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日記・コラム・つぶやき

2018年1月23日 (火)

あまりにも多い米軍にいらいする事故・事件 沖縄の怒り 僕の怒り

 ここ数年前から、米軍が沖縄に居座ることゆえの、事故・事件が多発している。オスプレイの墜落大破・炎上や、20歳の女性が暴行殺害された凶悪な事件・事故は、、本土でも大きく報道されるが、飲酒運転からみの事件・事故や米兵による比較的凶悪でない事件などは、あまり報道されない。しかし僕はインターネットを通じて大体把握している。
 異常な件数だ。最近では米軍ヘリの部品落下が相次いでいる。所かまわづの不時着も多い。
 沖縄側ではそのたびに議会で抗議文を採択し、民主主義のルールに基づいて、正式に米軍に抗議と再発防止を求めているが、米軍はそれらを全く無視。日本政府も、口先だけの申し入れをするが、本気でないから、何も変わらない。
 沖縄の人々は、この現状は本土復帰前の米軍支配の時代と何ら変わらないと、怒りに燃えている。その怒りは日本政府や、沖縄に基地を押し付けている本土の人間にも向けられている。
 相手の立場に立てば、その怒りを容易に理解できる。しかし大半の本土の人々は、無関心。革新的な人たちも、頭では理解しているが、行動が伴うことはない。普天間基地の代替に辺野古新基地ができれば、事件・事故は北部地域に移動するだけ。
 だからこそ、大半の沖縄の人々は辺野古新基地建設に反対している。その現場に立てば、一緒に座り込めば、沖縄の人々の怒りと苦悩がよく理解できる。
 僕は来月上旬に辺野古に行く。以前ほど長く滞在できなくなったが、怒りを共有したいと思っている。

2018年1月21日 (日)

インフルエンザと市政便り発行作業

 風邪ぎみになったのが、17日。翌日も体調が思わしくないので、医者に診てもらったら、インフルエンザと診断された。
 ここ2年程、風邪をひかなかったので、安心していたが、流行りのインフルエンザにつかまってしまった。
 医者からは、大勢の人が集まる所へは行かない様、注意を受けたので、出席すべき会合をキャンセルして、おとなしく自宅にこもっている。
 しかし市政便り第5号を支援者や友人に送る作業は、自宅でできるので、添える文章を作成したり、封筒に宛てなを書く作業を、難儀しながらもなんとかやり終え、今日は郵送で送る分を郵便局まで持って行った。
 下の文章は封筒に同封する添え分。

市政便り第5号をお届けします

 

 2018年度最初の市政便りをお届けします。今回は、政務活動費で処理できるように、私見をはさまない、純然たる議会報告です。

 

 公的な議会たよりは、スペースが小さく、私がどのような質問をしたのか、また当局がどのように答えたのか、十分にお伝え出来ないので、またこちらの質問の意図(目的)や、その後市当局がどのように対応してくれたのかについても、報告します。

 

 その後の市の対応が一番重要です。他の議員の質問に対してもそうですが、当局は当たり障りない答弁をして、結局何も事態が進まない場合が多いです。

 

 市長の答弁は、担当課の係長クラスが作成します。市長に直接答弁を求めているにもかかわらづ、担当が{忖度}して、当たり障りない答弁原案を作成し、それを課長・部長クラスが目を通し、最終的には幹部が集まる「庁議」で、最終確定します。

 

 役人にごまかされないよう、その後のアプローチが大切だと認識しています。僕としては、いったん適当な答弁があったとしても、その後粘り強い働きかけで、市民の皆様が望む市政実現に向けて、頑張る所存です。

 

 6月議会で再生可能エネルギーの普及=市の施設を貸し出し、市民が(時には事業者が)特に太陽光パネルを設置できるようにしてはとの質問をしましたが、その時は適当な答えでした。

 

 しかし、公的な場(議会)で取り上げる効果が出ています。新総合体育館建設に伴い、駐車場に面積が小さいですが、太陽光パネルを取り付けることが計画されています。

 

