

 *スクリーニングは、31キロ圏外に出てから、体や衣服・持ち物、車が放射能で汚染されていないか測定し、一定の線量を越える場合、簡易除染することです。避難者はスクリーニングを受けたことを証明する紙をもらい、指定された避難先でそれを提示することになっています。

 *スクリーニングにどれぐらい時間がかかるか私たちは質問書を出していますが、県の回答はありません。

 

4.避難先・スクリーニングの場所が決まらないので市町の避難計画は立てられない

  県が具体的な避難先やスクリーニングの場所を決めることができないので、各市町の避難計画は策定できない状況にあります。

 原発単独災害で県内に避難する予定の自治体も、具体的な避難場所(施設)の特定は受け入れ先自治体との協議や調整が必要であり、これからの作業です。入院患者や老人ホーム入居者、障がい者など災害弱者の受け入れ先確保は、極めて困難が予想されます。

 スクリーニングの場所が決まらないと、避難経路の策定ができません。大混乱を避けるために、どの地区の住民はどの経路で31キロ圏外に逃げ、どこでスクリーニングを受けるのかを事前に決めておき、住民に周知徹底しておく必要があります。

 私たちは今後仮に避難先市町が決まったとしても、スクリーニングの場所や具体的受け入れ先施設が決まらなければ、絵に描いた餅に過ぎないと考えています。 

 

5. 災害弱者の避難手段確保も未定

  私たちUPZ市民団体交流会は、災害弱者の避難先確保と輸送手段確保は行政が責任をもってやってほしいと重ねて要望し、現在では県当局もその必要性を認めています。

 しかし具体的にどの施設が何台どのような車が不足しているのか調査がなされておらず、災害弱者の避難先も輸送手段も確保されていません。

 また保育・幼稚園、小・中・養護学校の子どもたちで、保護者が迎えに来れない場合は、行政が責任も持って避難先まで輸送することになっていますが、こちらも車両の確保はできていません。

 

6. 被曝を前提にした避難計画は大問題

  国の方針、それを受けての県の避難計画は、原発事故が発生すれば5キロ圏内の住民はそく避難、それ以外の31キロ圏内の住民は屋内退避、放射線量が毎時500マイクロシーベルトに達したら避難するとなっています。

 放射線量毎時500マイクロシーベルトは、福島原発事故で避難した際の線量の7倍です。2時間500マイクロシーベルトの放射線量を浴びると、国の規制基準1ミリシーベルトに達します。(国は1ミリシーベルトの放射能を浴びると人体に危険であると定めています。)

 大渋滞を避けるため、一定の被ばくはやむを得ないとの考えですが、これでは放射能に細胞が破壊されやすい子ども達を含めて私たちは被曝するまでじっと自宅待機しなければなりません。

 被曝を前提にした避難計画は受け入れられないと私たちは一貫して主張していますが、県当局は国の指針をたてに計画の修正に応じていません。

 

7. ヨウ素剤の配布方法の問題

  福島県ではすでに173人の子ども達が甲状腺がん(疑い含む)と診断され、132人が手術を受け、131人のがんが確定しています。今後この数は増えるものと思われます。

 原発事故が起き、放射能が外部に漏れた時、18歳以下の子ども達はヨウ素剤を被曝する前に服用すれば、甲状腺がんになることを防ぐことができます(他の内部被ばくによる疾患は防ぐことができませんが)。

 私たちは在校(在園)中事故が起きればすぐ服用できるよう、保育・幼稚園、学校にヨウ素剤を備蓄しておき、保健や養護の先生が研修を受けて服用指導できる体制を整えてほしいと要望していますが、県の回答は明確ではありません。

 

8. 避難するのにどれぐらい時間がかかるのか、シミュレーションをやり直してほしいとの要望に、県は全く応じていません

  平成25年度に県が公表したシミュレーションは、原発事故が起きたら浜岡から31キロ圏内の住民94万人が、一家に一台の車でどの方向に逃げるのかどの道を通るのか全く考慮に入れずに、ただやみくもに31キロ圏外に避難したらどれぐらいの時間がかかるのか調査したにすぎません。短くて約28時間と公表されました。

 私たちは、実効性ある避難計画策定のためシミュレーションのやり直しを要望しています。現段階で県が考えている避難先やスクリーニングを考慮に入れ、さらには静岡県第4次地震被害想定(平成25年公表)に基づいた橋や道路の被害(通行不能)などを考慮したシミュレーションをやってほしいと要望していますが、残念ながら県は応じていません。

 

9. 授業(保育)中の事故では、保護者が迎えに行くのでなく、行政がバスを用意して子ども達を避難先まで輸送してほしいとの要望にも、県は応じていません

  共働きの家庭が増え、すぐ保護者が迎えに行くことができません。またそうすれば交通渋滞になります。在校(在園)中の事故では、子ども達の被曝を防ぎ安全かつ迅速に避難させるには、行政が用意したバスであらかじめ決められた避難先に避難させる、そうして保護者がその避難先で子どもを引き取るのが最善の方法だと思われます。

 アメリカの避難計画ではそのように定められ、国が決めた避難計画が策定できなければ原発を動かすことができません。

 しかし残念ながら県当局は当初の方針を変えようとはしていません。

 

10.熊本地震の教訓

 熊本地震では強い余震が何回も起こり、半壊にならなかった家でも自宅にいるのが怖くて、車生活を余儀なくされた人々がたくさん出ました。避難所も天井が崩落したりして、野外でテント暮らしをする人がたくさんいたのは記憶に新しい出来事です。

 県の計画では、原発事故が起きても5キロ圏内以外は、自宅待機です。南海トラフ巨大地震が襲えば、マグニチュード9クラスになると予想されます。沿岸部の人は津波の恐れ、それ以外の地域では余震の恐れがあり、家が倒壊または半壊した人はもちろんのことですが、500マイクロシーベルトに達するまで自宅待機する余裕はありません。

 この点を県当局との意見交換会で話題にしたところ、県の担当者自身熊本地震で応援に行っており、今後の検討課題との認識を持っていました。

11.静岡県第4次地震被害想定に基づいた広域避難計画にすべし

 平成25年に県が公表した第4次地震被害想定では、橋の崩落、道路の液状化、崖崩れ、電柱・歩道橋・建物などの倒壊、津波浸水などで、多くの箇所で通行不能になるとしています。

 また新旧東名高速道路も、富士川河口断層帯で大きな断層変位が生じた場合、通行止めになると想定しています。

 また緊急自動車や緊急通行車両(消防・自衛隊などの車両)を優先する交通規制が、東名や幹線道路で実施されることも書かれています。

 ところが原発災害広域避難計画には、第4次地震被害想定が反映されていません。

 

12.スピーディの活用について

 福島原発事故ではスピーディが活用されず、放射線量が高い地域に逃げ、被ばくする事態が生じました。私たちのスピーディ活用の要望に対し、県当局もその有効性を認め、放射性物質の拡散予測手法の活用とその運用体制の構築を国に求めています。まだ具体的活用の段階には至っていません。

 

