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2026年5月

2026年5月31日 (日)

男の道楽 道楽山

道楽として、原野(一部山の斜面)を購入し、道楽山を所有している。果物、今は琵琶と梅の収穫を楽しんでいる。

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下は琵琶。

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 琵琶は今年大豊作! バケツに3回の収穫。まだ採れる。食べきれないので、近所や知人にあげている。琵琶ジャムを妻が作りたいとレシピを調べ、今作ってくれています。

 秋は栗や柿も。ミカンは以前採れたが、木に虫が入り、ほとんど枯れてしまった! また新しいみかんの苗木を植えるつもり。収穫は楽しいが、草刈が大変!

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 2種類の草刈り機を使用しているが、最近異常気象でもう真夏に近い。あせびっしょり。重労働に近い。おまけに機械が故障がち。修理しながら使ってきたが、小型のものはエンジンの回転が遅くなり、近く新しいものを購入する予定。道楽は金も労力もいります。

2026年5月29日 (金)

#高齢化社会(時代)を考える  最終回 当事者としての思い

 多くの方に読んでいただいているので、書き残した点を最終回として自分の考えをまとめながら書きます。

 まず健康・心と体の若さ?を維持する・保つための運動と食生活について。ラジオ体操は退職して20数年継続している。町内の公園で、同じ仲間と共に、雨の日以外は毎日やっている。雨の時は、自宅で、テレビ体操に合わせて。ウオーキングはラジオ体操を終えてから約30分ぐらい、堤防沿いの決まったコースを。新鮮な空気を吸い、緑や空、川を眺めながらの運動は快い。

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 5月から、鎌田先生の本を参考に、かまた体操をラジオ体操の前に約5分、取り入れている。こむら返りリセット法の本は、あまり効果が無いので、最近は取り入れていないが、最近起きる際にこむら返りになるケースが多いので、もう一度読み直し、日常のどこかで取り入れたいと思っている。

 脊柱管狭窄症の本を紹介したいが、どこかにしまい出てこないので、紹介できないのが残念。完全に治ってからも、毎朝目覚めた時、ふとんの上で約15分リハビリ運動を継続している。

 食生活は朝昼晩と必ず野菜をたくさん食べる。肉や魚もどちらか毎食欠かさない。バランスよく色々な食材を接収するよう心掛けている。サプリメントは摂取したことが無い。天然・自然の食材から必要な栄養類を取るのが一番だと考えている。

 働いている時は時間的余裕がなかったが、退職してから忙しいとはいえ、働いている時に比べると余裕があるので、上記の運動ができるのはありがたいと思っている。おかげで、医者通いがあるものの、何とか健康を維持できている。食事もゆったり時間をかけて食べる。特に朝食や昼食は急ぐ必要が無いので、新聞やテレビを見ながら、食べれるのが嬉しい。

 考えてみると、後期高齢者の生活を楽しんでいる。

2026年5月27日 (水)

#高齢化社会(時代)を考える 続き 当事者としての想い

 前回はかなり明るい内容でした。今回は79歳になった体の現状から、高齢化社会(時代)を考えてみたいと思い、続編を書きます。

 誰しも一定の年齢になると、病気や体の不具合、痛み、違和感、医者通い、薬の服用はあります。人により異なるが、大なり小、何らかの健康上の問題を抱えているはずです。外面では見えないだけ。実は僕も色々な体の問題を抱えています。

 緑内障で、もう20年近く眼科医に通院。治療は定期的な検査と眼圧を下げる目薬を毎日寝る前に点滴。医者からは、それをやめると、視野がどんどん狭くなり、目が見えなくなると脅されています。先月の診察で、医者から車の免許を手放したほうが良いと言われ、「冗談じゃない。自分の感覚では運転上問題ない」と、そのアドバイスを無視しています。自動車学校での検査でも問題なし。ただし、夜間の運転、特に高速道路での夜間運転は避ける様にしています。

 人間ドックで不整脈が見つかり、精密検査を受けたところ、心房細動と診断され、いわゆる血液をサラサラにする薬を服用して、もう5年になる。2か月に1回の通院を強いられ、医者からは一生この薬を飲む必要があると言われています。遅い飲酒を伴う食事の後、風呂に入って、出ようと立ち上がった際、急におかしくなり、妻にヘルプを頼んだことが何回かあり、酒を控える様になりました。最も6時台の夕食では、少量の飲酒を楽しんでいます!

