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2023年8月22日 (火)

磐田市&伊江村は 戦後平和の発祥地 緑十字機不時着 戦後78年の平和は 鮫島住民の支援から始まった 第6回平和大会 8月20日 レポート1

 長いタイトルの平和大会に、「緑十字機不時着を語り継ぐ会」新メンバーとして、朝8時から夜の懇親会まで、全て関わった。

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 写真の説明文は、磐田市鮫島海岸に緑十字機が不時着し、住民がすぐそれに気づき、日本の降伏文書をフィリピンのマニラでマッカーサーから受け取り、途中沖縄県伊江島の米軍が占拠した飛行場から飛び立って東京まで運ぶ重要な使命を帯びた軍使たちを救出し、住民の協力でわずか8時間余の遅れで無事無条件降伏文書を届けることに成功した歴史的事実を、記念する看板の写真です。

 古い写真は、今回の大会に合わせ沖縄から送られてきた米軍側が撮影した緑十字機関連の貴重な写真です。戦争を正式に終えるのは簡単ではない・天皇が戦争を終わらせたというのは歴史的には間違いです。日本政府が連合国が用意した降伏文書に署名(サイン)して、国際的に日本がもう戦争をしません・負けました・無条件降伏を受け入れます、という意思を表明する必要があります。

 これが9月2日、戦艦ミズリー号での降伏調印です。その重要な文書を無事運ぶお手伝いをしたことを、地元磐田市鮫島地区の住民が誇りに感じ、「緑十字機不時着を語り継ぐ会」を立ち上げ、毎年地域の長野交流センターで記念イベントを開催してきました。

 僕は昨年初めてこの大会に参加し、住民の心意気に感激して直ぐ会員になり、今回の第6回平和大会につながった次第です。緑十字機が飛び立った伊江島を磐田市長を始め関係者が訪問し、それにこたえる形で、今回初めて伊江村から村長・議長・役場幹部らが磐田市を訪問しました。集合写真や鮫島海岸を見学している写真を参照してください。

 夜の懇親会(歓迎会)では、伊江村村長・名城政英氏があいさつの中で、互いの青少年の交流を図りたい・伊江島の子どもたちを静岡県に派遣して伊江村では経験できないことを体験させたい、磐田市の子どもたちを受け入れ伊江島のきれいな海で泳いだり沖縄の文化などを学んでほしい、との提案が出されました。

 伊江村は修学旅行生を民泊で受け入れ、農業体験や戦跡巡り、釣り体験・海で遊ぶ体験など、本土の青少年を積極的に招いています。僕自身、伊江島を訪問した際、本土の高校生が釣り体験をしたり、民宿のおばさんがワゴン車で伊江村の観光ポイントを案内して説明しているのを目撃しています。

 夜の懇親会の席で草地市長に酒を注ぎながら、是非前向きに検討してほしい、派遣費用の問題では参加希望者に例えば半額負担してもらう方法もありですと、お願いしました。

 伊江村の名城村長にも、「いい提案ですね。私は元高校教員ですが、沖縄修学旅行で渡嘉敷島の民泊を経験しています。生徒たちはきれいなな海で泳いだり、シーカヤックを漕いだり、民宿でサーターアンダギーを民宿のおばさんと一緒に作って食べたり、本当に沖縄を満喫していました。双方の中学生を互いに送る事業は、素晴らしい意義あることだと思います。是非実現させたいですね」と、賛同の気持ちを伝えました。

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