13.犬・猫などペットの避難

 我が子同然のペットを飼っておられる人にとり、ペットを避難所で受け入れてもらえるかどうかは深刻な問題です。私たちはこの点も県に質問しています。県の回答は今後の検討課題となっていますが、具体的な検討は進んでいません。

 

14.長期化する避難生活

 福島県では原発事故から5年以上経っても、いまだに故郷・我が家に戻れず避難生活を強いられている人々は、9万人以上もいます。

 仕事や生きがいを奪われ長期化する避難生活で、うつ病などの病気になったり、自殺者が増えている厳しい現実があります。政府や電力会社は原発事故で死者は出ていないと主張しますが、災害関連死は福島県が断トツに多いです。

 静岡県の広域避難計画では1か月を想定していますが、放射能に汚染されたら避難は長期化します。

 

まとめ

 色々な面から静岡県の原発災害広域避難計画の問題点を見てきましたが、実効性ある避難計画は立てられないことがお分かりになったと思います。一番の安全・安心対策は、再稼働させないことです。

 危機管理部原子力安全対策課の課長は、今年4月私たちとの話し合いで、稼働中と運転停止中の原子炉事故の影響は全く異なるとの見解を表明しています。

 原発再稼働は、原子炉の中で小規模核爆発を起こし、その熱エネルギーで電気を作りますが、同時に大量の放射性物質を生み出します。さらに使用済核燃料(核のゴミ)が増え続けます。その処分場はありません。浜岡原発の敷地に保管するほかありません。

 

 

 UPZ市民団体交流会

 

 さよなら浜岡原発・焼津市民の会(焼津市)

 なくそう浜岡原発 命とふるさとを守る藤枝市民の会(藤枝市)

 避難者を支援する志太榛原住民の会(藤枝市)

 浜岡原発はいらない島田の会(島田市)

 安心して暮らせる島田を創る市民の会(島田市)

 浜岡原発をなくそう・吉田町民の会(吉田町)

 浜岡原発を考える牧之原市民の会(牧之原市)

 浜岡原発の危険から住民を守る会(菊川市・御前崎市)

 浜岡原発はいらない・命を守る菊川市民の会(菊川市)

 浜岡原発を考える会(御前崎市)

 掛川金曜アクション有志の会(掛川市)

 原発いらない掛川の主婦たち(掛川市)

 浜岡原発を考える袋井の会(袋井市)

浜岡原発はいらない磐田の会(磐田市)

 明るい未来を!磐田(磐田市)

 

UPZ市民団体交流会連絡先 

 437-0035 袋井市砂本町2-10  竹野昇(浜岡原発を考える袋井の会)

 

  メール  takecbf21369@nifty.com

 

 

 

 

 

 

2016年8月19日 (金)

沖縄で今起きていることを、袋井駅前でアピール

 毎月19日は、袋井憲法9条の会として、駅前アピール活動を実施している。今日は、下記のチラシを配布しながら、沖縄・高江で安倍政権が強行していることを訴えた。今日高江現地では、550人もが早朝から集まり、工事車両を入れないよう、頑張っていることが、ネットで報告されている。
 下記はちらし原案です。事務局の方が写真を張り付け、枠組みをして、見やすいちらしにしてくれたのを配布しました。その完成版をメールからうまく取り出せないので、原案をコピーしました。
 沖縄現地に飛んでいきたい思いはあるのですが、こちらでもやることがあり、そうもいきません。しかし、本土でもやれることがあります。創意工夫して、やれることをやりましょう。

沖縄で今起きていること=沖縄の民意を無視し米軍基地を新たに作るため、本土から500名の機動隊と70名の防衛省職員が派遣され、反対する住民を弾圧している

 

 本土のマスコミはほとんど報道していませんが、現在沖縄で安倍政権がやっていることをお伝えします。

『参議院選で沖縄の民意が示された翌日、米海兵隊オスプレイ用ヘリパッド建設工事に着手』

 沖縄の参議院選は全県1区で、翁長知事を支えるオール沖縄会議が推す元宜野湾市長・伊波洋一氏と、当時沖縄担当大臣で自民・安倍政権が全面的に推す島尻安伊子氏が1議席を争い、伊波洋一氏が10万6千票の大差で当選しました。

 新基地建設反対・オスプレイ配備反対撤去の民意が明確に示された翌11日早朝、安倍政権・防衛省は、沖縄本島北部訓練場にヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)を作る工事に着手しました。

 沖縄の民意は完全に無視する・政府は決めたことはやる・反対してもムダだと、安倍政権の意思を沖縄に示すために強行され、今日もその工事は続けられています。

『米海兵隊北部訓練場に計6つのヘリパッドを作る問題点』

 民主主義に基づいて表わされた沖縄の民意を無視し、工事を強行することは地方自治破壊であり民主主義破壊ですが、それ以外の問題点を整理しました。

 『基地負担軽減はウソ』

日米政府は北部訓練場の半分強を返還するのは、沖縄の基地負担軽減につながると強調します。しかしもともとそこはほとんど使われていず、ヘリパッドも古くて使えない状態です。日本の金で、辺野古新基地建設とリンクしたオスプレイ用ヘリパッドを手にすれば、米軍にとりこれほど好都合はありません。

 すでに住民の反対を押し切り2つのヘリパッドが高江集落の近くに作られ、激しい訓練が行われています。夜間10時以降に及ぶ訓練もたびたび強行され、高江の子どもの中には睡眠不足で登校できなくなった子も出ています。このうえ4つも集落を取り囲むように建設されたら、平和で静かな生活が破壊されます。墜落の恐怖に脅かされます。

 『予定地は生物多様性に富む自然の宝庫』

 建設予定地はやんばるの森のなかでも生物多様性に富む自然の宝庫であり、ノグチゲラやヤンバルクイナなど希少種が生存する所です。世界自然遺産登録の価値があるところで、北部訓練場の北半分が返還されれば、国・沖縄県は国定公園指定を計画しています。自然はいったん破壊されたら復元されません。オスプレイは高温の廃棄熱と爆風を周辺にまき散らします。やんばるの森の破壊、生息する希少種の減少が心配されます。

 『基地機能強化』

 米軍の狙いは基地機能強化です。辺野古新基地ができたら、そこに新たに作られる軍港からオスプレイや海兵隊員、上陸船艇を積み込み、ヘリパッド予定地近くのアカ川河口の沖合に大型輸送艦でやってきて、強襲上陸訓練・空からの援護射撃訓練・行軍してヘリパッドまで来た海兵隊員つりあげ訓練・負傷した兵隊をオスプレイに収容し別の地点に運ぶ訓練などを想定しています。

 実は自衛隊も日米共同訓練の名目でこれまでやれなかった訓練を北部訓練場でやりたいと考えています。すでに安倍政権は、中国軍の沖縄離島上陸・占拠というありえない事態に備える対策として、自衛隊に海兵隊もどきの部隊を新設することを決めています。

警視庁・大阪府警・福岡県警など本土から500名を超える機動隊が沖縄に派遣され、反対派住民を排除・弾圧する異常事態

 安倍政権は沖縄の民意を押しつぶし、米軍の要求に答えるため、全国各地から警察機動隊を沖縄に送り込んでいます。彼らがやっていることは、工事を止めようと必死で訴える住民の排除と工事車両の警備です。