 昨年5月中旬に突然100メートルぐらい歩くと強烈な痛みが足のふくらはぎあたりに走り、しばらく歩行が難儀になりました。医者にかかると、脊柱管狭窄症と診断され、3か月ぐらい医者通いしたが、痛み止めの薬を飲んだが改善せず、ウオーキングや旅行を楽しめなくなり、ピースボート3回目の世界一周は断念に追い込まれました。

 たまたま新聞に適切なリハビリ体操を提唱する医学博士の本の宣伝が目に留まり、その本の指示に従い、毎朝寝床で約15分ぐらいのリハビリ体操を続けたところ、昨年11月ごろから劇的に痛みが取れ、今は完全に元に戻ています! 薬の服用も無し。これは成功体験で知人にも進めています。

 肩や首回りが痛くなり、リユウマチ性多発筋痛症になったのは、4年前。薬の服用で痛みを緩和する治療を受けてきたが、ステロイドの薬は副作用の心配もあり、痛みがほぼとれたので、医者にもう薬を飲みたくない、治療も終わりにしたいと申し出て、今年3月から、薬を飲まななくなったが、現在の所、問題なし。

 男性に多い頻尿の悩みも抱えています。特に冬場はやたらとトイレに行きたくなり、頻尿防止のクスリを飲むようにしています。暖かくなるとクスリは飲まず、できるだけ膀胱を締める=つまり我慢するように努めて、トイレに行く回数を減らす努力をしています。

 その他、ひざが痛い、手首が痛いなど、あちこち不具合を感じるが、これは高齢化に伴うやむを得ないものと、あきらめ、前向きに、気にしないように努めています。

 こうした体の不具合はよく考えれば当たり前! 建物・機械も劣化する、故障します。人体も同じ。メンテナスは全ての物体(人体含む)に必要と割り切って、前向きに、明るく、やりたいこと(僕の場合、社会活動や旅行など、たくさんありますが)を、死ぬ直前まで続けたいと思っています。

2026年5月25日 (月)

#高齢化社会(時代)を考える 当事者として

 今日、僕は79歳の誕生日を迎えました。社会的には、高齢者、行政の言葉では、後期高齢者の仲間に入ります。本人は気持ち(意識)の上では高齢者(後期高齢者)と認めたくないのですが、他者から見れば、また社会的には高齢者として扱われるのは、致し方ありません。

 今日の中日新聞に、「65歳以上の働く人は、2024年で930万人」とあります。実際、自治会活動をしていて気づくのは、自治会長で完全退職者のほうが少なく、非正規やパート、アルバイトの形で、何らかの仕事している人が大半です。自治会の役員も同じで、心よく役を引き受ける人が少なくなり、どの自治会も引継ぎが一苦労。

 年金だけでは豊かな生活を送れない事情が一番大きいが、もう一つ働く高齢者が増えてきた事情は、まだ働ける=健康で元気、が大きな要因です。

 僕の妻は、77歳ながら現役のケアマネジャーをしています。恐らく、この勢いでは、来年度は続けるだろうと思っています。働けるのは幸せ。このような思いで、多くの高齢者は生活をしている。

 とても良いことだと、思う。僕自身は、市民運動・自治会連合会の活動が、いわば仕事のようなもので、やるべきことがたくさんあり、退屈することはありません。

 やりたいことができるのは、先ず健康であり、気力もあり、幸せだと実感しています。後期高齢者になったと悲観する理由は、全く見当たりません。

2026年5月24日 (日)

#辺野古学習教育基本法違反か? 文科省の違法認定は間違い 平和教育を委縮させる

 辺野古の海で、平和学習のため船に乗った高校生が死亡した件を、自民党が問題視し、文科省が同志社国際高校の修学旅行での辺野古学習は、「教育の政治的中立を定めた教育基本法に違反する」と、戦後教育基本法ができてから初めて違法認定をした。

 教育基本法は、「特定の政党を支持し,またはこれに反対するための政治教育その他の政治活動」を学校現場で禁じているが、国際高校の辺野古学習は、それに該当しないはずである!

