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2016年8月22日 (月)

韓国旅行 ナヌムの家

 今日から27日まで、韓国へ。台風の接近で、飛行機が飛ぶのか心配だ。予定では、今晩7時にソウル大学院生のト・ヒョンさんに再会して、彼女が勧めるチェジュド風の食堂で、美味しい韓国料理を味わいながら、色々な会話を楽しむ。
 23日は、ナヌムの家へ。
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 上の女性は、ペ・チュンヒさん。10年前にナヌムの家を再訪して、彼女が暮らす生活館(居住施設)に招かれ、昼食をごちそうになった後、記念写真をとったもの。
 彼女は1923年生まれだから、生きておられたら今年93歳になる。三度目の再会を楽しみに、今年春に韓国旅行を思い立ち、ナヌムの家へ訪問のメールを送ったところ、昨年他界されたとのこと。
 日本軍の性の奴隷にされたいわゆる軍慰安婦の方たちは、高齢化でどんどんなくなっている。韓国政府に登録された元慰安婦の方は、238人。生存者は、46人。平均年齢は、89,2歳。(昨年12月の時点で)
 生きておられるときに、日本政府がきちんと謝罪をし、ご苦労を掛けた償いとして賠償金(このお金の名称は、心がこもっておれば、生活支援金、死亡者にはお見舞い金 としても良いと思う)を払うべきだと考えている。
 今年は戦後71年。慰安婦問題に一定の終止符を打つべきだ。昨年、日韓政府が元慰安婦を支援する財団の設立・日本政府が10億円の基金を拠出で合意した。
 両政府の頭越しの合意に反発されておられる元慰安婦の方がおられる。謝罪なき金銭解決に怒っておられる。
 15歳から20歳ぐらいまでの青春時代に、日本軍兵士の性の奴隷にさせられ、心と体に傷を負い、解放後も苦難の人生を歩まざるを得なかった彼女たちの心情を想像すると、日韓合意に納得がいかないのは当然だ。
 ナヌムの家に住むハルモニたちも、納得されていないと聞いている。出来たら彼女たちに会い、彼女たちのお話を聞きたい。
 ペ・チュンヒさんは、日本語が堪能で言葉の壁がなかった。僕は韓国語がまるっきりダメだから、通訳が必要。さらに会ってくださるかどうかも分からない。
 どうなるか分からないが、ペチュンヒさんの墓参りはできる。
 24日は 水曜日。日本大使館前で主要集会が開かれる日だ。12時から開かれるので、早めに行き、主催者に挨拶をする予定。通訳をしてくれる方がいてもし可能なら、参加者に挨拶をしたいと考えている。
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 昨年3月31日撮影。21世紀の朝鮮通信使・友情ウオーク出発の前日、ソウルの日本大使館前にて。
 昨年は時間的余裕が無かったが、今回は余裕がある。午前中、日本大使館を訪れて、館内の見学と、慰安婦像撤去問題について、大使館の職員と意見交換をしたいと思っている。僕は撤去する必要がないと伝えるつもり。
 25日は、鉄道に乗り、韓国中部の金堤市に住む友人・ノキョントウさんに再会する。昨日彼からメールが届き、駅で待っていてくれるそうだ。この日は彼の家に泊めてもらう。
 沖縄・高江に何度も座り込み参加で来てくれている方だ。小学校の先生をされている。教育問題や、韓国の政治社会問題などを、話し合いと思っている。
 26日は、全州市見学。この日が唯一の観光。ユ・ヨンジンさんと会いたいが、今回は時間の制約で無理。またの機会としたい。
 妻から高麗人参茶を買ってきてくれと頼まれた。昨年は25日間も韓国に滞在したが、ウオーキング参加だったので、その後日本国内のウオーキングもあり、荷物になるのを避け、何も土産を買わなかった。
 ショッピングもちょっぴり楽しみたい。
 ブログは28日、再開します。
 

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