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日記・コラム・つぶやき

2017年9月25日 (月)

友寄さん講演会の写真

友寄さん講演会の写真
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沖縄の心こそーー沖縄の歴史と現実 友寄隆静さん講演会

 23日、デンマーク牧場のまきばの家で、「沖縄の心こそー沖縄の歴史と現実ー」と題して、沖縄市にある光の子保育園園長・友寄隆静(ともよせりゅうせい)さんの講演会があった。
 沖縄に心を寄せる人間としてどんなに忙しくともこれは参加すべきだと出席した。僕にとり友寄さんは初めての方だったが、参加してよかった。
 沖縄はなぜ辺野古新基地建設に反対するのか、その心を、歴史と沖縄が置かれている理不尽な現実の両面から、分かりやすくお話してくださった。
 沖縄差別・侵略・米軍への譲渡・軍事支配下の数々の悲劇に関するお話の中で、僕にとり最も印象に残っているのは、1947年昭和天皇がマッカーサーに宛てたいわゆる天皇メッセージである。
 友寄さんは1947年生まれ。僕も同年生まれである。5月3日、現在の日本国憲法が施行された。憲法は天皇の政治的行為を禁じている。
 にも関わらず、昭和天皇はこの年9月に、アメリカと日本を守るために沖縄の米軍基地をそのまま使ってくれと、マッカーサーに手紙を出している。
 これは憲法で禁じられてる政治行為であり、しかも領土分割支配につながる最高度の政治的メッセージである。
 沖縄の歴史は天皇メッセージにより、異民族支配=米軍支配=軍事基地拡張=核兵器の持ち込み=基地被害につながってきた。
 友寄さんは昭和天皇による憲法違反の事実を、御厨東大教授に指摘したが答えは返ってこなかったそうだ。
 大和=日本の憲法学者で、昭和天皇の憲法違反を指摘する人はいない。少なくとも僕はそのような指摘・発言をする学者の存在を知らない。
 沖縄に何度も足を運び、色々な沖縄の方の話を聞いているが、このような指摘は初めてだった。
 友寄さんは、昭和天皇の行為を許せないと明確に述べられた。僕は深く共感する。
 海勢頭豊さんの「月桃」の歌を保育園で歌っているお話も心に残っている。会場で月桃のcdを聞かせてくれた。
 太田昌秀元知事や島袋文子さん、阿波根さん、瀬永亀次郎の生きざまに触れながら、「戦争につながるものを拒否」 これが「沖縄の心」と結ばれた。
 クリスチャンとして物静かな優しい語りが、心にすとんと入る素晴らしい講演会だった。
写真は例により文章が消える恐れがあるので、次回にアップします。

2017年9月23日 (土)

高齢者の定義見直しを求める

 18日の「敬老の日」に合わせ、総務省が『 65歳以上の高齢者人口は、3,514万人 』と発表した。
 総人口に占める割合が、27,7%。 2040年には、35,3%になるとの見通し。
 寿命が延び、少子化社会にあって、この数字は当然。驚くに当たらない。問題は、65歳以上を高齢者にしている統計の取り方と、高齢者の定義を何歳からにするかだ。
 僕は今年70歳。僕の周りの人を含め、「自分は高齢者」と思っていない。皆元気に、色々な活動やら仕事をしている。
 「高齢者」などとひとくくりにされるのは、まっぴらごめんだ。
 年金や介護、医療の分野では、「高齢者」線引きは重要だ。その分野での年齢の線引きと、社会的な高齢者というイメージの微妙な違いや当事者の認識を、分けて考えたらどうだろうか。
 社会保障にかかわる線引きは、軽々しく言えないので、ここでは社会的なイメージとしての高齢者の定義(年齢の線引き)を問題にしている。
 家族や社会が「この人は高齢者だから、配慮する必要がある」と認識する線引きは、その対象が何らかの見守りやサポートが必要になる時期でよいと思う。
 それは個人差があり、80歳以上でも配慮が不要の人もいるが、男性の平均寿命が80歳であることを考慮すると、75歳以上を「高齢者」と定義したらどうだろうか。
 「敬老の日」に、高齢者として行政からお祝いしてもらう年齢が、年々上がっている。僕が住む町内では、77歳以上がその対象となった。
 65歳から75歳までの人間を、高齢者とひとくくりせず、社会に貢献する重要な年齢層として、新しい表現(ネーミング)を考えることを提唱したい。