 7月22日、工事車両の進入を止めるための住民の会テントと車が法的根拠なく強制撤去された際、それを阻止しようとする反対派住民に機動隊が暴力的を振るい、その過程で3名の方が救急車で運ばれる事態が生じています。

 最近では県道70号線を封鎖し、地元住民や観光客の車も公道で止められることも起きています。駐車禁止でない道路を勝手に駐禁にし、反対派の車を駐車させないことも起きています。これらは全て違法行為です。

政府が米兵犯罪再発防止のため本土から派遣した防衛省職員が高江警備

 20歳の女性が元海兵隊米軍軍属の男に暴行殺害された事件を受け、安倍政権は再発防止のため基地周辺パトロールとして、70名の防衛省職員を沖縄に派遣しています。

 ところがその全員が沖縄県民を守る業務につかずに、米軍の手先となって、高江のヘリパッド建設工事の警備をしています。

 辺野古新基地建設は現在和解?に基づき工事中止ですが、政府は陸上部工事再開は埋め立て工事でないからと、沖縄県の反対を無視して近く再開する予定です。防衛省職員は全国から送り込まれた警察機動隊と共に、辺野古でも警備につきます。

 沖縄県民はこうした安倍政権のウソ・沖縄の民意無視・選挙が終わればなにをやってもかまわないとの姿勢に、大きな怒りを持っています。翁長知事はこうしたことは本土ではありえない・これは沖縄差別であると述べています。

 私たち本土に住む住民も、今沖縄で行われている異常事態に関心を持ち、政府に工事をやめるよう声をあげましょう。沖縄に行く機会があれば、是非辺野古や高江にも足を運び、今沖縄で何が行われているのか、自分の目で見てほしいと願います。

 

        袋井憲法9条の会

 

 

2016年8月18日 (木)

天皇について 最終回 自民党の憲法改正案 第1章 天皇

 他にも書きたい話題があるので、今回で天皇については最終回としたい。確認したいが、天皇の地位は国民が決める。それには憲法改正が必要だ。しかし、現在の日本の状況は、象徴天皇制を受け入れている。天皇自身も憲法に沿った天皇家の在り方を模索され、その努力が国民に評価され、天皇制を廃止しようという議論はほとんどない。
 僕は時間をかけてこの問題を国民的議論すればよいと考えている。何度も繰り返すが、思考停止となるタブー視が一番怖い。
 自民党の憲法改正案 第1章 天皇 は、日本の保守勢力の願望が込められている。僕たちはこの自民党案をまな板にあげ、大いに、自由に、あらゆる角度から、天皇制について議論したらどうだろうか。
 マスコミによく登場する憲法学者も、憲法を守る立場の野党も、いわゆる知識人も、僕たち市民運動をしている側も、どうしたわけかこの問題に正面から向き合っていない。意識的に避けているように見える。
 自民党案の最大の狙いは、天皇を象徴から元首に格上げすることにある。まず全文。
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、(省略) 
第1章 天皇 第1条  天皇は、日本国の元首であり、(省略)
 
    第3条  国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
 
     2 日本国民は、国旗及び国家を尊重しなければならない。
 
 天皇の国事行為等
 
第6条 4 天皇の国事に関する全ての行為には、内閣の進言を必要とし、(省略)
     5 天皇は、国又は地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その
       他の公的な行為を行う。
元首について、広辞苑の説明 『 国家を代表する資格を持った国家機関。君主国では君主、共和国では大統領あるいは最高機関の長など 』
 アメリカ大統領や韓国大統領、あるいはアラブの王様は、元首としてものすごい権力を持っている。自民党は天皇を国民統合の象徴からさらにもっと力を有する存在に格上げしたいのだ。
 天皇の国事行為では、現憲法では内閣の承認が必要となっているが、自民党案では内閣の進言とあるだけで、承認が削除されている。
 平成の天皇つまり今の昭仁天皇は、被災者のお見舞いや慰霊の旅を熱心にやられている。これらは公的行事でなく、私的行為だが、受け入れる側は警備や接待・準備が必要であり、公的行事に準じた扱いになっている。
 見舞いや慰霊の旅そのものは、なんら問題ないが、天皇は自らの意思で、準公的行事を拡大してきた。そしてそれを生前退位して、息子たちに継承させようとしている。
 自民党案では、国が行う式典への出席だけでなく、地方自治体その他の公共団体の式典、さらにはその他の公的な行為を行う、と際限なく天皇の国事行為が拡大できるようになっている。
 これでは天皇の体がもたない。天皇の権威を利用しようと、都道府県や自治体が何か大きなイベントを開催する際、天皇あるいは皇太子・皇族の出席をねだる事態が続出するだろう。
 天皇家、おおもて・大人気。自民党の狙いは、こうして天皇家をさらに特別な存在として国民に浸透させ、元首化を定着させることにあると僕は見ている。
 自衛隊や米軍の記念式典への出席も、自民党案では可能となる。内閣の承認なしで行えるから、天皇自身の意思で参加したと、内閣の責任回避もできる。
 靖国神社参拝も天皇が望めば可能となる。もちろん現天皇はそんなことはあり得ないが、次の天皇の時代になり、日本全体の右傾化が進めば、ありえないと誰が断言できるだろうか!
 伊勢神宮参拝も公的行事に定着しかねない。そこには戦前の国家神道に戻る危険性が潜んでいる。
 今の天皇や美智子さんは、確かに「いい人」だ。日本の保守勢力の考えや願いとは、全く異なる見識を持っている。しかし息子の代、さらにその次の代になり、日本全体が右傾化したら、時代の要請として、戦前の天皇制に戻る危険性を僕は憂慮している。
 だから思い切って、天皇制を廃止したほうがよいと思う。天皇家は日本一の資産家である。形式的には普通の家になるが(徳川家のように)、国民の税金を投入することなく、十分名誉ある格式や生活を保つことができる。
 国民統合の象徴がなくなり、日本人がバラバラになることはあり得ない。それほど僕たち日本人はバカではない。
 日本の歴史で、天皇が大きな存在を占めていた時期は、実は短い! 官位を与える存在として宮家は続いてきたが、武士が実権を握り、国を支配するようになってから(室町幕府から江戸幕府まで)、一般庶民にとり天皇家は取り立てて騒ぐ存在でなかった。
 特に戦国時代から江戸末期まで、日本人は天皇家を意識することは全くなかった。支配層である武士階級も、天皇を政治利用する必要がなかった。武士の支配がよかったと言っているので無い。
 国を治めるのに、国民の統合なる存在がなくても問題ない時代が長く続いた歴史的事実に注目したい。
 

2016年8月17日 (水)