 また西公民館の建て替えに伴い、屋根に太陽光パネルを設置するプランも出ています(まだ正式決定ではありませんが。)18日、公民館館長にこのことで、浅羽の後藤さんが中心となっている「市民発電」の紹介をしてきました。市民共働課の考えでは、地元が望めば、市としても進めやすいとのこと。

 

 部活指導外部指導員の制度化については、教育長から前向きの答弁を引き出しました。先日教育長と会う機会があり、その後の進捗を聞いたのですが、文部省の予算化をにらみながら、外部指導員の位置付け(ガイドライン)を先進県や市町から情報を集め、今年は予算をつけるのが困難であるが、実施に向け、制度を整えたいと言っていました。

 

 お知らせに記しましたが、議会報告会が3回開催されます。各常任員会で取り組んでいる内容の報告と、市民の皆様の意見を聴くのが主な報告会ですが、高木議長が全ての会場に出席します。議員もたくさん出席します。

 

 議会報告会の最後に、テーマにかかわらづ市民の意見を聴く場があります。どうか、そこで、商工会議所の移転問題について、議長がどのように考えているのか、質問してください。議会の内部の情報ですが、大半が市長=商工会幹部の方針に賛成しています。

 

 2月議会で当局から、総合センターの42%買取に関わる予算案が出されないことが判明しました。しかし、どうなるかは良く分かりません。

 

 多くの市民がこの無謀な計画に疑問を持っていることを、突きつけてください。

 

 20181月  竹野昇

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2018年1月18日 (木)

韓国・北朝鮮の和解・南北共催を妨害し、足を引っ張る日本政府

 日本政府だけでない。マスコミも同じ。同じ民族同士が、オリンピックを機会に、統一旗で一緒に入場したり、アイスホッケーの共同チームを作る、さらにはたとえそれが宣伝であるにしても、北朝鮮の楽団や応援団が来ることで、ピョンチャンオリッピックの盛り上げができる、そのために韓国政府が苦労しながらなんとかまとめようとしているのを、「北への融和・妥協」「北よりの政権」と、ムンジェイン政権を非難する日本政府とそれに同調するマスコミに、怒りを感じている。
 政治的思惑があるのは事実だが、冷えきった南北関係を少しでも和らげようと努力する韓国政府の立場を、隣国として賞賛・応援すべきだと思う。
 軍慰安婦の問題にしても、韓国政府は日韓合意に問題があると指摘しても、それを破棄しようとはしていない。日本政府の心のこもったお詫びの手紙を求めているだけである。
 保守の政治家が韓国をこき下ろすのは、残念であるがよくあることだ。しかし、テレビ・新聞・週刊誌までもが韓国パッシングをしていることは、見逃すことができない。誤った世論形成になるからだ。

2018年1月 5日 (金)

2018年、自分にとっての課題

 正月のんびり過ごしながら(孫と遊びながら)、今年自分がやるべき課題(力を注ぐべき項目)を考えている。
 自分の頭(気持ち)を整理するため、箇条書きに課題を上げたい。
・袋井市議として、市民・地域の人たち・市職員に信頼されるよう、全力で諸課題に取り組む。
 1)市政便りを有効に活用し、袋井市(議会)で何が問題なのか、分かりやすく解説し、市民が判断するに必要な情報を提供する。
 2)商工会議所駅北口市有地移転問題を市民全体の問題となるよう、世論喚起し、最終的に断念に追い込めるよう全力で取り組む。そのため、関係者に精力的に会い、意見交換する。
 3)教育・福祉の分野で、関係者・関係施設・諸団体と良好な関係を築き、一般質問で政策提案できるよう、しっかり勉強する。
 4)核兵器禁止条約に日本政府が参加することを促す意見書採択に向け、関係者への十分な根回し、働きかけを行う。
・憲法改悪にストップをかけるため、袋井でできること(5月3日市民の集い。袋井憲法9条の会の活動など)に真剣に取り組む。
 1)5月3日の孫崎亨氏の講演会を大成功させる。
 2)袋井憲法9条の会の組織を立て直す。
・脱原発・浜岡原発再稼働を許さない活動の継続
 1)福島ツアーの企画・実行
 2)市役所市民ギャラリーで福島写真展開催
 3)原発災害広域避難計画問題で、県当局・市当局との粘り強い交渉(話し合い)
・沖縄辺野古新基地建設反対座り込みに可能な限り参加。袋井市民にこの問題を訴える。
・高南見守りちょい助けあい隊の活動を活性化
・公民館がコミュニティセンターに移行するに伴い、地域にまちつくり協議会ができるが、本格的に地域作りの活動に取り組む。
・膝が痛くなり、ウオーキングを自粛しているが、他の方法での健康つくりに取り組む。
・ブログの更新と内容の充実。