 新基地建設を沖縄県民=沖縄県知事の反対を無視して強行しているのは国。その現場を埋め立てられている辺野古の海から見学するのは、極めて教育的である。どう考えるかは生徒の判断である。考える機会を学校が提供し、それに協力したのがヘリ基地反対協海上チームである。

 元々海上チームは営利を目的にせず、マスコミ記者や辺野古に関心がある本土を含め沖縄の住民や団体に無償で平和丸や不屈に乗船させ、案内してきた。営利を目的にしないから、役所への届けをしなかったのは、なんら法的に問題ない。

 基地建設が始まって(実は建設以前から)、ヘリ基地反対協は船を出し、そうした活動を20年以上やってきた。事故もなかった! 今回の2人の死亡事故は本当に痛ましいが、船を出す船長の判断は、当時の気象でも問題なしと判断したのであり、普段と変わらなかった。普段から、沖合に波浪が出ていても風速4メートルなら船を出していた。カヌーは風が強いと出さない。

 3月16日海に出る時、沖合の海から見学している時は特に問題なかったが、戻る頃から風と波が強くなり、2隻とも転覆する悲しい事故が起きた。防衛省や海上保安庁さらには辺野古推進の自民党国会議員らが、この死亡事故を契機に、辺野古の運動をつぶすために今回の攻撃を仕掛けてきたと見ている。

 委縮する必要は全くないが、現場の先生や管理職はも文科省の決定に大きな影響を受けるだろう。元々公務員(教員含む)は無難を尊ぶ。上から(教委)、にらまれるのを恐れる体質がある。

 平和教育が辺野古学習だけでなく、あらゆる平和教育(修学旅行や野外教育、校内での講師を迎えての学習等)に、今回の決定が悪影響を及ぼすのではないかと恐れる。

2026年5月21日 (木)

#中国と平和な関係を築けない高市政権 軍事=軍拡では日本の平和や豊かさを守れない!

 高市首相が台湾問題が日本の存立に大きな影響を与えると、台湾有事をことさら大きな政治問題にしてから、中国の反発=日本への警戒感が強まり、中ロ首脳会談の後の記者会見で、周国家主席は日本を念頭に「軍国主義を復活させようとする行為に反対する」と、批判。さらに共同声明は日本を名指しし、「右派勢力が、核兵器保有などの容認しがたい野心と挑発的な行為をしている」と主張した。

 最近の日本が外交でなく軍事優先の中国政策をとっていることに敏感になっているのは、中国政府だけでなく、恐らく多くの中国の人びとや、韓国を含め日本の植民地支配=軍国主義の被害を受けたアジアの多くの人々も、心の中では、日本は危険になってきたと感じていると思われる。

 僕たち日本に住む人間も、「継戦能力を高めるため、弾薬を製造する会社を国有化したい」「弾薬庫を増やす」「原子力潜水艦保有を検討」「防空能力強化のため、ドローンを大量生産=保有=性能向上、無人機配備」「防衛予算増」などなど、マスコミが伝える政府の動きに、危うさを感じている。

 まるで戦争前夜のような動きだ。沖縄の離島(与那国島、宮古島、石垣島など)では地下シェルター建設、住民避難計画(九州や山口県へ)も政府は本気で進めている。

 いくらこうした対処をしても、住民(国民)の安全や安心=平和な生活は守れないと思う。日本の動きを軍国主義として、相手側がさらに軍事能力を高め、互いに際限のない軍拡競争に落ちいるだけだ。

 税金が軍事に取られ、福祉や教育、医療、社会インフラなど、生活に密着した予算が減額される。「国が大きくなっても?」も国民生活は小さくなる。人間の幸せは軍事では保証できないと思う。

 

2026年5月20日 (水)

#高市政権マイナンバーカード取得を義務化検討 とんでもない!

 高市政権がマイナンバーカード取得を義務化するよう、自民党が政府に提言する動きをマスコミが報じた。当初マイナンバー制度導入の際に、「義務ではない。任意です」と政府が説明したのを公然と反故にする(ウソをつく)動きだ。

 今の段階では、自民党が政府に提言する動きだが、国家を全面にふりかざす高市政権は本気で検討し、来年度国会で法案が出されるものと思われる。

 マイナンバーカードを保健証にするのも、当初そのような説明は全くなかった。政府のウソは目に余る。現段階では、保険証をマイナンバーカードに紐付けにしない、また従来の保険証(その証明書)を使うのは、自由である。

 僕は作らない自由を選択し、マイナンバーカードは取得していない。それで困ることは全くない!  マイナンバーカードを取得した人たちの中で、昨年度90万人の人が継続を希望せず、やめている。病院の窓口では、マイナンバーカードの不具合が相次ぎ、使い勝手が悪いことが問題になっている。

 妻はケアマネジャーをしているが、高齢者は暗証番号を覚えられづ、5年毎の更新手続きに行けないと、問題点を指摘している。このような実態があるにもかかわらず、義務化する必要性がどこにあるのだろうか?