天皇について その5 昭和天皇の戦争責任

 現在の天皇のお父さんは、裕仁天皇、昭和天皇とも呼ばれる。僕の父は天皇の軍隊に入れられ、無辜の中国の青年を銃剣で殺害したことを前回書いたが、戦前の戦争は「全て天皇の戦争」であった。
 正確に説明すると、部隊の移動や作戦立案、戦闘の命令は全て軍が行ったが、それは天皇の名において行われたのは歴史的事実である。陸海空軍の最高指揮官(統帥)は裕仁天皇であった。
 日本人の中には、軍部が天皇を利用したのであって、天皇個人には戦争責任はないと主張する人が多い。
 しかしそれは歴史の事実に反する。裕仁天皇は、中国との戦争に非常に関心があり、絶えず軍のトップから戦線の状況説明を受けていた。関東軍の暴走に苦言を述べることはあっては、止めることはなかった。
 対米英開戦に承認を与えたかどうかは、良く分かっていない。軍部の独走だったのかもしれない。
 しかしマレーシア上陸作戦、シンガポール陥落の報告を聞き、喜び満足したのは事実である。米軍の反撃で、制海権・制空権が奪われ、B29の空襲が日常化し、1945年3月10日東京大空襲で10万人が焼き殺されても、戦争を止めることはしなかった。
 本当に日本国民を愛しているなら、3月に「これ以上の犠牲を出すのは忍びない。日本は降伏する。」との聖断(決断)をし、統帥権を持つ最高司令官として、軍に対しては戦闘の停止命令、無条件降伏受け入れを政府に伝えることをすべきであった。
 裕仁天皇は大正天皇と違い、頭脳明晰でその判断力はあった。しかしその決断は、広島・長崎の原爆投下・おびただしい死と破壊を見るまで、なされなかった。
 その理由は、天皇制存続にこだわったからである。いわゆる国体護持。もちろん国体護持=天皇制存続を願ったのは、裕仁天皇だけでなく、ほとんどの戦争指導者も同じであった。軍部も政府も。
 しかし、もし天皇が「自分の命・天皇家存続よりも国民の命と財産を守る」決断をしておれば、沖縄戦も原爆も、南方戦線での餓死も、特攻攻撃もなかった。
 あの戦争で310万人の犠牲者が出たが、決断が早ければその大半が死なずにすんだ。アジアの犠牲者は2000万人と言われているが、3月の時点で戦争をやめておれば、どれ程多くの人が助かっただろうか。
 僕は天皇の戦争責任は明らかだと考えている。しかし当時の日本人はその責任を追及することなく、象徴天皇を受け入れたのも歴史の事実である。
 そしてそれは今日も変わりなく続いている。ここに日本人の限界があると、悲しくなる。天皇制が続く限り、日本人は天皇の戦争責任を追及できない弱さを抱え続けることになる。

2016年8月15日 (月)

天皇について その4 天皇個人について

 現在の天皇は今上天皇とも昭仁天皇とも呼ばれている。僕の彼自身への評価・感情について、率直に述べたい。
 真面目で、憲法を誰よりも大切にされ、日本が再び戦争の惨禍に襲われないよう、世界の平和を心から願っておられる。
 過去の戦争に対しても、侵略戦争だったという言葉は使わないものの、日本の加害責任を痛感されておられる。この点、歴史を歪曲し、過去の戦争を美化しようとしている安倍首相をはじめとする日本会議に連なる国会議員や保守勢力と異なる。
 言ってみれば、『護憲派』だ!  政治的な発言は控えておられるが、言葉の端々に彼の思想や思いがにじみ出ている。
 皇后の美智子さんも賢明な人だと評価している。ご主人と同じ思想・考えをお持ちだと見ている。
 沖縄への思いも、現在の安倍政権とは異なっていると想像している。おそらく申し訳ない気持ちをお持ちだと思う。
 この思想や考え・思いは、お父さんである昭和天皇の存在、裕仁天王の戦争責任に大いに関係している。
 もし僕が同じ立場だったら、それはよく理解できる。父が戦争において果たした役割=国民を天皇の名において戦争にかりだし、アジアの民を2000万人も殺し、沖縄戦・本土空襲・原爆で兵士を含んで300万人も死亡させた、その責任を息子として感じないほうがおかしい。
 僕の父も赤紙で徴兵され、中国に送られた。貧しい農家の長男が、人殺しの練習をさせられ、銃剣で中国人の男性を突き殺した戦争体験をしている。行軍する村々で、食料を奪った話を聞いたことがある。病気になり、内地に送り返され、戦死することはなかったが、父は自らの戦争体験を恥じていた。僕は戦後生まれだが、父の加害行為を恥じかしく思っている。中国の人々に申し訳ない気持ちを持っている。
 
 昭和天皇と僕の父。その息子。立場は違うが、戦争への反省と二度と戦争をしてはいけないとの思いは同じだと思う。
 

2016年8月14日 (日)

天皇について  その3

天皇制を廃止したほうが良いと考える理由の続き
 人の上に人を作ることは、差別を作り出す。万人は生まれながらにして、平等である。生まれた家柄で、その人の能力や人柄に無関係に人の上に立つのはおかしい。
 もちろんこのことは天皇家だけの問題でない。大金持ち、企業の創業家、歌舞伎役者やお花や茶の家元などにも当てはまる。
 生まれがよくて高い地位(名誉ある地位)に着くケースは、おうおうにしてある。しかし一般的には、能力がなければ養子を取ったり、別な人がトップに立つケースが多い。
 能力がなければ、人々はその家に生まれたと言うだけでその家の後継者を尊敬しない。また能力がなく・人柄もその地位にふさわしくない場合は、社会的に自然淘汰される。
 逆に生まれは普通でも、努力と能力で、大金持ちや企業のトップ、芸能界のトップ、人々に敬意と人気を得る地位に就く人がいる。それを可能にしているのが現憲法である。
 しかし天皇の地位だけは特別な存在になっている。いくら努力しても天皇家に生まれない限り、その地位を継承することはできない。
 天皇家でも継承者は男性に限られている。これは明らかに女性差別である。皇室典範は憲法違反であり、改正されるべきである。
 僕は天皇制を廃止したほうがよいと思っているが、それは長い国民的論議、そして憲法改正の国民投票を経る必要がある。
 恐らく仮に数年後この問題で国民投票をやったとしても、天皇制存続を選択する人のほうが多いだろうとみている。
 僕は現天皇や皇太子が能力がないとは思っていない。人柄もよいと思っている。次回詳しく書くつもりだが、現天皇は日本国憲法に忠実に生きておられる。平和憲法の擁護者でもある。美智子さんも同様である。
 そのことを評価したうえで、長い先を見据えると、天皇制を廃止したほうが、天皇家にとっても、日本国民にとってもベターだと考えている。
 人の上に人を作っている、天皇を特別な存在にしている、結果として身分差別を許している憲法第一章を改正することは、日本国民にとり大きな課題である。
 先ず議論すること、自由に話し合うことが大切だ。天皇制についてタブーにするのは、自由な民主主義社会に反する。
 

2016年8月13日 (土)

天皇について その2

 天皇制を廃止したほうが良いと僕が考える理由の続き
④皇居の国家的有効利用
 天皇家が普通の家になったら、皇居は国有財産として、広く国民に解放されるべきだと考える。もともと皇居は徳川家のものだった。江戸幕府が終わり、江戸城無血開城に伴い、京都から天皇が移り住んで現在に至っている。
 天皇制を廃止する利点は、皇居の活用だ。息子が杉並区に住んでいるのでたまに泊りがけで行ったおり、早朝皇居の周りをウオーキングすることが時々ある。地下鉄丸ノ内線に乗り、皇居近くの駅で降り、皇居一周する。ジョギングする人やウオーキングする人、自転車で回る人様々だが、いいコースである。
 ウオーキングしながらよく思う。『 皇居の中をウオーキングできたらなあ。 』  『 車の排気ガスから解放され、緑の中を、交通事故の心配もなく、のんびり、ゆったり、しかも歴史的な建物を見ながら歩くことができたらあ。』
 早朝のジョギングやウオーキング愛好家からは、入場料を取ってほしくないが、9時から夕方5時、夏場は19時までは、皇居(天皇制を廃止したら、当然名称が変わるが)管理費・維持費として、入場料を取ってもよいだろう。建物は博物館・資料館として、入館料を取ってもよい。皇居にはお宝がいっぱい! 
 
