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日記・コラム・つぶやき

2018年8月11日 (土)

翁長武志沖縄県知事の訃報に接して  誓いを新たに

 翁長武志沖縄県知事が突然亡くなられた。 7月27日の承認撤回に向けての記者会見の様子をテレビで見たが、痩せてはおられたがこんなにも早く他界されるとは思ってもみなかった。
 ご本人が一番驚かれているだろう。まだやることがある!  無念! 
 本土に住む僕が衝撃を受けているのだから、沖縄の人々の衝撃は計り知れない。とりわけ新基地建設反対の思いを共有されている人々にとって。
 知事の死を早めたのは、大和(本土)の政府=自民公明政権だ。知事の訴えに耳を貸さず、強権で工事を強行する安倍政権が、死期を早めた。
 がんの進行はストレスに連動すると言われている。沖縄の訴えを無視する安倍政権との闘いで、翁長さんには多大なプレッシャーがかかっていた。
 今すぐ沖縄に行くことができないが、心から追悼の祈りをささげたい。
 辺野古の海を埋め立てさせない=新基地を作らせない、翁長知事の意思を受け継ぎ、そのために努力することが、知事への最大の供養となる。

2018年7月14日 (土)

辺野古の海

 7月3日から7日まで、毎日カヌー隊の朝ミーティングに参加した。船長とカヌー隊のメンバーが集まり、船を出すかどうか協議。陸上では大したことが無いように見えても、海は台風の関係で、波が荒かったり、風が強かったり、また3日から6日までは雨が降り、結局カヌーに乗れたのは7日だけであった。
 しかし6日、船だけは出して、海上から護岸工事の状況やフロートの状況を見ようということになり、幸いにも平和丸に乗って辺野古の海に出ることができた。以下その時に撮影した写真。
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 台風7号で、被膜ブロックに大きな隙間ができている。
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 上2枚は、辺野古崎の様子。岩場にフロートが打ち上げられている。
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 護岸に打ち上げられたフロート。海上保安官が乗ったゴムボートが警戒している。
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 ちぎれて沖合に浮かぶフロート。
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 キャンプシュワーブの浜。ここは水陸両用車が出るところ。埋め立てられない。
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 護岸で囲われた部分が、埋め立てられる。しかしその中に貴重なサンゴもある。ジュゴンの藻場も。いったん埋め立てられると、回復が困難になる。
 僕はマイクで作業員や海保に、『 宝の海を破壊しないで。海を殺さないで。海が泣いています。沖縄が泣いています。あなた方の仕事は誇れる仕事ですか? 今日いい仕事をしたと、家で飲むビールが美味しいですか。家族に自分がやっていることを話せますか?』と語りかけた。
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なんとか戻った

沖縄からなんとか無事戻った。10日に戻る予定が、11日。ものすごい台風が沖縄を襲うというので、9日に那覇空港へ。しかし皆同じ心境で脱出希望。全て満席。
 結局、11日に戻った。2日、那覇の同じ宿に宿泊。この民宿のオーナーが居酒屋をやっており、そこで2日夕食を食べた。
 このオーナーとの出会いが、3日間の飛行機待ちを有意義なものにしてくれた。詳細は次回報告します。
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2018年7月 7日 (土)

辺野古レポート

 色々な人が、団体が辺野古に来てくれる。5日は、京都からぶどうの木保育園の5歳児が平和キャンプの一環で来てくれた。
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 この保育園は、伊江島にも行くそうだ。幼児の頃から命・平和について考える教育をしている。
 子どもたちが去った後、機動隊とダンプ・ミキサー車が。この落差に愕然。
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2018年7月 5日 (木)