 

2026年5月17日 (日)

#愛子天皇を望む週刊誌と高市政権が男系天皇制存続に固執する問題点 僕の基本的な天皇制に関する見解

 すごく難しいテーマに挑戦します。民主主義を大切にする見地から、この深刻な問題は避けて通れないと思うからです。先ず週刊誌が愛子天皇を切望する理由は、極めて分かりやすい。女性の読者をさらに増やすには、愛子天皇の誕生は、会社にとって大きな追い風になるから。さらに、男女差別を無くしたいと会社の幹部や社員が考えていると思う。この点は僕も女性週刊誌に賛成です。

 男でなければ家を継げないことはあり得ない。神社やお寺も相続する男子がいなければ、女性が神官や僧職を継ぐのは、当たり前に世の中になってきた。

 これは民主主義社会に取り、健全で当たり前のことだ。しかるに天皇家にそれを認めないのは、誰が考えても、女性差別で、憲法に反する! この理念から僕は愛子さんが天皇になるのは、ごく自然だと思う。

 高市政権は、全く前時代的。男系の天皇制存続のため、安定的な皇位継承のため、「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案」を、皇室典範改正に盛り込みたい考えに固執している。

 反民主主義、女性差別丸出しの考えだ。天皇制存続には、一定の数の男子継承者を確保したいとの思惑だ。これは天皇家一族にとっても、重いプレッシャーになる。天皇家の人びとの人権を尊重しない考えだ。

 僕の基本的な考えは、人間は生まれながら皆平等!  人権を認められない特別な存在(天皇家一族)を作ってはいけないと思う。その意味で天皇制を無くしたほうが、天皇家の人びとにも、国民にとっても良いと思う。

2026年5月16日 (土)

#農業(家庭菜園)の勧め

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 ここ1週間、色々な活動と並行して、農作業に精を出している。一番上の写真は、ミニ耕運機で耕し、畝作りの後。ここになすびやトマトの苗を植えた。

 次の写真は、さつまいもの苗を植え、水やりをしたところ。次は、ムラサキという葉物(サラダや野菜炒めに向いている)の周りに、稲わらを敷いた様子。最後もナスやゴーヤ、オクラ、ピーマンに稲わらを敷いた写真です。

 写真に納めてないが、カボチャの苗も植え、同じように水やりと稲わら敷をやりました。

 まだ植えるスペースがあるので、地這えのキュウリの苗も植える予定。僕が借りている畑は約70坪。農作業小屋もある。20数年前から借りている。地方都市故、耕作放棄地がたくさんあり、昨年までは年3000円。今年から4000円の借地代を払っているのみ。

 わらは友人からもらい受けた。農作業は時間がかかり(特に草取り)、楽ではないが、楽しい。畑を耕していると、小鳥がミミズを食べにやってくる。そのしぐさがなんともかわいい。

 収穫して、自分の栽培したものを食べるのは、無上の喜びです。

2026年5月14日 (木)

#中部電力の原子力事業からの撤退を求める運動

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 13日、静岡市役所西の広場と歩道付近で、中部電力の原子力事業からの撤退を求めるアクションを実施した。僕も世話人の一人である「浜岡原発の再稼働を許さない静岡県ネットワーク」や浜ネット、静岡の金曜アクショングループ、焼津市や島田市の団体など、多くの団体が協力してアピール活動をした。マイクで訴えたり、署名活動やデモ(パレード)も実施した。

 約80名が参加。14日が菅直人首相(当時)の要請で浜岡原発が停止した日。今年で15年になる。その前日に県民にアピールし、原子力事業からの撤退を求める運動を大きくするのが僕たちの狙い。

 マスコミ各社が取材し、テレビや新聞で取り上げてくれた。この運動は中電が決断するまで、継続します。

 

 

 

2026年5月12日 (火)

#母の日 プレゼントと母の思い出

 5月10日は母の日だった。商業主義でできた日だが、つられて、妻に母の日プレゼントをした。

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 ささやかな花のプレゼントだが、妻は喜んでくれ、玄関に飾ってある。 僕自身の母(20年前他界)には、一度もそうしたことはなかった。親不幸というわけでなく、当時はそうした風習は無かった。