 僕の試算では、年間の入場者は外国人観光客も含めて、2~300万人ぐらいになるだろう。初年度は珍しさもあり、1000万人を超えるかもしれない。入場料500円、入館料1500円とすれば、40~60億円の収入となる。
 以外に収入は低いように思われるが、宮内庁廃止・皇居警察廃止に伴う人件費不要、さらには天皇家への国費投入・国内国外視察や慰問費用もいらなくなく、警備費用も不要になる。
 天皇制廃止に伴う国税の節約は、恐らく数百億円にのぼると思われる。その上の入場料収入だ。管理・維持費・人件費全てを賄い、さらに剰余金を国庫に戻せば、経済的効果は大きい。
 大勢の観光客が来ると言うことは、ホテル・レストラン・輸送業界・土産物その他関連業界に大きな経済的波及効果をもたらす。
 大地震などの避難所・避難先としての有効利用も考えられる。
⑤ 天皇の政治利用が無くなる
 日本の歴史は天皇が直接国を支配していた時期を除き、官位や権威を与えるものとして、天皇制が存続してきた。
 象徴天皇制となった今日でも、時の政権が政治利用するときが時々ある。その最悪が、安倍政権による「主権回復の日」への天皇出席要請だ。
 2013年4月28日、安倍政権は、1952年サンフランシスコ講和条約で日本が占領から独立したと、「主権回復の日」式典を政府主催で行った。
 この4月28日は、沖縄では「屈辱の日」である。昭和天皇がマッカーサーに沖縄を自由に使ってくれと話し、米軍支配(軍政)を法的に裏付けたのが、サンフランシスコ条約である。
 沖縄・奄美・小笠原が本土から切り離され、アメリカが統治することとなった。奄美・小笠原はその後日本に返還されたが、沖縄だけが1972年本土に復帰するまで異民族支配が続き、基地が拡張され、米兵の犯罪に沖縄の人々は苦しめられた。
 沖縄の人々にとり許せないのは、本土に復帰しても何も変わらない・支配が米軍から日本政府に変わっただけの実態である。
 この屈辱の日に、安倍政権は式典に彩を添えるため、天皇・皇后の出席を求め、式典終了後、天皇が退席する際、「天皇陛下万歳」の声が会場に響いた。
 僕はこの様子をテレビのニュースを見て、吐き気を催した。恐怖感に襲われた。恐らく天皇自身も困惑しただろう。「迷惑!」と思ったと想像する。
 天皇制を廃止すれば、一切こうしたことは無くなる!

2016年8月12日 (金)

天皇について その1

 天皇について、日本国憲法第一条にこう規定されている。
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
 1945年8月、日本の敗戦で長い戦争が終わり、天皇制を利用した軍国主義から日本国民は解放された。
 しかし、明治依頼の天皇を特別な存在とあがめる意識は、敗戦で変わったわけではなかった。
 敗戦を受け入れた支配層はもちろんだが、一般庶民も天皇制を廃止することを望んでいなかったのは歴史的事実である。
 一方戦勝国のアメリカ、ソ連、英国、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージランドなどの連合国、さらに中国は、日本の軍国主義を根絶することには意見が一致していたが、天皇制を廃止するか存続させるかは、十分な議論もなく、日本を占領したアメリカが天皇制も含めて日本統治する全権を握る形になった。
 アメリカ占領軍は日本に来て、日本国民の天皇にたいする特別な態度をまじかに見て、「天皇制を廃止すれば、大反発・大混乱を招き、得策ではない。天皇制を存続させたほうが占領政策がうまくいく。」と判断した。
 その結果、この1条ができた。当時の日本支配層や保守陣営、さらには普通の国民も、大きな抵抗感なく、受け入れたのも歴史の事実である。
 そうして現在の天皇はこの1条に記された天皇の地位を忠実に守り、さらに息子たちに引き継ぐために、生前退位を望んでいる。
 僕は1条の「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」に注目している。主権者は天皇でなく、国民である。主権在民が日本国憲法の根本理念だ。
 主権者である僕たちが望めば天皇制を廃止することも可能である。あるいは日本国民統合の象徴の地位という規定を、時代に合ったように変更・修正することも可能である。
 ここから僕の本音。僕は将来(それは何年先か分からないが)天皇制は無くしたほうが良いと考えている。
 その理由。
①天皇及びその家族も日本国憲法で規定されている基本的人権を保証されるべきである。しかし、現状は気の毒なぐらい、自由が奪われている。
 職業選択の自由・結婚の自由・好きなところに住む自由・外出の自由・投票する権利など、普通僕らが享受している自由や権利が著しく制限されている。自由に意見を述べることも制約されている。
 多くの人は問題にしないが、僕は戸籍がないこと・性名の苗字がないこと・納税の義務がないことも、おかしなことだと思っている。
 君が代を歌うことに抵抗感を持っているが、天皇は君が代を歌うこともできない。8月15日、全国戦没者の慰霊祭のテレビ中継に注目してほしい。
 
 国旗・国歌法が強行採決された年の8月15日、僕は12時から始まったNHK放送に注目した。天皇は口を開けて君が代を歌っていなかった。恐らくそれは天皇の意思でなく、宮内庁幹部から、「あなたに向けられた歌だから歌わないでください」とくぎを刺されたものと思われる。
 ことこれほどに、人間としての自由が奪われている。皇太子の奥さんが、精神を病む病気になったのも、非人間的な天皇制に原因があると思う。雅子さんは外交官として活躍されていたら、もっと自分の能力を発揮し、生き生きと幸せに暮らせるだろうと想像する。
②人間皆平等であるべき。人の上に特別な存在の人を置くのは憲法の理念に反する。憲法第14条
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
 ところが天皇はある意味「差別」されている。特別な存在として扱われ、それ故に様々な基本的人権が奪われているという意味において。
 天皇家が普通の家になれば、この制約(不自由)から解放される。
③天皇制が無くなれば、日本人の精神性・ものの考え方も自由になり、民主主義が日本に定着するきっかけになる。
 残念ながら戦後の日本は、天皇制のくびきから解放されていないため、本当の民主主義が育っていない。議会制民主主義という形式的な民主主義が存在しているに過ぎない。   自分の頭で考え、自分の意見を他者に発表し、他者の違った意見にも感情的に反発するのでなく耳を傾け、少数者にも配慮しながら、最終的には多数決でものごとを決める、これが民主主義だと思うが、地域で・学校で・職場で・各種議会で果たしてそのようになっているだろうか?
 他にも理由があるが、長くなるので続きは次回にしたい。