沖縄辺野古現地から その1

 堀川ご夫妻を招いた茶話会や、東海村の元村議・相沢さんを招いての学習講演会の報告もしたいが、今、辺野古に来ているので、現地レポートを始めたい。
 うれしいことが2つ。1つは、2日、台風で沖縄に来れるか心配だったが、無事予定通り到着。
 2つ目は、宿泊している宿「クッション」で、パソコンが使える。ワイファイの機能が宿と僕のパソコンにあり、自分では使い方が分からないが、稲葉さんに使えるよう設定してもらった。
 3日、7時半に、カヌーチームのミーティングに参加。先ず、台風対策で取り外したテントの復旧作業を皆でやった。
 大きなテントなので大変だったが、皆で協力すれば、作業がはかどる。約1時間ぐらいで終了。
 台風の余波で海の状況が悪く、船長判断で船を出さないことに決定。そこで、キャンプシュワーブゲート前での復旧作業を手伝いに行った。
 こちらも作業は大変。現地の皆さんは、台風が来るたびにテントが飛ばされないよう、事前にテントを外し、中のイスや机など備品を別の場所に運び出す作業を強いられる。そして台風が去れば、復旧作業。
 こうした裏方のご苦労が、活動を支えている。
 ゲート前の作業を11時ごろ終え、座り込み。ガードマン・機動隊が配置され、ダンプ・ミキサー車がやってくる。
 いつもの光景だ。座り込み参加者は約30名ぐらい。排除されるが、粘り強く闘うほかない。勝まで負けない。諦めない。これが僕たちの合言葉。
 山城博治さんは、お元気だった。うれしい。彼の姿・言葉で、参加者は勇気付けられる。
 宿に宿泊している東京からの参加者・右田さんのパフォーマンスが、ゲート前で大うけ。彼のことは、次回詳しくレポートしたい。
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2018年7月 2日 (月)

台風の沖縄へ

今日午後、沖縄へ。台風の関係でどうなるか不安だが、インターネットで検索したところ、8時の状況では、欠航となっていないので、とりあえず空港まで行きます。
 辺野古の座り込みです。

2018年6月29日 (金)

明日、茶話会の準備

明日30日、浜岡原発を考える袋井の会の茶話会を開く。そのための準備をした。下記は堀川ご夫妻への質問項目。ピースボート乗船時によくやったインタビュー形式での質問で、お話を伺う予定。

30日浜岡原発を考える袋井の会 茶話会 堀川さんご夫妻への質問項目

1.2011311日被災したときの状況

2.原発が爆発したことを知り、避難した体験。福島県内、時系列に詳しく。

3.福島県を出て、静岡県に来るまでの避難体験。

4.富士市で避難生活を始めた理由。

5.富士市での避難生活、初期の状況。

6.富士市での避難生活、後半の状況。(初期・後半の区分は適当でいいです。生活

  が落ち着いてきた時期を後半ととらえてください。)

7.絵本「手紙 お母さんへ 」を出版しようとした動機・きっかけ・気持ち

8.実際に本にできるまでの苦労や体験。

9.読者からの反響。

10.今現在、浪江町の自宅の状況。

11.馬場町長さんがお亡くなりになったことも含めて、故郷浪江への思い。

12.加害者=東電・政府への思い。

13.浜岡原発から30キロ圏内に住む袋井市民への、被災者としてのアドバイス。

14.質問項目にないことで、お話ししたいことを自由に。

*時間配分。13:30~14:50 上記のインタビュー。15分程度、参加者から質問があれば、答えてもらいます。15:15終了予定ですが、参加者からの質問が多い場合、少し伸びるかもしれません。

 

福島県浪江町から富士市に避難され、絵本「手紙」を出版された堀川さんご夫妻のお話を伺う茶話会の案内

 

時:6月30日(土)午後1時半~3時

所:ふらっと(袋井市民共働センター)ホール

   (袋井市総合センターの南東向かい側。駐車場がいっぱいの際は、総合センターの駐車場を利用して下さい。)

  絵本「手紙」に添えられた堀川文夫さんのあいさつ

 

