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2016年9月22日 (木)

福島スタディツアーレポート 1 浪江町の人々その1

 9月17,18,19日実施した「福島スタディツアー」は24名参加。レポート1回目は、浪江町の人々と題して、聞いたこと・感じたことを報告したい。
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 マイクを手に話しているのは、浪江町から御殿場市に避難されている石井さん。バスの中で、彼女が3.11以降体験したことをインタビュー形式で語ってもらった。
・自分の家は請戸地区の海岸に近いところにあった。津波が来る前に、車で大平山へ家族で 逃げた。小学校の娘とは、大平山で一緒になった。高校生の娘とは12日避難先で再会。家族5人は全員無事だった。
・大平山の手前は車の渋滞で前に進めない。ふもとのあたりから、歩いて逃げた。海水があたり一面あふれ、がれきなどが体に当たったが、逃げる時は夢中だったので、後で体中あざができていることを知った。
・後方の人で波にのまれた人もいた。私たちはほんの少し前のほうだったので、間一髪で助かった。
・大平山には100数十名ぐらいいたと思う。財布だけ持って逃げた。毛布もなく、衣服が水にぬれていたので、とにかく寒かった!
・後で分かったが、自分の家は基礎を残して 全て津波でさらわれた。何もない。
・12日皆が津島方面に逃げるので、自分たちもわけのわからないまま、逃げた。町からの避難命令は聞いていない。
・白い装束の警察官を見た。
・津島で1泊。ヨウ素剤をもらったが、それまで聞いたこともない薬で、副作用があるのではと恐れて、飲まなかった。
・冷たくなったおにぎり1個を、津島でもらっただけ。避難者であふれてきたので、主人の友達が川俣に別荘を持っていたので、そちらに行った。ここで初めて風呂に入り、体中にあざができていることを知った。
・主人は浪江の人だが、私の実家は静岡県御殿場市なので、郡山市まで御殿場の妹に車で迎えに来てもらい、しばらく実家で過ごした。
・4月になり、子ども達(高・中・小)3人は、御殿場の学校に編入。最初はアパート、その後中古の家を購入し、家族5人で暮らしている。
・子ども達は甲状腺の検査を受けたが、判定は問題ない。長女は一時放射能のことを心配していたが、あまり心配しても仕方がないので、考えないようにしている。
・主人は海の近くで育ったので、喪失感あり。しかし自分たち家族は、浪江に戻らないだろう。

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