2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 世の中不条理・不正義・おかしいこと・許せないと思えることが多い どう対応すべきか | トップページ | 3年ぶり辺野古現場からの報告 その2 海上行動 »

2023年7月11日 (火)

3年ぶりの辺野古の現場からの報告 その1 沖縄は暑い 酷暑の中で頑張っておられる人々に敬意を表します

 9日夕方辺野古に着いた。宿「クッション」で出会った人や辺野古集落の様子などは、後で書きます。先ず新基地建設反対の闘いの現場報告をします。

 10日朝、8時15分ぐらいにゲート前に着いた。9時ごろに工事車両が入るので、8時半ごろから工事車両専用ゲート前に座り込む。もうこの時間には気温が上昇し、熱い! 温度測定をしていないが、体感で30度ぐらいだろう。

 この日は愛媛県から4名の参加者があり、約20名ぐらいが座り込んだ。月曜日の現場リーダーは統一連の瀬長さん。大半が沖縄の人々。顔見知りの沖縄の人がいたのでうれしくなった。しかしいつもゲート前で見かけた人たちには会えなかった。安和に行っている人たちもいるのだろう。

 テイケイ警備会社の警備員がずらりゲート前に勢ぞろい。10数名。9時頃には名護署の警官が出てきた。機動隊の制服でなく通常の警官の制服。驚いたことに警官が少ない! 6~7名ぐらい。

 反対派が少ないので、この数で排除可能になっていた。機動隊の物々しい姿は見たくないが、正直あまりに少ない警官に拍子抜け。フェイスブックに連日投稿してくれている方のレポートにも、今日は10名とか、今日は本土からの参加があり20名ぐらいになったとあるが、平日は大体このような状況のようだ。

 コロナ禍で互いの接触を防ぐために、リーダーが警官の排除に対して抵抗せず立ち上がりましょうと呼びかけているので、排除の時間は短い。ダンプカーや機材を積んだトラックが10数台車列をなした時点で警官が僕たちを排除して、車両が続々と基地の中に入っていく。その数約20台ぐらい。

 全ての車両が入った後、ゲート前を抗議のデモをして基地に向かってシュプレルコール。この後テントに戻り休憩をしながら、集会が始まった。瀬長さんが最近の状況を報告。彼は、オスプレイなど米軍の航空機が高度60メートルの超低空で本土全体でできるようになり、いまだ日本はアメリカの植民地におかれていると大和政府を厳しく非難した。次に沖縄平和委員会の女性が、那覇で自衛隊員が通勤で戦闘服である迷彩服を着ていることに抗議していることを報告。クッションに置かれている赤旗に詳しく報道されていたので、僕はこの事実を事前に知っていたが、抗議活動の中心の方からの発言に聞き入り、自衛隊が日常的に沖縄県民の自衛隊慣れ戦略の一環としてこのようなことを行っていることに怒りが沸いた。本土での通勤服がどうなっているか調べたい。

沖縄の退職教職員の女性の発言、愛媛県からの4名の発言が続いた。「ノーモア沖縄戦・えひめの会」の安部さんが代表して、小豆島から埋め立て土さを運ばせない運動や本土各地から土さ搬入を阻止する連絡会の活動などを報告。同じ愛媛県の方だが最近浦添に移住してきた方、安部さんの娘さんが初めて現場に来て感激したとの発言、「日米の対中国戦争態勢とは何かー東アジアでの戦争を止めるためにー」という本を出版した高井さんの発言。

 僕は昨年浜松市で開催した沖縄チャンプルー展や中村哲医師写真展の報告などをした。10時20分に車で、新たな工事が始まっているゲート4に移動。ここは辺野古弾薬庫エリアの工事車両が入るところ。テイケイの警備員がずらり。僕たちはここでも座り込んだ。工事車両が車列をなした11時ごろには警官の姿。この時間帯になると猛烈に暑い。日陰もない。道路のすぐそば。現場では皆さんこうした環境下で頑張っておられる。

 座り込みはすぐ排除され、残念ながら10数台の工事車両が弾薬庫エリアに入っていったが、現場でこうした抗議活動を継続することに意義があると思う。火薬庫5棟が今年11月から作られる。今は弾薬庫に通じる新たな専用道路や造成工事を行っている。自衛隊もこの弾薬庫を使う。辺野古新基地建設と弾薬庫新設が合わせて行われ、日米共同の戦争準備・出撃拠点つくりが進んでいる。

 工事の費用は全て僕たちの税金だ。米軍はびた一文出さない! 自然を破壊し、戦争につながる基地強化工事に抗議しない、黙っている、関心も寄せないのは、日米政府のやっていることを結果として認めることにつながる。猛暑の中、頑張っている人たちの行為のほうが自然だと思う。

 午後は会場行動に参加したが、長くなるのでその2として次回報告します。

« 世の中不条理・不正義・おかしいこと・許せないと思えることが多い どう対応すべきか | トップページ | 3年ぶり辺野古現場からの報告 その2 海上行動 »