2016年8月10日 (水)

天皇生前退位意向について   庶民感覚では当たり前 騒ぐほうがおかしい

 現天皇が生前退位を望んでいることが、マスコミで大きく報道されている。僕は庶民感覚では当たり前のことであり、騒ぐほうが異常だと考えている。
 年を取って一定の仕事を無難にやれ無くなれば(その心配が生じる年齢になれば)、後進に道を譲るのは自然。天皇も80歳を越えてから体力の限界を感じ、自分が退位して息子に後を継がせたいと思うのは、ごく自然の成り行きだと思う。
 問題は皇室典範だ。明治になって作られ、戦後も改正されていない時代遅れの規定が、問題をややこしくしている。
 主権は国民にある。天皇の地位も、主権者の意向で決められるのが、現憲法だ。先ずは僕たちが自由に議論して、それを受け国会で、皇室典範を改正する議論をして、生前退位を可能にするよう改正案を内閣が出し、内閣が出さなければ、議員発議で改正案を超党派でまとめて国会に出し、出来れば今年度中か遅くとも来年度中には改正して、現天皇を自由にしてあげればよいと思う。
 問題は退位した後の身分だが、普通の人になれるようにしたらどうかと思う。このことは天皇制や憲法に絡む問題を含んでいるので、次回は天皇制について、僕なりの私見を書きたい。

2016年8月 9日 (火)

沖縄・高江レポート 最終回  頑張る人々 高江に集まる人々

 高江に行っていつも嬉しく思うのは、いつも高江現地で頑張っている人たちに会えること。今回も住民の会の人たちや、連絡会の人たち、テントを守っている人たちに再会できた。プライバシーの関係で名前は書かないが、変わることなく頑張っている人たちに会えることは、心強く、うれしい。たまにしか来れないことが申し訳なく思える。
 本土から来ている人の中に、高江や辺野古で一緒に座り込みに参加した人に再会できるのもうれしい。
 京都のY君は僕を覚えていてくれた! 辺野古で会い、フェイスブックでつながっている人とも再会できた。
 今回の宿は、住民の会の「デイゴ家」。そこで新しい出会いもあった。一緒に夕食を食べながら交流できるのも、辺野古とは一味違う高江の魅力である。
 若い人たちが来ていたので、主として僕が夕食作りを担当した。朝食のおにぎり作りも。
 8月は僕のスケジュールが詰まっているので行けないが、9月か10月に、無理やりスケジュールを調整して、また高江の座り込みに参加したいと思っている。今日9日、沖縄からの情報では、まだ強制撤去の動きはない。
 現地では今朝も300名がN1裏に集まり、機動隊や防衛局の動きへの警戒が続けられている。相手はいつ襲ってくるかもわからないから、大変だ。現地に集まる人たちに、心からご苦労さまと言いたい。

2016年8月 7日 (日)

沖縄・高江レポート その7  今後の焦点 N1裏のテント・車を守れるかどうか

Img_5599
 上のテントと車がN1裏を守っている。この奥に林道があり、2つ作られようとしているヘリパッド建設予定地につながっている。
Img_5598
 7月22日はN1表のテントと車が強制撤去されたが、その日以降、N1裏にも警察車両が24時間張り付き、防衛局職員や民間ガードマンも24時間体制で、監視活動をしている。
 常時ここを守っているのは、統一連の糸数さんや比嘉さん、松葉さんなど少数である。
Img_5597
 右が糸数さん。彼とは高江で度々お会いしている。素朴ないい方だ。うれしいことに僕が滞在中、比嘉さんにも会うことができた。
 住民の会や高江連絡会は、N1表担当で、全国の高江訪問団もN1表には来るが、N1裏にまで来る人たちは少なかった。
 ところが現在、これまで寂しかったN1裏が攻防の焦点となり、多くの人が訪れるようになった。
 8月5日夕方には6日の強制撤去に備えて、1000名もの人が集まり、約半数が車やテントに泊まり込んだと現地から連絡が入っている。
 7日現在、機動隊や防衛局の動きは見られないが、明日8日、大きな攻防があるかもしれない。
Img_5644
 上は27日N1裏を訪れた時の様子。フェイスブック用に、自分の写真を知人に撮ってもらった。
Img_5645
 N1裏のテントや車に、防衛局が勝手に張った掲示物。撤去の法的根拠はない。そもそも、このテントや車が置かれている土地の所有者は明確でない。
Img_5646
 この林道及び林は米軍から返還され、現在国有林 となっている。林野庁が管理している。防衛局が沖縄森林管理事務所にヘリパッド建設のため使用したいと要請し、許可が出されている。
 しかし国有林であるから我々が自由に入ることができる。
Img_5658
Img_5659
 約500メートルぐらい入った地点の様子。僕はこのあたりにヘリパッドが作られるのかなと想像したが、実際にはもっと奥、入口から1キロぐらいのところが予定地だと、後で分かった。
Img_5648
 ヤンバルの森の多様な生物を調査・研究し、色々なところで写真展や講演会を開いて、自然保護の観点からヘリパッド建設に反対しているアキノ隊員(通称)。
Img_5651
 右が比嘉さん。人前で話すのが苦手で、この日も皆に挨拶をすることはなかった。比嘉さんと僕はよく気が合い、これまでN1裏には支援物資が届いていないと言うので、必ずデイゴ家に届いている支援物資(水や缶詰)を届けると約束した。
 翌日は僕は静岡に帰る日だったが、デイゴ家の管理人の了解のもと、デイゴ家に宿泊した方が約束の支援物資を届けてくれた。
Img_5649
 テントを守っている統一連の責任者の話を聞く人たち。午前皆N1表の抗議行動に参加していたが、山城博治さんが今後N1裏が焦点になるから現場を見る必要があると案内した人たち。
 22日以降、国会議員や県会議員、市町村議員や一般参加者も多くここを訪れるようになった。
 糸数さんは、おかげで人前でしゃべるのがうまくなったと話していた。

2016年8月 6日 (土)