 花を見ながら、自分の母のことをあれこれ思う。80歳で死亡するまで、ずうと働きづめだった。農家に嫁ぎ、3人の息子を育て、農作業一筋だった。

 長男が30歳で病気で死亡。三男は39歳の時に突然死(心不全)。残された僕をとても大切にしてくれた。ある意味、僕が母の生き甲斐だったかもしれない。

 僕にできることは、春・秋の農作業を手伝うため、連休を利用して静岡県から三重県伊賀市に帰省すること。大した労働力にならないが、一緒に農作業をするのは母にとり、また僕にとっても嬉しかった。

 お盆と正月にも必ず帰省した。これがせめてもの僕の恩返しだった。今は、自分が少しでも元気で長生きすることが、母に対する感謝だと思っている。

2026年5月11日 (月)

#原発と再生可能エネルギー 世界に遅れる日本 原発・化石燃料発電に依存は国策の誤り

 世界は今、再生可能エネルギーによる電力発電が化石燃料を上回って、3割を超えている。2025年には5割以上になると研究者は伝えている。イランへのトランプ政権による戦争で、中東の石油確保が難しくなり、この流れが加速している。化石燃料(石油、天然ガス、石炭等)に頼るのは、エネルギーの安全保障にも反する。賢明な国は、本気で再生可能エネルギーによる電力発電拡大に取り組んでいる。

 ところが我が国は、真逆。原発依存、化石燃料依存政策から抜け出していない。国策を誤り、古い政策(特に使用済み核燃料からモックス燃料を作りだし、核燃料のリサイクル政策、これは技術的破綻している)に固執している。

 コスト面でも、リスク面でも、原発は割に合わないのが分かっていながら、政策を変えようとしないのは、異常である! このの愚かな政策を変えるのは、市民力だと思う。皆で声をあげるほかない。昨日10日は浜岡原発立地自治体の御前崎市で、スタンディングをしました。

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 8日は袋井駅前でもやりました。

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2026年5月 8日 (金)

#袴田ひで子さん講演会in袋井 報告その3 男性を怖がる巖さんの原因

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 上は静岡新聞。下は中日新聞。写真は無いが、朝日新聞、読売新聞も取り上げてくれた。袴田ひで子さんは注目の人だと改めて感じる次第です。

巖さんは本来もっと光を浴びるべき人ですが、残念ながら拘禁症状がいまだ続き、記者のインタビューに答えることができない。3日当日,ひで子さんが、袋井に行く?と問いかけたら、「車」で行くなら行くとの返事があったので、来てくれた。白井マネジャーから巖さんが来るが、建物の中に入るかどうか、中には行っても講演会の会場に入ってくれるかどうかも分からないと告げられたが、迎えに出たところ、嬉しいことに中に入り、一緒にエレベーターで4階まで上がり、控室に入った。

 親しく巖さんに声掛けをしようとしたら、車いすを押すサポーターの女性が、さりげなく小声で、「巖さんは男性が怖いので、声掛けはせず、あまり近づかないほうがいいですよ」とアドバイスしてくれた。

 咄嗟(とっさ)に理解した。「警察で長時間厳しい取り調べをしたのは、恐らく男の刑事や検察官。死刑を宣告した裁判官も男性。(当時は女性の刑事や検察官、裁判官が少なかった)。拘置所の看守も男ばかり。自分を長い間苦しめたのは、男だったから、巖さんは男性をいまだ警戒しているのだ!」

 本当は優しい言葉や感謝の気持ちを伝えたかったが、アドバイスを尊重して、握手して「長い間大変でしたね。今日はありがとうございました。」との声掛けは断念した。

 巖さんは会場内での短い挨拶の中で、「世界選手権を希望しています。よろしくお願いします」と話したことを、ひで子さんは「なんで世界選手権なんて言うんだろう」と、講演終了後の控え室で、「拘禁症状のせいで訳が分からないことを言うのですよ」と説明した。

 僕はひで子さんに、「きっと巖さんは講演会場に人があふれていたので、ボクシングの試合を思い出して、そのように言ったかもしれませんね」と解説した。

 認知症の人(巖さんは認知症ではないが、普通の会話ができないのは同じ)は、子供の頃や若い時の強烈な体験は、よく覚えている。そのような内容だと、会話が成立する。僕は知人や親せきの認知症になった人と、まあまあの会話を何度もしているので、巖さんといつか機会があれば、お話したいと思う。