『 この本は、東日本大震災と原発事故の二重の災害を経験し、故郷を奪われ、生業を失い、友情を引き裂かれ、生きる証さえ失いかけた多くの人々の思いと、共に生きてきた生き物たちの思いが、時間の経過とともに人々の記憶から消えつつあることに空虚(むなしさ)を感じ、何らかの形で記録に残しておきたいと思ったことから作り始めました。

 チェルノブイリ原発事故後の現実と公的機関の発表との大きな差は、福島ではそれ以上に大きく、「理不尽な生命の軽視=帰還政策」に腹の底から怒りがこみ上げてきますが、その思いを抑えながら作りました。』

 

  原発事故から7年。当時の状況やその後の避難生活、現在の富士市での生活など、ご夫妻のお話を聞きます。講演会や学習会とは異なり、お茶を飲みながら、茶菓子を食べながら、和やかな雰囲気で、お話を伺います。もちろん質問も自由です。参加費無料。事前の申し込み不要。どなたでも参加できます。

 

主催 浜岡原発を考える袋井の会

    代表 松倉次郎(袋井動物病院院長)

2018年6月25日 (月)

沖縄慰霊の日 心に響く中学生の平和の詩「生きる」

 23日、沖縄戦戦没者追悼式で、中学3年生相良倫子さんが、原稿を見ることなく、表情豊かに朗読した「生きる」と題した詩は、感動的だった。
 僕はNHKが追悼式を報道する番組を、ずっと見て、この中学生はすごいと感心した。
新聞に掲載された彼女の詩を改めて読み、なおその感を強くしている。
『 私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
 もう二度と過去を未来にしないことを。
 全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を超えて、平和である世界を目指すこと。
 生きる事、命を大切にできることを。誰からも侵されない世界を創ること。
 平和を創造する努力を、厭わないことを。
 あなたも感じるだろう。この島の美しさを。
 あなたも、知っているだろう。この島の悲しみを。
 そしてあなたも、私と同じこの瞬間(とき)を一緒に生きているのだ。 』
 詩は長文なので一部しか引用していないが、全ての人(世界中の人々)が共感できる。この思い(願い)を実現する責任が、僕たちにある。

2018年6月14日 (木)

世界の出来事・日本の重大な出来事

 6月12,13日と袋井市議会一般質問があり、その準備や議会活動で、ブログ更新がままならいが、世界・日本では重要なことが起きている。
米朝首脳会談
 12日シンガポールでのトランプ大統領と金ジョンウン委員長との首脳会談が、決裂せずに一定の成果を出して終わったことにほっとしている。
 核の問題や朝鮮戦争終結・平和協定・国交正常化など、核心的な交渉はこれからだが、とにかくアメリカによる軍事攻撃という最悪の事態が避けられたことは、大きく評価したい。
 秋に韓国に行く予定だが、そのころにはもっと進展していることを期待している。
袴田巌さん、再審ならず・東京高裁不当判決に怒りと悲しみ
 11日の東京高裁判決は、ひどい!  誰の目にも袴田巌さんの無実は明らかにもかかわらず、権力犯罪を擁護する判決だ。
 巌さんのお姉さん・秀子さんの落胆を想うと、耐え難い怒りと悲しみに包まれる。
 裁判長は無責任だ。検察の言い分を丸のみ。ゲタを最高裁に預けたに過ぎない。巌さん・お姉さんの秀子さんが死ぬのを待っているようだ。

2018年6月10日 (日)

南高梅の収穫  

 6月は梅の収穫期。雨が降る前にと、掛川の道楽山に梅の収穫に行ってきた。時期的にちょうどだった。
 下の写真は、熟して落下した南高梅。ジャム用。昨年、妻がジャムにしてくれ、パンと共に食べたが、とても美味しかった! 今年も期待できそうだ。
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こちらは、もいだ梅。梅干し用。まだ実がなっているが、完熟したほうがおいしいので、半分は残してある。
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