沖縄・高江レポート その6  氏名訂正と読者の質問「沖縄独立論」について

 その5で島尻安伊子元沖縄担当大臣の名前を、島袋愛子と間違って記載しました。訂正してお詫びします。
 コメント欄に、沖縄独立論に関して知りたいとの読者の要望がありました。高江レポートの本題と外れますが、結縄の人々の独立論に関する複雑な心情・気持ちと僕なりの見解をまとめます。
 沖縄での座り込み集会で、公然と独立を主張するリーダーはこれまでいませんでした。辺野古・高江で挨拶される国会議員・県会議員・市町村議員・労働組合の幹部や市民団体のリーダーも、少なくとも8年前から僕が参加した集会で、独立論を語る人は誰一人いませんでした。
 今回高江で、普天間爆音訴訟代表・島田氏が発言されたのが初めてです。しかし、今年2月、辺野古の座り込みに参加したとき、よく顔を知っている(座り込み活動に熱心に参加されている)男性が、沖縄独立についての討論会開催の案内ちらしを配布していました。僕もそれをもらいました。
 沖縄では独立論に関する講演会や学習会が、時々開催されています。琉球新報や沖縄タイムスにも、その報道や読者からの投稿という形で、独立論が時々記事にされています。
 しかし社説で独立論を支持する・独立に向けて世論形成することは、ありません。これは公の立場で独立論に言及すれば、日本政府や本土の人間の反発があるからだと僕は見ています。
 翁長知事も決して独立論に触れることはありません。しかし、沖縄のリーダーや新聞・言論界の論調を子細に分析すれば、『 自己決定権 』 『 自立 』 がキーワードになっています。
 ここが極めて重要です。民主主義に基づいて沖縄の民意を表してきたが、日本政府は全くそれを無視し、強引に新基地建設を進めようとしている。知事の権限で、公有水面埋め立て承認を取り消したが、それを違法だとして知事を裁判に訴え、最高裁で翁長知事の決定をひっくり返そうとしている。
 
 これは地方自治の破壊であり、民主主義の破壊である。アメリカが沖縄を軍事支配してきた時代と同じであり、日本政府は沖縄を植民地扱いしている。
 これまで歴史的に沖縄は大和から支配・差別されてきたが、辺野古・高江に本土から大量の警察機動隊を送り込んで、工事を強行するのは21世紀の沖縄処分・差別である。
 もう我慢できない! 沖縄はもともと琉球王国という独立国だった。自分たちはヤマトンチュウ(本土の人間)とは違う。基地を撤去・新基地建設を阻止するには、独立したほうが早い。日米安保が及ばない独立国になれば、米軍基地は即時閉鎖・撤去できる。
 公然と独立論を主張しない人も、上記の主張に共鳴する人はたくさんいる。日本政府の強硬策が、上記の主張をますます強く支持する結果となっている。
 昨年8月、琉球大学の島袋純教授の講演会が静岡市であった。このブログでも書いたが、島袋先生はスコットランドの研究者である。スコットランドの多くの人々は英国からの独立を望んでいる。住民投票では独立は過半数に達しなかったが、スコットランド自治政府の首相は独立派である。
 独立を主張しながらスコットランドは、英国政府から数々の自治権を獲得してきた。島袋先生は、沖縄もそれを参考にしたらと考えている。
 自治政府=沖縄のことは沖縄が決める=自己決定権。本土のマスコミでこのことをきちんと書くところはないが、沖縄ではこの考えを支持する人が増えている。
 万が一最高裁が翁長知事の権限を取り上げる不当判決を出せば、この考えが正当性を帯び、公然と主張されるだろう。
 自治政府の研究は学者の段階にとどまっているが、沖縄の民意が無視され、最高裁も含めて国家権力総体が沖縄を圧殺することになれば、沖縄の政治家たちも自治政府を強く叫ぶことになる。
 それは沖縄独立への過程である。すぐ独立は様々な困難がある。しかし自治政府は国連で認められる可能性は大である。
 僕は沖縄の人々が望むことを、支持している。財政的にも、沖縄は十分自立できる。よく政府の3000億円沖縄関連予算のことが話題になる。政府は沖縄振興と基地をリンクさせ、沖縄予算を減額させる方針のようだが、沖縄が日本政府に吸い上げられる税金が3000億円である。
 自治政府がこの税金を自分たちのために使えるようになれば、十分経済的に自立できる。将来的にも観光業や物流業が伸びる可能性が高い。

2016年8月 5日 (金)

沖縄・高江レポート その5 本土へのいらだち

 本土の新聞やテレビ、週刊誌ではあまり伝えられないが、沖縄では大和(本土)に対して、本土に住む日本人(ヤマトンチュウ)に対する不信感・いらだち、人によっては怒りが充満している。
 安倍政権・政府・防衛省に対する怒りは、多くの本土(大和)に住む人間も理解できると思う。(無理解な人も多いが。。。。。。。。)
 しかし今日、沖縄に住む人々の怒りは、日本政府だけでなく本土に住む日本人にも向けられていることを、僕たちは理解する必要がある。
 7月26日(火)午後、高江の集会で普天間爆音訴訟代表・島田さんが挨拶された。この日は福島瑞穂さんも来られていた。
 島田さんはこのように話された。『 日本人は堕落している。 沖縄に基地を押し付け、二十歳の女性が暴行殺害されても地位協定改定には無関心。参議院選挙では改憲勢力三分の二の当選を許している。どうなっているのだ。』
 『 私は牧師だが、牧師らしからぬことを言うとよく人に言われる。しかし牧師の役割は、人々の命を守り、平和を守ること。人々の幸せに貢献するのが、牧師の務めだと考えている。』
 『 これ以上基地を作らせれば、平和な生活が脅かされ、米軍犯罪もなくならない。沖縄は戦争になれば、真っ先に攻撃され、戦場になる。沖縄の米軍基地で訓練を積んだアメリカ兵がイラク・アフガニスタン・シリアその他世界中で、人を殺傷する。』
 『 新基地建設反対の民意は繰り返しはっきりと示されてきたが、大和の政府は本土から多数の警察機動隊を送り込んで、私たちを弾圧している。沖縄は独立したほうがましだ。』
 僕は福島瑞穂さんの表情をみると、明らかに彼女は当惑していた。困ったなあ、という感じだった。
 沖縄から本土を見ると、島田さんのいらだちはよく理解できる。参議院選挙では沖縄の声を代表する伊波洋一さんを、島ぐるみで応援し(統一候補にする過程で色々な困難があったが、沖縄の民意を表すため、大同団結して)現職沖縄r担当大臣・島袋愛子を10万6千票の大差で破り当選させた。
 憲法改悪を許すことにつながる重要な選挙であるにもかかわらず、自民・公明与党の圧勝を許すとは何事か、と本土のだらしなさを責める気持ちはよく理解できる。東京知事選の予測では、小池候補有利との報道もこの日は流れていた。
 実際、東京都知事は小池さんが野党統一候補の鳥越さんを大差で破り当選した。僕も「東京都民、何をしているのだ」、と怒りたくなる。
 沖縄の人々のいらだち・怒りに、僕たちはどう向き合うべきだろうか? 僕はこう考える。共に闘う。現地に行くことが困難は人は新基地建設反対の世論を作る。その世論形成には、色々なやり方がある。
 家族や友人・知人に沖縄で起きているいることを話す。そのために絶えず関心を持って情報を集める。沖縄集会や写真展があれば、出かける。その情報をメールやフェイスブックで拡散する。
 色々な選挙で、自民の候補を落選させ、沖縄に真剣に向き合っている政党の候補者や無所属議員を当選させることも、極めて重要だと思う。
 民主主義を復権させる。自分の頭で考え、判断し、行動する人間を増やすことが、遠いようで沖縄に連帯し、新基地建設を阻止することにつながると思う。
 

2016年8月 3日 (水)