2018年1月 2日 (火)

2018年 新年の挨拶

 新しい年を迎えました。今年も色々な活動に頑張りたいと思っています。忙しくなりすぎて、ブログの更新が滞りがちですが、なんとか維持していきたいと思っています。
 新年の挨拶代わりに、年賀状に書いた文章で挨拶とさせてもらいます。ただこれは、12月10日ごろに書いたものなので、今思っていることを書きたします。

    迎春

 

 明けましておめでとうございます。今年も無事新しい年を迎えられることを、共に喜びたいと思います。

 

 日本を含め世界の政治状況はうすら寒い状況が続いていますが、気分はさておき、お元気でお過ごしのことと察します。

 

 昨年は個人的に大きな出来事が2つありました。1つは身体と年齢。ついに70歳となり、心は若いつもりですが、体の一部にトラブル発生。膝が痛くなり、階段が苦痛、正座はできない、3キロ以上のウオークは無理。朝鮮通信使が世界の記憶遺産となり、うれしい限りですが、2年後の21世紀の朝鮮通信使友情ウオークで長距離を歩くのは断念せざるを得ません。

 

 もう一つは袋井市議となり、超多忙な生活となりました。従来の憲法を守り・浜岡原発の再稼働を許さない活動・沖縄辺野古新基地建設ストップのための座り込み参加に加えて、議員としての活動で時間的余裕が無くなりました。

 

 公約に掲げた内容の実現、市民に寄り添う市政を作り上げるには、壁が厚く、悪戦苦闘です。しかしこちらは本業となりましたから、粘り強く、初心を忘れず、精いっぱい努力するつもりです。

 

 昨年は市政便りを4号出しました。今年1月下旬に5号、3月に6号を出せるよう、準備を進めています。議会や市政で何が問題となっているのか、情報を市民に提供し、市政や議会を身近なものに感じてもらいたいと念願しています。

 

 今年も互いに悔いの無いよう、それぞれの課題に取り組んでいきましょう!

 2018年 元旦

追加

 沖縄への本土政府による差別・分断・弾圧、そして辺野古の海埋め立て・工事強行、米軍のやりたい放題黙認に、怒り心頭です。

 本土の人間として、何もできない自分がもどかしいです。昨年はわずか2回だけ座り込みに参加。今年1月に行きたいと思っていましたが、次から次に所用が入り、4日以上空いている日が無し。2月には1週間程度辺野古に行けそうですが、日々現地で頑張っている知人たちには申し訳ない思いでいっぱいです。

 昨年12月17日に、ICAN国際運営委員でピースボート共同代表・川崎哲さんを袋井にお招きし、核兵器禁止条約について講演してもらいました。

 袋井市議会でも、政府がこの禁止条約に参加することをうながす意見書を可決できるよう、取り組むつもりです。

 5月3日憲法記念日に、孫崎亨さんを講師に迎え、市民の集いを開催することが決まりました。是非多くの市民に参加してもらえるよう、今から準備します。

 議会の仕事も山ほどありますが、一つ一つ丁寧に立ち向かっていきたいと思っています。

2017年12月28日 (木)