2017年9月14日 (木)

2017年夏 韓国レポート 最終回 写真編 続き

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2017年9月 4日 (月)

韓国レポート その4 写真のみ

前回のナノムの家訪問の様子を写真で紹介。写真を入れると全て消えてしまうトラブルがあるので、説明なしの写真です。
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2017年9月 1日 (金)

韓国レポート

 韓国から27日夜戻り、そのレポートを5回書こうとしているが、毎回途中で突然記事が消えてしまうトラブルにあっている。写真をアップした後、そうなる。そこで6回目のトライは写真無しにする。
 僕が訪問している間、北朝鮮のミサイル発射と韓国軍・米軍の共同演習で緊張が高まっているときだった。
 特に日本では過剰なまでの北朝鮮脅威キャンペーンが今も続いているが、韓国社会のそれへの対応について書きたい。
 いたって冷静。日常生活は何ら変わらない。テレビの報道も抑制的。26日、知人のカン・キホンさんにお会いし、この問題についてどう思っているか聞いた。彼は東京にある韓国文化院の元院長。その後韓国観光公社の副社長も歴任されている。日本語はペラペラ。
 『 韓国は慣れています。いままで何度も北朝鮮の軍事挑発があり、今回の北朝鮮の挑発に特に驚いていない。戦争にならないと思っています。』
 彼の言葉通り、韓国の日常生活はいたって冷静・普通。なんらこれまで(僕は20回以上韓国を訪問している)と変わりなかった。
 26日、北朝鮮が3発ミサイルを日本海に打ち込んだが、この日の夕方、漢江のクルーズに乗りたくて、乗船場に行った。そのあたりは広い河川公園になっており、夕涼みの市民ですごい人・人だった。
 面白いのはかやのようなテントを張り、その中で食事したり、おしゃべりを楽しんでいる風景。家族で来ているグループや恋人同士が多い。
 26日昼食を知人のカン・キホンさんにごちそうになった。彼はと東京にある韓国文化院の元院長。その後韓国観光公社の副社長も歴任されている。
 北朝鮮問題でどう思うか聞いた。カン・キホンさんの答え。 『 韓国はこれまで何回も北朝鮮の軍事挑発を受けている。砲撃事件もあった。もう慣れています。戦争にはならないと皆思っています。』
 韓国の対応に比べ、日本社会は異常だと思う。29日には太平洋上にミサイルを発射されたが、学校が休校になったり、列車が一時運行を見合わせたところが出たりした。
 新聞の号外も出され、テレビはそのニュースばかり。北朝鮮の脅威が叫ばれた。
 この日韓の違いを冷静に分析すべきだと思う。北朝鮮の脅威をあおって、それが社会に何を、民衆の意識に何をもたらすのかを。

2017年8月15日 (火)

今日、敗戦から72年 戦争が終わった日に思う

 8月15日。日本が戦争に負け、戦争が終わった記念日。終戦記念日とも世間は言うが、正確には、連合国に降伏し、当時の国の最高責任者=昭和天皇が、国民に敗戦を伝え、戦争を止めると伝えた記念日である。
 テレビ・新聞なども大きくこの日を取り上げ、人々は戦争と平和、そして二度と戦争をしないと誓った平和憲法について考える日でもある。
 戦後72年。時代は悪くなってきた。アメリカと北朝鮮の愚かな最高指導者は、今にも戦争を始めるかのような危険な言葉遊びをしている。
 最高指導者が武器で威嚇しあう時代になった。日本は、「北朝鮮は炎と怒りに直面する」と脅すトランプ大統領を支えるため、自衛隊を使おうとしている。
 憲法9条の「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」を、もう一度安倍首相・自公政権・自衛隊幹部は読み返し、自分たちがやろうとしていることが明確に憲法違反になることを認識すべきだ。
 普通の国民=一般の人々で、戦争を望む人はいない。しかし、状況により、普通の人が、戦争に賛成する=”敵”をやっつけろ、と政府の戦争政策を支持することはあり得る。
 これまでの日本の歴史・世界の歴史が、その歴史的事実を物語っている。僕はこのことを一番恐れる。
 武器が使われ、自国民が死傷すれば、人々は冷静でおれなくなる。感情的になる。マスコミは権力に協力し、人々の哀しみや怒りを増幅する。
 どうすれば、世論を冷静にさせるか、権力に騙されないようにするか、真剣に考えたいと思う。