沖縄・高江レポート その4  表現の自由を圧殺する機動隊

 7月22日、テレビや新聞でも報道された機動隊の住民排除・過剰警備・暴力行為は、戒厳令下の無法状態であったが、高江では今もそのような状態が続いている。それを指示しているのは安倍政権・防衛省・沖縄防衛局である。
 Img_5585
Img_5583
Img_5587
Img_5614
Img_5662
Img_5661
 22日は県道70号線を違法に封鎖した。この道路管理者は沖縄県であるのに、勝手に道路を封鎖して東村と国頭村への通行を遮断した。住民や農民、業者にとり、生活道路である。法律に基づく措置ではない。違法行為である。
 8月6日以降、N1裏のテントや車の強制撤去の際も、東村の村道である農道が封鎖される恐れがある。
 県道70号線は駐停車禁止になっていない。これまでも住民や僕達は、路肩に車を駐車してきた。路肩にテントを張り、ヘリパッド建設反対・工事強行反対の意思表示をしてきた。
 これは憲法で認められている表現の自由である。しかし、高江では今もその自由が侵されている。
 工事現場周辺の道路は、警察機動隊が勝手に駐禁として、警察車両をづらりと並べ、僕たちの車を駐車させない措置を取っている。これは道路交通法違反である。
 おかげで僕たちは現場から離れたところに駐車を余儀なくさせられている。
 22日は違法検問が行われた。犯罪者・犯罪を犯したと疑われる者では全くないにも関わらず、現場から遠く離れたところで検問が行われ、免許証の提示、どこに行くのか・身分証書を提示しない者には氏名を聞くなどの違法行為が行われた。
 弁護士によると、警察ができるのは免許証の提示要請だけである。職務質問のような氏名や行先を問う法律根拠は全くない。警察官に何か質問されても答える義務がない・荷物検査を要請されても従う必要がないと、弁護士の先生が集会で話されていた。
 これは全国どこでも当てはまる。1970年前後、東京日比谷公園での集会参加の際、所持品検査がよく行われたが、あれは違法であった。法律の知識がない僕らは、「何も危険なものは持っていないよ」とバッグを空けたが、そんな必要はなかったのだ。
 安倍政権は緊急事態条項を憲法に盛り込むことを狙っているが、万が一憲法改悪を許したら、警察はそれを根拠にやりたい放題をするだろう。言論・表現の自由が完全に圧殺される事態になる。
 弁護士や国会議員がこの違法を追及してくれたおかげで、24日以降検問は無くなった。しかし法律に基づかない駐禁措置は今も続いている。
 現場近くでの表現の自由も制限されている。
 沖縄に本土からたくさんの機動隊が送り込まれている。その数約500人。福岡県警、北九州、大阪府警、関東管区機動隊が派遣されている。警察車両のナンバーを見れば、どこから来ているのか良く分かる。
 明治の琉球処分の時も本土からたくさんの警察官が送られた。沖縄の人々は、その屈辱の歴史が繰り返されていると、本土(大和)の政府に心底怒っている。
 その怒りは、それを許している・無関心で沖縄を見殺しにしている本土に住む人間にも向けられている。
明日そのことを書きたい。

2016年8月 1日 (月)

沖縄・高江レポート その3 赤嶺政賢衆議院議員と米軍の狙い

 僕が高江にいる間に、赤嶺政賢衆議院議員は2回も来てくれた。沖縄の知人からの情報では、30日も国会で政府を追及するため、現場確認に来てくれたそうだ。
Img_5606
Img_5607
 上の写真は7月24日(日)、N1工事ゲート前で撮影。防衛局職員に、住民の会のテントやゲートをブロックしてあった車の撤去の法的根拠や、勝手に持ち去った住民の会の私有物の返還の件で、防衛局職員に問いただしている。
 赤嶺議員は、辺野古・高江にたびたび足を運んでいる。糸数慶子参議院議員と並んで、最も現場の座り込みにも参加し、国会でも鋭く政府を追及されている信頼できる方だ。
 この日の挨拶で、G,H地区のヘリパッド建設に関して、何故ここに作られようとしているのかの説明をしてくれた。以下は彼の説明に基づき、僕なりの言葉を加えた「何故高江に6つもオスプレイ用ヘリパッドが作られようとしているのか?」の解説である。
 G,H地区はヤンバルの自然の中でも最も生物多様性に富む自然の宝庫であり、生物学者や自然保護団体は「ここだけは避けてくれ」と、強く政府や県当局に要望したが、米軍側はどうしても譲らなかった。
 その理由は、海兵隊の訓練上、ここを是非確保したい事情がある。北部訓練場の半分を返還する条件として、米軍は高江に6つのヘリパッドを作れと要求しているが、もともと北部訓練場の北半分は、普段あまり使われておらず、ヘリパッドも古くなり、使い物にならない状況になっていた。
 後で分かったことだが、海兵隊は「使えない土地を返して、北部訓練場の機能を強化する」と米国で説明している。
 G,H地区は宇か川に最も近い。すでに米軍は宇か川河口の海水域と宇か川流域を、新たな訓練区域として提供するよう日本政府に要求し、正式に確保している。
 この狙いは北部訓練場の機能強化である。辺野古新基地を確保し、その軍港から大型輸送艦でオスプレイと海兵隊員、水陸両用車(上陸用舟艇)を宇か川河口の海まで運び、敵前上陸訓練を実施する。
 海兵隊員は宇か川流域の陸上ルートを登り、G,H地区あるいはN1地区のヘリパッドまで行軍する。
 攻撃型のヘリコプターが上陸する海兵隊員を守る訓練を実施し、ヘリパッドに到達した海兵隊員をオスプレイに積み込み、北部訓練場内の別の場所(戦場と想定している場所、ゲリラが潜んでいると想定したジャングル地点など)に運ぶ。そして降ろす、さらには釣り上げる訓練を実施する。
 高江集落は仮想の敵側集落と見立てている。その集落の近くで夜間も含めて訓練するのは、米軍にとり極めて実戦感覚が養える。
 これまでできなかった訓練ができる。辺野古新基地と伊江島の基地、そして新たに機能強化された北部訓練場は、三角形で結ばれる。普天間基地や中部の基地は周りが民家がいっぱいで、激しい訓練はできないが(実態は夜間も訓練し、騒音被害をまき散らしているが)、沖縄本島北部は南部・中部に比べて人口が少なく、やりたい放題の訓練が実施できる。
 北部訓練場の過半の返還(使えない土地)と引き換えに、日本人の税金で新たに機能強化した基地が手に入るのだから、海兵隊(米軍側)にとりこれほどの好都合はない!
 日本政府(防衛省)は、自衛隊も共同訓練で使える・米軍が撤退したら自前の基地となる、そこまで踏んで、沖縄の民意を無視し、工事を強行している。
 そこには高江の住民の暮らし、沖縄の人々の平穏な生活、世界自然遺産登録の価値がある豊かな自然への配慮は、みじんもない!
 本土から500名もの機動隊を送り込み、反対する住民を力で排除し、しゃにむに工事を強行しようとしている。そこには民主主義や法治主義のかけらもない。高江は戒厳令状態に置かれている。

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »