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2019年1月10日 (木)

素朴な疑問 オリンピックの商業主義

 デイズジャパン12月号の「資本主義の祭典」をよんで、改めて最近のオリンピックのおかしさ・当初目的からの逸脱を考えさせられた。
 僕が子供のころ、オリンピックはアマチアスポーツ選手の祭典だった。プロの選手は、出場できなかった。当時から野球やレスリングなどはプロの選手がおり、いわば国民的人気があったが、そうした選手が出場することはあり得なかった。
 それがいつの間にか、国家が丸抱えする選手が出場するようになり、プロの選手も出るようになった。
 不公平だと思う。貧しい国、貧しいスポーツ環境の選手と、国が莫大な予算をつぎ込み選手を育成する国や、プロの選手としてそれ自体を仕事としてすべての時間を練習に使える選手では、どちらが勝てるのか明らかだ。
 どうしてこうなったのか? スポーツが商業主義になったから。資本主義がスポーツを儲かる商品としたから。
 選手も企業が儲ける商品にされるようになった。有名選手にスポンサーが付き、テレビや新聞・雑誌のコマーシャルに起用されるのは、企業が選手を・そのスポーツ競技を利用して、利潤を得るためである。
 国際オリンピック委員会自体が、テレビ放映権という利権を利用して、商業化するスポーツに拍車をかけている。
 デイズジャパンの記事で、山本敦久・成蹊大准教授は、ノルウェーのスノーボード選手・ハーコンセンの怒りを紹介している。
 スノーボードはメダルや勝利のためでなく、板に乗って自由に体を動かして楽しむことが一番大事という思いから始まった。しかしオリンピックの種目になってから、選手はこうすれば何点取れるかと計算しながらやっている。
 ハーコンセンは、変質したスノーボードに抗議するため、長野オリンピック出場をボイコットしている。
 山本先生は、フィギュアスケートにも同じことが言えると指摘。「辛そうに演技している選手を見ると、心が痛みます。スポーツはそもそも楽しく、自由になるためのもの。何を何回飛んでどう着地したら何点などと点数を計算して、さらに国民の期待を背負って必死に演技するのは、表現スポーツの自由な世界観から一番遠いのでは。」
 引退したフィギュアスケート選手が、アイスショウで心から嬉しそうに演技する表情を見て、山本先生の指摘に心から共感する。

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