 それにしても、いまだに巖さんを苦しめている無実の人を殺人犯に仕立てた警察官たちや検察官たち(証拠を捏造までやった警察官たち、多分捏造かもしれないと疑問に思いながら、刑事の調書(筋書き)をそのまま引き継いだ検察官たち)、また矛盾に満ちた警察・検察調書を巖さんが犯人に違いないと頭から決め込み、裁判で真実を解明しようとしなかった男性裁判官たちの罪は重い。

 

2026年5月 6日 (水)

#袴田ひで子さん 「役所(権力機関)は過ちを認めない」と語る ひで子さん講演会報告の続き

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 質疑のところで、完全無罪判決後に検察のトップが自宅に謝罪に来た件での話。「一応誤りはしたが、検察はその後も巖を犯人にしたことを組織の間違いと認めていない。役所は自分たちの間違いを認めないです。それを認めたら、組織がダメになると考えているのでしょうかね?」

 この言葉の持つ意味は大きい。政治権力(政府・県市町当局)、警察・検察、自衛隊は不都合なことは一応誤る(弁解する)が、根本的に組織の間違いとは絶対に認めない!

 裁判所(裁判官)は自分たちが下した判決(決定)の間違いを認めるのに、数十年もの長い時間を要する。民間つまり私たちの常識(倫理観)とは遠い世界が権力機構だと思う。

 その権力と闘うことがどんなに大変か、ひで子さんは身をもって体験され、上記のお話をされた。僕は講演会の資料として、下記の参考資料を作成し、受付で参加者に配布した。

参考資料  冤罪被害者袴田巖さん・姉ひで子さん家族が完全無罪判決を勝ち取るまでの58年間の長い歴史

1966年6月30日 当時清水市のみそ製造販売会社経営専務宅全焼。焼け跡から一家4人の遺体発見。遺体はいずれも10カ所以上の刺し傷がある殺人・放火大事件発生。

   直後から警察の捜査で、工場住み込みで働いていた袴田巖(当時30歳)が疑われ、事件発生49日後に逮捕される。

   逮捕から19日後、拷問に近い長く厳しい取り調べから解放されると思い、警察の言いなりの ”自白“に落ち、45通の自白調書が取られる。

   しかし、その大量の自白調書は、裁判で任意性に欠けるとして証拠から排除され、採用されたのは検察調書1通のみ。

1966年11月15日 静岡地裁公判始まる。巖さんは自白を撤回し、それ以降一貫して無実を

  訴える。

1967年8月31日 みそタンクから血染めの衣類5点が発見される。

1968年9月11日 静岡地裁死刑判決を下す。

  (2007年、1審死刑判決を書いた元裁判官熊本典道さん「本当を言えばこの裁判で袴田巖さんに無罪の心証を持ったが、2人の先輩裁判官を説得できず、やむなく死刑判決を書いた」と告白されたことが報道された。)

1969年5月29日 東京高裁第2審公判開始。

1976年5月18日 東京高裁 控訴棄却 最高裁に特別抗告。

1980年12月12日 最高裁上告棄却。巖さんの死刑確定。

  (巖さん、死刑囚の独房に移され、死刑の恐怖におびえ、拘禁反応現れ始める。)

1981年4月20日 静岡地裁に再審請求。

1994年8月8日 地裁再審請求を棄却。東京高裁に即時抗告。

2004年8月26日 東京高裁抗告棄却。最高裁に特別抗告。

2008年3月24日 最高裁抗告棄却。

2008年4月25日 第2次再審請求を静岡地裁に出す。

2014年3月27日 静岡地裁村山浩昭裁判長「重要な証拠が捜査機関に捏造(ねつぞう)された疑いがある」と再審開始決定。袴田巖さん、東京拘置所から釈放。48年ぶりに自由の身となり、ひで子さんと共に浜松市で暮らすようになる。

   しかし、検察は東京高裁に即時抗告。

2018年6月11日 東京高裁 再審を認めない不当判決。最高裁に特別抗告。

2020年12月22日 最高裁 高裁決定を取り消す差し戻し判決。

2023年3月13日 東京高裁 2014年の静岡地裁再審開始決定を支持し、検察の即時抗告を棄却。検察特別抗告せず、再審開始決定が確定。

2023年10月27日 再審公判。以後計15回、裁判のやり直しを行う再審公判が開かれる。

2024年9月26日 静岡地裁 再審無罪判決。検察、10月9日、上訴権放棄。無罪判決が

 確定。58年間の苦しみから解放される。

*権力による袴田巌さん犯人のでっち上げ、そのための証拠捏造、取り調べ調書や録音テープを長期間隠す・出さない、そのため裁判では棄却・棄却・棄却・棄却・棄却の連続。気が遠くなるほどの時間だ。

 

2026年5月 4日 (月)

#袴田ひで子さん講演会in袋井市 大成功でした!