2017年8月14日 (月)

袋井市駅前商店街をどう活性化するか

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 僕が住む袋井市駅前商店街の大通りが久しぶりに若者であふれ賑わいを見せた。毎年、駅前商店街が夏祭りを開催し、この時は大勢の市民が通りを歩く姿が見られる。
 特に今年は、若いグループのダンスパフォーマンスが人気で、同年齢の若者の姿が目立った。
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 問題はこうした賑わいをどう日常化するかだ。イベントの時のみでは、商店街の活性化にはつながらない。
 この問題は日本全国の地方都市が抱える深刻な問題だ。大型郊外店に客が奪われ、昔からの商店街が閑散とし、シャッター通りになっているところもある。
 僕も妙案があるわけではない。しかし放置できない重要な問題である。特に市会議員として、商店街の皆さんと知恵を絞り、少しでも賑わいが戻る方策を考えたいと思っている。

2017年8月10日 (木)

墓参りと親戚回り 故郷伊賀へ

 昨日9日、故郷三重県伊賀市へ、両親の墓参りと親戚回りで、早朝から車で出かけた。このところ、夜は蒸し暑くぐっすり眠れない。睡眠不足の中、朝5時20分ごろ出発。
 途中猛烈に眠くなり、運転の危険を感じたので、早くも浜松市の東名パーキングエリアで仮眠。伊勢湾岸の長嶋でも仮眠。東名阪の亀山でも仮眠。
 眠気が出ると、必ず仮眠をとるのが、僕の安全対策。帰りも似たようなもの。
 高速道路を走りながら、「いつまでこうして車で墓参りできるだろうか?」、とつくづく考えさせられた。
 気持ちの上では、まだ若いつもり。80歳まで現役(今やっている活動・車の運転も含めて)が目標だが、高速道路での運転では、少しその目標を下げる必要があるかも。。。。。。
 親戚の人たちは幸いにも皆元気そう。一安心。お墓を含めて5か所回るのが、僕の帰省パターンだが、今回は伊賀市役所も訪れた。
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 伊賀市の庁舎は、僕が高校生の時、建てられた。半世紀以上経っている。まだ使えそうだが、数年後には別の場所に建て替えるそうだ。
 袋井市が原発災害で避難する先が、三重県。伊賀市にもお世話になるので、挨拶を兼ね、危機管理監にお会いした。
 静岡県庁からは、4000名を受け入れてほしいとの要望が出ているとのこと。しかし、袋井市の担当者は伊賀市に来ていないとのこと。
 僕が伊賀市出身・上野高校卒業で、現在袋井市議と自己紹介すると、とても好意的に対応してくれた。浜岡原発の再稼働を許さない市民運動もやっていると伝え、僕たちの会報や広域避難計画の問題点を明らかにした小冊子も手渡した。
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 市役所では映画「忍びの国」特別パネル展をやっていた。映画のシーンなどは、撮影禁止となっており、ここしかカメラに納められなかったのは残念。
 親戚回りで、いい情報を得た。
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 四輪タイプの草刈機。いとこが所有。新品では25万円ぐらいする。中古で手に入れとのこと。僕も欲しいと思っていたタイプの物。
 肩に下げる通常 タイプと比べ、4倍のスピードで草刈りができ、体も楽。斜面も可能とのこと。農協で買うと高いので、なんとか販売店を見付け、手にしたい。
 帰途、伊勢の赤福を土産に購入。妻に喜ばれた!

2017年8月 5日 (土)

被曝ピアノと広島のピアノ調律師・矢川さん

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今朝の中日新聞に矢川さんが
浜松市で8月11日、ヒバクピアノ平和コンサート開くkとの記事が、写真入りで報道されている。僕は富山に妻と共に行く用事があるので参加できないがい是非多くの浜松市民意に参加してほしい。いgnswgynnbnscうcnsk
(パソコンの調子がおかしい。余分な英語の文字が入る。) 
 矢川さんとは、6年前に袋井市で「核兵器廃絶被ばくピアノ平和コンサート」を主催して以来のお付き合い。今年も別の団体の招きで、袋井市市役所ロビーで、コンサートを行ってくれた。
 昨年は静岡市でも、同様なコンサートがあり、お会いした。浜松で生まれたピアノを、浜松市で調律師の勉強をした矢川さんが、念願の”地元”コンサートを開催する、素晴らしいことだと思う。

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