伊藤和也さん写真展開催にむけての準備
中村哲医師写真展を昨年7月に開催し、県内各地で同様な写真展をやっていただくように働きかけ、今年1月掛川市・磐田市、2月下旬から3月上旬に菊川市で中村哲医師の写真展が開催された。その時、どの会場でも伊藤和也さんについて見学者から質問があった。また僕たち主催者側も、掛川市で生まれ、磐田市の高校・大学校で農業を学び、ペシャワール会に飛び込み、アフガニスタンで中村先生の下で、用水路建設や農業支援を担い、残念ながら凶弾で倒れた伊藤和也さんを何とか紹介したいと思っていた。ご両親は、「和也単独の写真展なら協力する」との姿勢だったが、付け足してきに和也さんの写真を展示するのを好まれなかった。
そこで、下記の企画を2月に立て、現在、その実現に向けて動き出した。
伊藤和也さん写真展を開催企画原案 竹野昇
【伊藤和也さん写真展開催を思い立った理由】 昨年7月袋井市役所市民ギャラリーで、中村哲さん写真展を開催するにあたり、伊藤和也さんの写真も展示したいとご両親に相談したところ、息子の写真展なら協力するが、中村哲医師の写真展の一部として(いわば付け足しーーこれは私がご両親の気持ちをそのようにくみ取りました)なら協力できませんと言われました。その後今年1月、ララポート磐田で磐田の市民と共に中村哲さん写真展を開催したところ、展示写真のマドラサの寄宿舎建設費は「菜の花基金」(伊藤和也さんが亡くなられてから、和也さんの写真展が各地で開催された折にできた基金)から全額寄せられたと、説明文にありました。それを見た来場者から、「寄宿舎維持管理費は現在どうしているの?」と質問を受けました。袋井・掛川・磐田での写真展では、来場者は伊藤和也さんのことをよく知っておられ、関心の高さを感じました。
伊藤和也さんは県立磐田農業高校・県立磐田農林短期大学校(現農林環境専門職大学)の卒業生。そこで磐田市で母校の生徒・学生さんたちと一緒に写真展をやることに意義があると考えました。
現在伊藤和也さんの写真パネル40枚はご両親の依頼で県ボランティア協会・小野田さんが管理され、磐田市での写真展開催希望を伝えたところ、ご両親も含め承諾をいただいています。
【写真展の目的】
・農業支援に命をささげた掛川市出身・磐田で農業を学んだ伊藤和也さんが、中村哲医師の下でアフガニスタンでどのような活動をしたのかを遠州地方の多くの人々に知ってもらう。
・命の水・食料(生産基盤の農地復興)をアフガニスタンの人々に提供した中村哲医師・伊藤和也さんの夢を継続するために、写真展開催を通して人々にアフガニスタンに関心を持ってもらい、事業の継続に自分が何ができるかを考えてもらう。
・命を支える農業の大切さを、来場者と共に考える。
【具体的取組企画原案】
・磐田農業高校の生徒・農林環境専門職大学の学生ら一緒にやれるよう、校長・学長にお会いし、協力依頼をする。(農林環境専門職大学鈴木学長に3月28日面会し、依頼済み)
4月中旬、磐田農業高校訪問予定。
・幅広い人たちと仮称「伊藤和也さん写真展いわた実行委員会」を結成できるよう、各方面に声かけ・協力依頼をする。
・4月中下旬、磐田農業高校・農林環境専門職大学の窓口になってくれる先生に会う。
・5月、生徒・学生らに会う
・6月~7月、実行委員会立ち上げ
・11月3日(文化の日)~5(土)6(日)前後に開催できるよう会場押さえ
・会場は学生が参加しやすい磐田市中心部(候補はワークピア磐田)
・会期中、若者との交流会、アフガニスタン出身島田の医師レシャードさんの講演会などができないか、学生たちに相談。その他若者企画も。
・後援依頼を 農林環境専門職大学、県農林事務所、遠州中央農協、磐田市・磐田市教委などに。
・伊藤和也さん関係の資料、本、写真集を集める。
*留意点
・大人が中心でなく若者主体の写真展となるようにする。
・農業関係者への協力依頼。
すでに、県立農林環境専門職大学の学長及び丹羽先生を訪問し、さらに磐田農業校高の副校長にお会いし、協力依頼をしている。5月3日の池内了先生の講演会を終えたら、学生さんたちに会ったり、農業関係者に会って協力依頼をする予定です。
« 新緑若葉と人間 | トップページ | 歴史の目撃者ーーロシア・プーチンのウクライナ軍事侵攻と欧米諸国のウクライナ軍事支援・経済制裁、日本政府の対応、改憲軍拡論議の加速化 »

最近のコメント