障がいを持つ娘を監禁、死亡させた事件に思う

 大阪府寝屋川で起きた事件にショックを受けている。実の娘を長期間監禁し、一日に1食しか与えず、暖房もない物置のような部屋で衰弱死させた事件だ。
 ひもじく、寒い、孤独な状況で死亡した娘さんのことを想うと、やりきれない思いがする。両親は、何故周りの人々(行政を含む)に相談しなかったのか?
 近所の人や、両親の親戚の人たちは、何故気づかなかったのか?
 障がい者は何故このようなむごい仕打ちを受けなければならないのか?
 日本の障がい者を取り巻く環境の寒さに、心が痛む。
 この悲劇を特異なケースとせず、どうしたらこのような悲劇を防止できるのか、袋井市の福祉行政の在り方にからめて、考えていきたいと思っている。

2017年12月25日 (月)

ブログ更新

 ブログの更新が滞っている。申しわけありません。議会や年賀状、家の掃除、三重県伊賀市への墓参りなどを、優先順位にしたせいで、一般質問の回答は先送りになっています。
 今日は、浜岡原発を考える袋井の会の会報原稿作成を、ブログ作成よりも優先しました。締め切りが今日だからです。
 そこで一般質問の続きは次回に回して、「浜岡原発最近の状況」と題した、今日作成の原稿を掲載します。

浜岡原発を考える袋井の会2181月号原稿「浜岡原発最近の状況」

 

 川勝県知事は「任期中の再稼働は認めない」姿勢ですので、今すぐ動く状況にはありませんが、中電は決してあきらめてはいません。

 

 毎年10億円以上を支出し、テレビ・ラジオ・新聞・電車内広告・掛川新幹線南口大型テレビなどあらゆる宣伝媒体を使い、安全対策に万全の力を注いでいるとのキャンペーンを繰り広げています。

 

 また原発から31キロ圏内住民を対象に、貸し切りバスを用意しての現地見学会を執拗に行っています。中電の名前を出さずに、「温暖化防止には原発も必要」「放射能はそんなに怖くはない」との意識を植え付けるためのシンポジウムや講演会も盛んに実施しています。(昨年9月、作家百田尚樹氏の講演会は「日本エネルギ会議」主催。今年1月菊川では、気象予報士・森田正光氏や作家・神津カンナさんなど著名人を人寄せパンダにトークイベントを「日本電気協会」が主催。)

 

 これら全ては、再稼働に向けて地元同意を取り付けるための世論工作にほかなりません。原子力規制委員会は、事故を起こした福島第一原発と同じ「沸騰水型」原発(浜岡や東電柏崎刈羽原発など)の審査を加速する体制をとりました。

 

 原発再稼働を進める安倍政権の下で、規制委員会は「安全」のお墨付きを与える機関にすぎません。浜岡の正式合格の時期がいつになるかは見通せませんが、数年内に「合格」審査結果が出るものと思われます。

 

 しかし、脱原発を目指す私たちへの追い風も吹いています。広島高裁は、四国電力伊方原発3号機の運転を差し止める決定を出しました。高裁段階での差し止め判決は初めて。阿蘇山の火砕流の危険性を認めての判決です。

 

 地質学者・塩坂邦雄氏が、浜岡原発の直下に通じると思われる活断層を昨年発見し、浜岡裁判では争点の一つになっています。

 

 浜岡原発が停止して6年になりますが、原発無しで電気を十分供給できることは証明されています。

 

 決して油断はできませんが自信をもって、浜岡原発の再稼働を許さず・永久停止・廃炉に追い込む活動を、粘り強く進めていきましょう。

2017年9月25日 (月)

友寄さん講演会の写真

友寄さん講演会の写真
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沖縄の心こそーー沖縄の歴史と現実 友寄隆静さん講演会

