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2016年9月24日 (土)

福島スタディツアーレポート 3 浪江町の人々その3

 17日5時過ぎに福島県男女共生センターに到着。浪江町役場の方は、まだ来ていなかったが、我々は研修室に待機し、到着をまった。
 電話があり、先方は浪江町仮役場で待っているという。副町長も来てくれることになっているのに、先方を待たせて申し訳ない。しかし、こちらから役場に行くのも大変なので、役場の人に共生センターまで来てもらうことにした。この手違いは、浪江町との折衝は全て田端さんに任せたことによる。
 ともあれ17:30過ぎから、本間副町長の挨拶が始まった。
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 驚くほど若い。県庁から派遣されている。住まいは福島市。馬場有町長が何故県庁に副町長の出向を依頼したのか分からないが、想像するに県の財政面での支援を期待してと思われる。
 この後、山本邦一復興推進課長が、プロジェクターを使って、浪江町の現状・復興計画について、分かりやすい説明をしてくれた。
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 山本さんのお話と配布された資料「なみえ復興レポート」 を基に、現状と復興計画の概略について説明する。
・浪江の人口は、震災前は、21,434人。
・現在町民は全員避難生活。70%約14,500人は福島県内に、30%約6,400人は県外で生活。このなかに同行していただいた石井さんや富士市に避難されている堀川さん(彼に当初同行を依頼したが、法事と重なり実現できなかった。)が入る。
・福島県内 の仮設30か所に、約2,900人、借り上げ住宅に約4,100人が暮らしている。
・県外に避難した人は、全国44都府県約600市区町村に、分散避難生活を送っている。
・震災前は、小学校6つ、中学校3つ、生徒約1,700人がいた。現在それぞれ避難した先の全国380の小学校 と、220の中学校で学んでいる。
・浪江小・浪江中 ・津島小の3校が、二本松市で再開しているが、在学数は3校あわせて26人。
・平成29年4月に、小・中一貫校とこども園を、元の役場周辺に 再開する予定。
・震災後、役場機能は1年半で4回移動。現在は、元の庁舎で70%の職員が働いている。他は二本松市の仮役場で。
・町の大半は帰還困難区域。そこは山林が多く、人口は少ない。町役場周辺と請戸地区の海側は避難指示解除準備区域に指定されているが、来年3月解除の予定。居住制限区域もある。
・上下水道は、役場周辺は使用可能となっている。今年10月、役場敷地内に仮設店舗(10)オープンを目指している。
・来年3月には、役場隣に「浪江診療所」が開所予定。
・コメ作りや花卉栽培も始まった。
・町作りは役場周辺を中心にはじめ、住民の帰還に合わせ周辺に広げていく。コンパクトシティを目指している。
・全国に散っている町民の心をつなぐ「浪江のこころ通信」を発行している。
・避難指示解除後の帰還の意向調査。戻りたい17,8%。戻らない48,0%。判断がつかない31,5%。無回答2,7%。
・町としては無理に帰還を勧めるのでなく、それぞれの判断を尊重したい。
 以上の説明の後、質疑応答。その内容と、僕個人の感想は、次回。

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