 5月3日、私が代表を務める”憲法記念日袋井市民のつどい実行委員会”主催、袴田ひで子さん講演会を、袋井市教育会館4階大会議室で行われた。今回で38回目。

 当初200名ぐらいを予想し、イスや受付が配布資料を200としたが、約250人の参加をいただき、イスや資料が足らなくなり、申し訳ない事態になった。お詫び申し上げます。

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 予想以上の来場者だけでなく、袴田巌さんが会場に来て下さり、あいさつをするハプニングもあった。挨拶をされるときの巖さんはもっと良い表情をされていたが、撮りそこなかったので、上の写真はひで子さんのお話を眠るように聞いている巖さんです。

 ひで子さんは本当に元気はつらつで、講演会終了後よせられたアンケートの多くは「ひで子さんに元気をもらった」と書いた人が多かったです。

 イスが足りなくなり、僕もずっと立ったままだったので、下記の質問に対するひで子さんのお話のメモを取れませんでした。印象に残ったひで子さんのお話を紹介します。

袴田ひで子さんに話していただくための質問へのお答え

1)全く関係ない一家4人殺害・放火事件に巻き込まれた家族として、裁判が始まる前までのお話をしてください。

 【 巖が働いている工場での事件に驚いたが、巖がそんなことをするはずがないと思ったので、最初は関係ないと思った。しかし、その後新聞報道で、巖が疑われているのを知ったが、それは従業員全てだろうと、特に心配しなかった。浜北の実家に巖が時々帰ってきたが、特に変わった様子もなく、家族は安心していた。ところが巖が逮捕されたと報道で知り、これは大変なことになったと思った。】

2)逮捕されている清水署で、弟の巖さんに面会した時の巖さんの様子、その時の

   ひで子さんの感想を思い出す限りお話し下さい。

 【 巖は元気そうで、自分はやっていないと話し、母と一緒に面会したが、私たちは巖から元気をもらった。】

3)巖さんが犯人にされ裁判で有罪になった証拠は警察による捏造でした。家宅捜査を含め、証拠捏造についてお話し下さい。

 【 5点の衣類が発見されたが、DNA鑑定で巖の血液が検出されず、安心した。(竹野補足 この鑑定は再審公判で出されたものです。浜北の実家に警察が事件から1年以上経ってから、ミソ樽から血染めの5点の衣類発見後、家宅捜査に入り、タンスからズボンの切れ端が出てきたことには、ひで子さんは触れませんでした。)】

4)1968年9月11日、静岡地裁で、死刑判決が下った際の心境はいかがでしたか。5)死刑判決の2か月後、お母さんが死亡され、さらに翌年お父さんが亡くなられた際のお気持ちをお聞かせ下さい。

 【 巖がやってもいない事件で死刑判決が出て、母は大ショックで元気を失い亡くなりました。私は母親への親孝行として、絶対無実を晴らさなければと自分に誓いました。】

6)死刑判決を下した熊本典道裁判官が退職してから、2007年に語った

「自分は巖さんはやっていないと思ったが、他の2人の裁判官が犯人だと判断し、多数決で死刑となった。主任裁判官の自分があのような判決文を書かざるを得なかったことを悔いている。袴田さんに申し訳ない」という言葉を、新聞などで知った時のお気持ちと、その後ご本人に面会された時のことをお話し下さい。

 【 熊本さんに九州まで会いに行き、ご本かどうか確認してその話を直接聞き、本当にうれしく思いました。】

7)ひで子さんが勤めていた会社の社長や社員は、ひで子さんに理解があったそうですが、世間の目はどうでしたか? 新聞・テレビ・週刊誌が、袴田巖さんが強盗・放火・一家4人殺人事件の犯人と騒ぎ立てたので、さぞつらい思いをされたと想像します。そのころのお気持ちを話してください。

 【 私は嫌な報道を見たくも聞きたくもなかったので、死刑判決後は一切報道に接していません。同級会にも行かず、世間から自らを閉ざす生活をしました。酒を飲むようになり、アルコール中毒寸前になったこともあります。】