 23日、デンマーク牧場のまきばの家で、「沖縄の心こそー沖縄の歴史と現実ー」と題して、沖縄市にある光の子保育園園長・友寄隆静(ともよせりゅうせい)さんの講演会があった。
 沖縄に心を寄せる人間としてどんなに忙しくともこれは参加すべきだと出席した。僕にとり友寄さんは初めての方だったが、参加してよかった。
 沖縄はなぜ辺野古新基地建設に反対するのか、その心を、歴史と沖縄が置かれている理不尽な現実の両面から、分かりやすくお話してくださった。
 沖縄差別・侵略・米軍への譲渡・軍事支配下の数々の悲劇に関するお話の中で、僕にとり最も印象に残っているのは、1947年昭和天皇がマッカーサーに宛てたいわゆる天皇メッセージである。
 友寄さんは1947年生まれ。僕も同年生まれである。5月3日、現在の日本国憲法が施行された。憲法は天皇の政治的行為を禁じている。
 にも関わらず、昭和天皇はこの年9月に、アメリカと日本を守るために沖縄の米軍基地をそのまま使ってくれと、マッカーサーに手紙を出している。
 これは憲法で禁じられてる政治行為であり、しかも領土分割支配につながる最高度の政治的メッセージである。
 沖縄の歴史は天皇メッセージにより、異民族支配=米軍支配=軍事基地拡張=核兵器の持ち込み=基地被害につながってきた。
 友寄さんは昭和天皇による憲法違反の事実を、御厨東大教授に指摘したが答えは返ってこなかったそうだ。
 大和=日本の憲法学者で、昭和天皇の憲法違反を指摘する人はいない。少なくとも僕はそのような指摘・発言をする学者の存在を知らない。
 沖縄に何度も足を運び、色々な沖縄の方の話を聞いているが、このような指摘は初めてだった。
 友寄さんは、昭和天皇の行為を許せないと明確に述べられた。僕は深く共感する。
 海勢頭豊さんの「月桃」の歌を保育園で歌っているお話も心に残っている。会場で月桃のcdを聞かせてくれた。
 太田昌秀元知事や島袋文子さん、阿波根さん、瀬永亀次郎の生きざまに触れながら、「戦争につながるものを拒否」 これが「沖縄の心」と結ばれた。
 クリスチャンとして物静かな優しい語りが、心にすとんと入る素晴らしい講演会だった。
写真は例により文章が消える恐れがあるので、次回にアップします。

2017年9月23日 (土)

高齢者の定義見直しを求める

 18日の「敬老の日」に合わせ、総務省が『 65歳以上の高齢者人口は、3,514万人 』と発表した。
 総人口に占める割合が、27,7%。 2040年には、35,3%になるとの見通し。
 寿命が延び、少子化社会にあって、この数字は当然。驚くに当たらない。問題は、65歳以上を高齢者にしている統計の取り方と、高齢者の定義を何歳からにするかだ。
 僕は今年70歳。僕の周りの人を含め、「自分は高齢者」と思っていない。皆元気に、色々な活動やら仕事をしている。
 「高齢者」などとひとくくりにされるのは、まっぴらごめんだ。
 年金や介護、医療の分野では、「高齢者」線引きは重要だ。その分野での年齢の線引きと、社会的な高齢者というイメージの微妙な違いや当事者の認識を、分けて考えたらどうだろうか。
 社会保障にかかわる線引きは、軽々しく言えないので、ここでは社会的なイメージとしての高齢者の定義(年齢の線引き)を問題にしている。
 家族や社会が「この人は高齢者だから、配慮する必要がある」と認識する線引きは、その対象が何らかの見守りやサポートが必要になる時期でよいと思う。
 それは個人差があり、80歳以上でも配慮が不要の人もいるが、男性の平均寿命が80歳であることを考慮すると、75歳以上を「高齢者」と定義したらどうだろうか。
 「敬老の日」に、高齢者として行政からお祝いしてもらう年齢が、年々上がっている。僕が住む町内では、77歳以上がその対象となった。
 65歳から75歳までの人間を、高齢者とひとくくりせず、社会に貢献する重要な年齢層として、新しい表現(ネーミング)を考えることを提唱したい。

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