8)色々な方や団体が裁判の支援をしてくださり、それが完全無罪判決に繋がっていると思います。裁判支援についてお話し下さい。

 【支援はありがたいです。浜北市の渥美さんが署名活動などをやってくださり、励まされました。再審開始から全国的に支援の輪が広がり、そうしたことが無罪判決につながったと思っています。】

9)巖さんの拘禁反応や巖さんの様子についてお話し下さい。

 【 最高裁で死刑判決が確定してから、独房に移され、巖が変な事を言うようになりました。それは、釈放後も変わっていません。家に戻った当初は、家の中をぐるぐる歩き回っていました。そのうち一人で外を歩くようになりました。最近は足が弱り、支援者の車でドライブをしています。食事は何でも食べています。】

10.再審から完全無罪判決まで長い時間がかかりました。再審請求してから

   2025年静岡地裁で完全無罪判決を勝ち取るまでの長い裁判闘争について

   お話し下さい。

 【 本当に長い時間がかかりました。再審がもっと早く開かれていたらと思います。】

11.日本国憲法とひで子さんたちの闘いの関連について質問します。私たち“憲法

   記念日袋井市民のつどい実行委員会“では、ひで子さんたちの闘いを、憲法

   11条・13条で保障された「生命、自由、幸福追求という基本的人権」を

   勝ち取る闘いだったと認識しています。また12条では「この憲法が国民に

   保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければ

   ならない」と書かれていますが、ひで子さんたちはまさに血のにじむ思いで

   頑張り、死刑囚の恐怖から解放され、自由と人間の尊厳を勝ち取り、基本的

   人権を回復されました。すごいことだと頭が下がります。

    これまでの長い闘いを振り返って、憲法を意識されたことはありましたか。

 【 無罪を晴らすのに必死で、憲法を読んだこともなかったです。憲法に書かれていることを国はその通りにやってもらいたいです。】

12.最後の質問、再審制度見直しについてです。巖さんの無実を晴らすのに長い

   時間がかかったのを教訓として、今、再審制度見直しが大きな問題となってい

   ます。

   ひで子さんは色々なところに出かけ、再審制度見直しを強く訴えておられま

   ますが、改めてお考えをお話し下さい。

 【 巖は無罪になるまでこんなにも時間がかかりました。法務省の案でなく、検察の抗告を禁止して早く再審裁判ができる様にしてほしいです。証拠も全て出すようにしていただきたいです。】

 

 

2026年5月 1日 (金)

#世界の軍事費増大 これで平和は守れますか? NO!

 恐るべき数字(金額)だ! スエーデンのストックホルム国際平和研究所は、毎年世界の軍事費を調べて公表している。2025年の世界軍事費総額 前年度2,9%増 2兆8870億ドル 日本円では約460兆円 となり、過去最高を更新している。

 26年度日本の国家予算は借金(国債)を含んで120兆円ぐらいだと思うが、その4倍近くのお金が人を殺すための軍事費(人々の暮らしを豊かにする税金の使い方に反する非生産的な支出)に使われている。

 アメリカが9540億ドル。中国3360億ドル。ロシア1900億ドル。この3か国で世界全体の50%以上に上る。アメリカ国民、ロシア国民は、自国が無謀な侵略戦争を続けている被害を受けている。決して幸せになっていない!! 攻撃されるウクライナやイラン国民、ガザ・ヨルダンに住む人々は、この莫大な軍事費による戦争継続で、最大の被害=苦難を受けている。世界全体も不安や絶望感に襲われ、無力感、明るい未来が描け無くなっている。

 日本は10位で、622億ドル。為替相場が刻々変わるので、日本円でいくらになるか新聞社は計算していないが、日本円では米軍への思いやり予算や兵器購入後年度支払い、基地周辺市町交付金など全部を合わせると確か10兆円を超えていると思う。

 教育・福祉・生活・社会的なインフラ整備(新設・補修・維持管理など)その他人々の暮らしに直結する分野に税金を使うべきだ!

 戦争は政治が引きおこす。人間が戦争を始める。止めるのは=戦争をしないのは、論理的には極めて簡単です。他国=他地域の人びとを恐れ・敵視・憎むのでなく、意見の違いがあっても仲良く付き合えば良い、利害の対立は外交で話し合いで解決すればよい。

 小学生でも分かる解決法です。

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